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アイドルは異性恋愛禁止

by 夢喰

4. 秋はイメチェンのチャンスだけど、アイドル訓練生は中途半端

夏休みの間に急速に女の子らしい体型になって、急速に可愛らしい女声になって、急速に女の子の動作になって、スポブラを着けるようになったミミ君。骨盤が男の子でもキミはすっかり女装趣味の男の娘ね。同級生はその差にびっくりするだろうな。学校の体育の着替えで注目されること間違いなし。そしたら、ブラジャーの跡はもちろんのこと、肋骨が細さ(括れって言ってよいかな)も気付かれるだろうな。ってことはだ、彼がクラスメートから性同一性障害って認定されるのは自然な流れであって、あたしやマネージャー氏の責任じゃないよね。

こうなると、2学期前に髪の毛を男の子のそれに戻すのがもったいなくなる。だから、あたしはチクり娘と計って、彼が散髪を養成所の帰りにあたし達の知っている美容院でするように説得しました。名目はウイッグの使いやすい髪型を教えてあげるってところ。いや、これ嘘じゃないよ。だって、ロングヘアーのウイッグも使える可愛い髪型って限られて来るし。

養成所の帰りなのでミミ君は当然女装。今じゃスポブラはデフォルトでスカートの日もたまにあるから、その意味じゃ完全女装。そんな格好の日を狙って美容院に行けば、どんなに「短く」「ウイッグは使いやすい髪型」って言っても、出来上がりは女の子カットなのよね。ミミ君は出来上がりの髪型をみて「えっと、もっと短く」と言っていたけど、女装しているという自覚と、それをバレたくないという羞恥心で「男の子カット」とは言い出せず、とうとう「短髪のスポーツ少女」の髪型にしました。可愛いなあ。

美容院を出たあとは少しショックを受けてたみたいだけど、あたしとチクり娘で「男の子にみえるから大丈夫よ」「そのほうが今流行の中性的な美男子って感じだし」とかフォローしてなんとか納得してもらったの。だから、さすがにもう一度男装で床屋に行くってことはなかった。散髪代だって馬鹿にならないし、母親もミミ君のことを性同一性障害かもって疑い始めているし。

2学期になった時のお互いの「学校愚痴」の中身が楽しみだわあ。


2学期になって初めての養成所クラスの日に迎えに行ったら、何故かユニセックスのアウターに、下はタンクトップに近いシルエットのブラトップになっていた。これは学校でなにか言われたな、と思いつつ理由を聞いたら、案の定、同級生の女の子から「先週の○曜の夕方○時ごろ、○○通りを歩いてなかった?」と声を掛けられたそうだ。ははは、バレてるバレている。きっと1学期の末のミミ君の体型から疑念を抱いていたのだろう。しかも夏コミでお姉さんとかが女装男子の薄い本とか手に入れていいるかもしれない。そんな時に、今のミミ君の男の娘ぶりを見たら、もしかしてって思いつつも、『まさかミミ君がねえ、きっと妹か親戚なのよね」とでも思い直したのだろう。それで気になるのは当然よね。

もちろんミミ君は「違う」って答えたらしいけど、きっとびくっとした感じの答え方だった筈で、疑問は残るよね。それはミミ君も分かっているだろうから、この格好なんだね。でも「今、ミミ君だとわかる、その格好で、下手に養成所に入って行くところを見られたら不味いんじゃないの」って忠告したら、あっ、という顔をしていた。まあ、今日だけは回りに気をつければよいか。とりあえず解決案をだしておく
「それより、変装を完璧にしたほうが良いんじゃないの? そのほうが演技の練習にもなるし」
ついでに定番のサングラスは
「サングラスなんてのは皆に注目を浴びるアイテムだから却って目立つよ」
って脅しておいた。分かる人にはミミ君と分かる格好だから見ている方は面白いわけで。

問題の髪の毛だけど、こっちは咎められなかったって。「君、その髪の毛」とまでは言われることも何度かあたったらしい。でも、その後は「あ、いいよ。清潔感が出ていれば」って言われたってオチ。ミミ君は「なんだか、ぎりぎり校則には引っかからなかったみたい」とか言っていたけど、違うと思うね、お姉さんは。ミミ君がそういう系統の男の娘だって悟ったから髪型を黙認したんだと思うよ。

次の養成所の日は、アドバイスに沿ってミミ君はしっかり化粧をしてきました。更にロングヘアーのウイッグをして、付け睫毛までして。うん、そっちの方がいい。妹はまた一皮向けて可愛くなって、お姉さんとしても嬉しいな。っていうか、はじめからそんな風にしていれば近所の人にも、ミミ君じゃなくて知り合いって思われたかも。だってあたしも毎回来ている訳だし。そう言ったら、いかにも失敗したって顔をして
「あっ、そっかー」
て口に出してたけど、でも、長い目でみたらいつかはバレる訳で、今のように近所の人に徐々に「学校は男子だけど他の外出は女装」
って思わせるようにしたほうが無難じゃないかなあ。そう説得したら、さすが男の子、理詰めだとちゃんと
「確かに、今の方が理想的かも」
って納得してくれた。

ってことは、ミミ君も近所に人への女装バレについては慣れてしまったってこと? へえ、意外と早く慣れるものね。


その日の行きがけの雑談でももう一つニュースがあった。始業式の翌々日、保健室に行くように言われ、そこでなぜか身体測定を受けて、そのあと悩み事がないか聞かれたらしい。身体測定で春より体重・胸囲とも減っていたから、心労のせいじゃないかって心配されたんだろうと思って「ちょっと色々あってダイエットすることにしたので」と答えたら、納得してくれたって。ははは、ミミ君絶対それ誤解される答え方だよ。

ニュースはまだ続いて、その際に背中の日焼け跡に気付いてるかどうか聞かれて面食らったって。正確には、
「体を細くするのに、何かで締め付けていない? 例えばブラジャーみたいなの」
ってピンポイントに聞かれたみたい。そりゃ聞かれるよ。だって、体重と胸囲を測ったってことは、下着のシャツも脱いでいる筈だから。
「裸になったらブラジャーの日焼け跡がバレるのは当たり前でしょ?」

っていうか、ミミ君、自覚してるよね? だってミミ君がスポブラ着け始めたのって、あたしが水着の日焼け跡の目立つことを何度も言ったからだからさあ。
「う、うん。それはものすごく気にしているよ。だから体育の時も下着のシャツは着替えないし…」
あ、ちゃんと自覚してるのね。
「…保健室でもそうしたし。でも、バレちゃったみたいなんだ」
「どういうこと?」
「胸囲を測った時は下着のシャツ越しで、そのあとは、衝立ての影で体重を量ったのにバレたんだって」
「シャツ越しなら、日焼け跡なんて分かるはず無いけどなあ。ブラジャーのシルエットとは訳が違うのだから」
「うん、そうだよね。きっとそうだよね」
ミミ君もそう信じて、知らないで通したんらしい。

でも、ちょっと待って。もしかして夏用の薄いシャツならそういうこともあるのかも。だって肋骨が細いって、要するに締めているってことで、保健の先生は、はじめから疑った目で見ていただろうし。そこからブラジャーの連想は大人の女の人なら出て来そうだし。
「先入見をもってじっくり観察したら、『もしかして』と思う程度の跡がシャツから感じされたのかもね」

あ、ミミ君絶望した顔をしている。そりゃそうか、体育の着替えでも下着のシャツを脱がずに体操服を着ているものの、そのシャツで隠せなかったらあまりにも恥ずかしいから。うん、わかるわかる。
っていうか、これはいけない。フォローしなくっちゃ。
「大丈夫よ、保健の先生のようなプロならではの技で、普通はそんな事はないから。それに、そんなプロでも、カマを掛けるのが精一杯だったんでしょ」
「カマ掛け?」
そんなの決まってるじゃない。一学期に比べると、髪の毛にしても仕草にしても、少し位置が高くなり始めた括れの位置にしてても、女の子っぽさが増しているんだから、保健の先生なら怪しいって思うって。

って、それを言ったら女装止めちゃうかも知れないから、ここはフォローその2
「ほら、保健の先生って、女装とかのカミングアウトした子をサポートするのも仕事の一つじゃない。だから、カミングアウトを引き出して、ブラジャーをしても恥ずかしくありませんよ、って言おうとしたんだと思うけど」
「そ、そっか。じゃあ、ずっと否定したボ・・・わたしって、チャンスを逃したのかな」
「きっとまたチャンスがあるわよ。それはそうと、明日、シャツから透けて見えるか確認したげようか?」
「ホント? ありがとう」
どうやら、ミミ君もちょっと安心したみたい。

あたしにとっても、今の段階でミミ君の女装とアイドル秘密訓練がクラスにバレるのは不味いし。だって、下手にバレたらアイドル養成所も止めかねないもの。もちろん女装もすっぱり止めてしましそうだし。そうなったら、あたしの愚痴を聞いてくれるだけでなく、普通の人では絶対にあり得ないようなオモシロイ悩み、例えば今回のような悩みを持ち込んでくる癒しがいなくなる。今じゃあたしも本格デビュー手前で、どさ回りレベルなら常に一列目、なんとテレビ放映されるようなイベントでも再後列で踊らせてもらえるし、学園もの番組のエクストラとしても引っ張りだされることが増えて、同期の羨望を受けてストレスが溜まりやすくなっているんだ。

なので、翌日ミミ君のところで、実際に男物の下着シャツの薄地を着てもらいました。それで後ろ姿をみたのだけど、ミミ君に水着とスポブラの日焼け跡があるとあらかじめ知っていれば、うっすりと違いが見えるかもしれないけど、ぱっと目には分からないなあ。
「全然大丈夫よ。はじめから日焼け跡の存在を知っているあたしですら、じっくり観察してやっとそれかなあ、って感じるぐらいだから」
そのあと、お母さんにも見てもらって同じ証言を得て、やっと安心してくれました。


今回のことで、どんなきっかけでミミ君がアイドル養成所をやめるか分からないというリスクを感じたので、マネージャー氏に相談しました。ミミ君なら、デビューさえすれば責任感から止めにくくなるだろうし、奇麗な服で「変装」している自分が皆の脚光を浴びているという高揚感を覚えれば、責任感とは無関係に、たとい女装バレしれて続ける可能性が高くなるだろうから。だって、あたしがそうだもの。普段のあたしが脚光を浴びるのは、休まる時が無くて疲れるけど、ステージで脚光を浴びるのは快感で、その切り替えが衣装にあるって気がするんだ。ならミミ君も同じ筈。

そんな話をメネージャー氏とした所、なんと来年1月の新シーズン開始を機会に、彼を中学生ものの学校ドラマのエキストラとして使い始める方針だって。ステージより、俳優系のほうが向いていそうだから。もちろん女の子役で。普段着の女装が増えた今のミミ君なら、エキストラ程度の女装は人権問題にならないだろうから、今がチャンスだって。

さすがは切れ者のメネージャー氏だ。ちゃんと考えてくれていたんだ。優先して使う予定の中学校ドラマは、アイドルの宣伝と、何処かの女子校のステマとして、女子校の良さを宣伝するために企画されたものらしく
「女子校だから、男っぽい振る舞いも許される」
「男の目がないから、性別役割分担という呪縛から自由になれる」
というキャッチフレーズの番組らしい。学校の宣伝だから、受験先を決める来年1月までの1年間全50回が目標だけど、視聴率が低くければダメージの出ないように6月で切るそうで、とりあえず25回。撮影は11月から。

主役級には某劇団の出身者ややんちゃ系俳優を使い、残りは研修生レベルの新人アイドルをそろえるというもの。そのために、毎回異なる「クラスメート」をクローズアップするらしく(平均で毎回1〜2人売り出すらしい)、それが25回となると40人近い無名新人・研修生を宣伝できる。そのかわり、エキストラも同じ所が無償で準備することになっている。高校ドラマならボランティアでも良いのだけど、中学となると保護者の承諾とかいろいろ面倒なのだそうだ。

それに加えて、背景画面と背景会話の為の「モブ」も40人ほど確保する。もちろん、他の事務所と合同だから、うちの枠は合わせて15人ぐらいだけど、そのうち嫉妬の対象になるのはクローズアップされる組で、背景組は嫉妬されない。しかも、ミミ君はアイドル枠でなく「演技クラスの優等生」枠なのだから、ステージでなく、こんな簡単なチャンスですらモブとしてしか使われないなら、嫉妬どころか同情すらされるかも知れないそうだ。っていうのも、ミミ君の演技の成績って良いみたいだから。そりゃそうよね、訓練時間だけでなく休憩時間すら「女の子」を、それこそ命がけで演じているのだから、上手くなるだわあ。

え? あたしとミミ君とチクり娘のユニットはどうなるかって? もちろん続行よ。だってあたしとチクり娘も同じ番組に出るもの。大体3人固まった位置で、主人公の下級生役としてね。さすがにクローズアップされる役は取れなかったけど、代わりに台詞やスポーティーな動きが25回の番組の半分近くあるんだ。全部でほんの数回しか台詞のないミミ君(あ、でもアドリブはいつでもOKだった)とは1年の年期の差があるのだよ。


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