Home/Index/ Previous/Next/All

天使の声に惑わされて

by 夢喰

天使の声に惑わされて:3

 ラジオの話はクラスメートにはまだ知られていない。AMのラジオなんて小学生が聞いたりはしないものね。もちろん自慢したい気持ちはあったけれど、顔の出ないラジオで女声で歌っていたんじゃ僕だとは分からないし、それを主張でもしようものなら、まるで僕が女の子のふりをしている変態のように見られる気がして、怖かったから。そんなことが広まったら、それこそ無理やり女装させられそうな気がするんだ。あるとき、体育が終わった後の着替えで、自分の服が練習で使うワンピースにすり替えられている悪夢を見たことあって、それ以来、体育が終わったあとに自分の服が残っているのをみてホッとしているぐらいだもの。
 あと、お父さんの
「練習ってのは人知れずやったほうが格好いいだろ?」
というのも、誰にも言わなかった理由のひとつだ。いや、誰にも言わない言い訳というべきかな。とにかく、そんな感じで、3学期が進んでいった。
 そんな折、僕がラジオのコマーシャルで得た自信をへし折ることがあった。それは音楽の授業で歌うことになった「とうりゃんせ」だ。というのも、mpから聞かせれる女の子の声が、まさに鈴の音のようで今のぼくにはとっても出せそうにななかったから。
 何故そんなことまで考えながらとうりゃんせを聞いたかというと、お父さんが音楽の教科書をめくって、この曲がある事に気付いた翌日に、ぼくに男声女声の違いを説明しながらmpを聞かせてくれたからだ。父さんの言うのはもっともだ。クリスマスの曲は「天上の声」のイメージだったからボーイソプラノで良かったけど、日本の童謡の女の子向けの歌って、たしかに「鈴の音」としかいいようのなく、ボーイソプラノじゃ力強すぎて駄目なんだよね。日本は男声と女声でなく、男童の声と女童の声を使い分ける国らしい。
 で、お父さんに言わせると、この女童の声が出せなければ日本一のボーイソプラノとは言えないらしい。響き過ぎるソプラノではなく、鈴の音のようなか弱いソプラノ。それが出せればもの凄い希少価値らしい。それは僕にもわかる。響かないけど遠くに届く鈴の音。それにほど今のぼくの実力から遠いことを実感したので、ラジオに出て高くなった鼻が完全にへし折られてしまった。
 こうなると、意地でもとうりゃんせを女童の声で出したい。だれが聞いてもぼくと同じかちょっと小さいぐらいの女の子が歌っているとしか思えないような声。それは確かに究極だ。とうりゃんせだけでない、かごめ、さくら、手鞠唄、子守唄。そして、そんな声で恋歌を歌う。なんて新鮮なんだろう! 女童の声をだせる時を夢想するとうっとりする。そこに女装がペアでついて来るなんてことは、夢想から全く抜け落ちていた。
 女童の声を出すには、体の骨格が共鳴しすぎないことが肝要らしい。そう、お父さんが例の模型で説明してくれた。男と女は生まれた時から骨格の違っていて、レントゲンでプロが見れば一発なんだって。へえ。『第二次セイチョウ』とかいうので異なって来るんだよ、ってクラスメートの誰かが行ってたけど、やっぱり、彼の知ったかぶりだったんだな。ともかくも、声の違いの理由の一つである骨格の違いを誤摩化す為に、骨格を共鳴を押さえる仕掛けが必要で、コルセットもその一つみたい。模型で実験すると確かにそんな気がするし、なによりコルセットをして歌うと、声が少しだけ声が澄む事は2学期に実感している。その先に女童の鈴の音がありそうな予感は感ずる。
 実際、録音した僕の声を聞くと、コルセットをしている時の方が鈴の音に近い。このコルセットは大人の女の人が使うコルセットと違って、お父さんのお父さんん手作りで、材料は僕の昔の下着シャツ、それも伸縮性があまりない代わりに涼しい麻地のやつなので、手作りゆえに不格好で、友達に見られるのはちょっと恥ずかしいけど着る分には全然抵抗がないし、もともと下着なので長時間着てもそこまで苦にならない。そして、お父さんの説明では、一日16時間、毎日つけれ続ければ、歌の時だけコルセットを外しても声が細いままで暫くは歌えるし、歌の時だけより強力なコルセットで振動を完全に抑え込めば、骨に響かない歌い方も出来る筈だって。そして成長期の僕は8時間以上コルセットを外すと骨格が元に戻ってしまうらしい。
 だから僕は、例の上体コルセットを常時、夜も着るようになった。着ないのは学校に行っている時だけ。お母さんが『体に悪くないかしら』と聞いて来たけど、今、どんなに体を細くてもした所で、例の『第二次セイチョウ』になったら男の子は否応無しに太い体になるらしい。お父さんに云わせると、コルセットごときで10年後の体に影響が出るなら、とっくに誰かがやって専用歌手が生まれている筈だって。確かにそうだ。
 後日気になって、お父さんの説明の根拠を調べたんだけど、コルセット16時間の話も、成長に影響を出さないって話も、どこにも見つからなかった。でも、他の説明、例えば1日8時間で十分と言う話も根拠が見つからなかず、論理的な説得力はお父さんの話の方が正しそうだったので、この先、僕はずっとコルセットをするようになったし、それどころか次第にきつめのコルセットを使うようになった。きつめと言っても、二枚重ねとか、伸びない生地を使った手作りとかそういうレベルだけど。
 こうして骨格すら絞って練習したものの、音楽の授業までに理想の声にはならず、単純に「男の子なのに声が小さい」と注意されるほどだった。そりゃ、1ヶ月で成果が出るならお父さんの云う通り、誰かがやっているよね。でも、僕は、とうりゃんせ授業の3週間で変化を感じていた。それは小父さんも同じらしく、始めはコルセットをよりキツくする事にも、コルセットを常時着用する事にも
「そこまで意味はないと思うけど」
と消極的だったにの、1ヶ月もすると、
「うん、確かに、声は少し澄んで来たなあ」
「でも体に良くないから程々にな」
という言い方に変わった。
 体に悪いって、小父さん達のお酒だってそうじゃない。これだから大人は信用ならない。それにお父さんに「体が良くない」のかどうか尋ねたら、それは肋骨に守られていない内蔵を締めるタイプのコルセットの話であって、肋骨を締めるのは骨折の時に骨を支えるギブスと同じだから、話が違うと説明してくれた。うん、そうだそうだ。僕がネットで調べても内蔵の圧迫の話ばかりで骨の話は無かったんだよね。やっぱり理論はお父さんだな。
 体に良い悪いはともかく、懐疑的な小父さんですら僕の声が女童声に少しずつ近づいているのを認めてた。だから、コルセットを着ている時は、歌だけでなく日常か会話でも鈴の音が出るように喋り方の努力を始めたんだ。本当は学校でも発声訓練をしたかったけれど、そんな事をすると、僕の事を女の子になりたがっている変態って思われそうで出来なかった。だって、2学期の『しょーたん』というあだ名や、3学期にはいって何度かみた悪夢、それに、歌の練習に行く時に男物のジャンパーこそ羽織っているものの、セーラー服とキュロットらしきズボンで外を歩いているのを誰かに気付かれているんじゃないかという不安で、変態疑惑が現実になりそうな不安があったから。
 特に服は、男物だと思い込もうとすればするほど、これが実は女の子の格好そのものではないかという気がしてくる。しかも骨格まで女の子のそれに近づけようとしているんだから。気にならない方がおかしい。いくら、歌の為であり、歌っている時なら明らかな女装であるワンピースにすら慣れて来たとは言え、移動中、他人から見れば女装に見えるのは気になるそして、この不安は、女童声の練習が第二段階、つまりコルセット着用時の日常会話の女童声訓練を始めてから、大きくなり始めた。僕のやっている事って、知らない人が見ると女の子のふりをしている事になるのだから。いくら、ジャンパーと靴と靴下と髪型が男の子だとは言え、気になるものは気になる。
 でも、今更、以前のようにスタジオで着替えるスタイルに戻る訳にはいかない。だって、恥ずかしいって思い始めたことを小父さんや両親に知られると、なんだかプロ意識が足りないとか、本心では女装に興味があるのではないかと勘ぐられないかとか、いろいろ気になるんだ。それどころか、意識すればするほど、逆に「意識していません」をアピールしなければならない気分になってしまう。例えばワンピース着用時の靴下とか、髪型とか。それに、少年合唱団の制服のつもりの筈のセーラー服とて、下がキュロットだと意識すればするほど女装に思えてしまって、スタジオでの練習では、それに相応しい靴下とかを履かなければならない気がして来る。さすがに女物は恥ずかしいけど、男物を履くのも場違いで、プロ意識を疑われるように思えてしまう。髪の毛も同じ。そんな訳で、3学期は髪の毛を一度も切る事が出来ず、靴下も中性的なものしか履かなくなってしまった。
 そんな苦労が実って、3月に入ると、少しだけ鈴の音に近づいた声が出せるようになった。コルセットの効果はそれだけではなく、普通に発声しても女の子っぽいソプラノになって来たんだ。そうなると、そろそろ発表の場が欲しくなる。お父さんが何かアレンジしてくれないかな、小父さんはどうだろうな、ラジオはまたあるのかな、と期待していたけど、何の音沙汰もなく、痺れを切らせてお父さんに尋ねたら、クラスの発表会で歌えば良いだろうと言って来た。うわ、それはちょっとビビる。
 僕の学校ではどのクラスも年に1-2度、主に3月に学芸会とかお別れ会とかいう名の、皆の発表の日がある。劇だとか、歌だとか、楽器だとか、漫才だとかそんなの。土曜日も隔週で登校する僕の学校では、学級会の時間、要するに色々と議論をしたりする時間が土曜日にあるのだけど、それを2回分まとめて2時間ぶっ続けでそういうお楽しみ会を開く。歌を披露するには確かに最高の場所だ。特に2学期に練習していた奴だったなら。
 でも、3学期に力を入れて練習しているのは、女童の声で、そりゃ、まあ、他の曲も練習はしているけど、成果の発表という意味だと女童のわらべ歌が良い。でも、これってクリスマス会や誕生会のように大人向けに歌うのは良いけど、クラスメートの前で歌ってもなあ、って気がするし、それ以前にクラスメートの前で女声を出すことが恥ずかしいし、下手すると、「女になりたいのか」とか「女装しろよ」とか囃されそうな気がするんだ。
 とは言え、こんな不安をお父さんや小父さんに言っても「プロ意識が足りない」と逆に叱られそうで怖い。それに、学芸会で普通に歌うんじゃだめで、何か芸をしなくちゃならないんだ。その意味では思い切った女装が良いのかも知れない。冷静にそう思っても、普段クラスの皆に隠れて女装しているんだ、という意識で、却って思いきれず、誕生日に来てくれた女子にわざわざ相談して、やっとセーラー服の決心がついたんだ。この女子なら僕のセーラー服を後押ししてくれるだろうって踏んでいたら、やっぱり推薦してくれた。それでも恥ずかしいから
「でも、恥ずかしいから、一緒に歌ってくれない?」
って誘って、デュエットになって、女子には男の格好で男性パートを歌うって形にしたから、そこまで騒がれることはないと思う。
 こうして迎えた学芸会は、ちょっと調子抜けだった、だって、劇で堂々と女装している男子が2-3人いて笑いをとっていたから。僕の悩みは何だったんだろう。セーラー服という、女装に見える男子服、いやズボンはキュロットに違いないと思うから半分女装なのか、まあ、そんな中途半端な格好で歌ったのが恥ずかしい。そういう中途半端さは、相棒の女子も感じたのか、発表直前に髪の毛をちょっと弄って、髪飾りともいえるリボンをつけることにした。これだとセーラー服も女物っぽくみえるよね。
 こうして僕の番は済んで、学芸会後も、歌が良かったとか、格好もぴったりだったと褒められた。もっとも、格好がぴったりという意味は、あとからよくよく考えると、僕の容姿が女装向きという意味かもしれないと気付いて、おもわず恥ずかしくなったけど。いや、恥ずかしいというより、なんだか、男の子の仲間から外されるんじゃないかという不安もあるかも。
 理由はともかく、女童声の価値が実感できて、僕はますます磨きをかけるようになった。こうして3年生を終えて4年になったのだけど、その時、良いことがあった。それは身体測定で、胸囲が昨年と全く同じだったことだ。いや、2ミリ伸びたのかな。その程度。背のほうは昨年より3センチほど伸びているので(平均は5センチだそうだ)、相対的にほっそりしたきたってことになる。身長の伸びが平均以下なのも、去年までだったが嫌だっただろうけど、今年は「大人になるのが遅くなるそうだ」って思えて却って嬉しい。この調子なら。より長い期間、ボーイソプラノを続けられる。
 もちろん、男の子としては大きくなりたいし、このまま将来も背が小さいままで終わるんじゃなかろうか、という不安もあるけど、お父さんのいう「大器晩成ほど大きな体になる」との言葉を信じれば問題ない。唯一不便なのは、背の高さで、今まで男子18人中前から7番目だったのが、前から4番目になってしまったこと。それでも、僕より小さい奴が3人いるから問題ない。胸囲は比較していないから分からないけど、僕が一番細いかもしれない。細いって、デブの反対だから、ちょっと鼻が高いや。そう、この頃の僕は胸囲が小さいことが恥ずかしいことなんて全く思っていなかったんだ。
 ともかくも、僕はコルセットの効果を実感した。だから、学校でも体育の無い日で、寒くて上着を着るような日は使うようになった。


 【クラスの男の子視点】
 翔太って、今年になって変わったよな。なんか、上品ぶっているっていうか。元々運動神経が鈍い奴だったけど、去年あたりからは昼休みのドッジボールに加わらなくなって、今年皆で流行った相撲にも全然顔を出さない。水泳の時の体付きがひょろひょろなのも当然だよな。このままじゃ困るだろうって親切心で放課後に声をかけても、付き合い悪い。歌の練習があるからって言ってたけど、音楽の時間、縦笛で四苦八苦して、歌も声が小さいと注意されてるの知ってるぞ。お坊ちゃん? そんな感じ。それだから、いつまでも顔も格好良くなれないんだぜ。
 そうこうして2学期のある日、女子が翔太のことを「しょーたん」って呼んだことが2-3度あって、そのあだ名に納得したぜ。だって、全然覇気がないものな。ゲームもしないみたいだし、仲間に引き入れようにも、とっかかりがないんだよな。そのくせ女子が教室内のキーボードを弾いていると、そこに近づいていく。軟弱野郎が。男の風上にもおけない。女の子と仲良くやってればいいんだよ。
 以前はそう思っていた。でも、学芸会で翔太の歌を聴いて、ちょっと見る目が変わった。可愛い声って思ってしまったんだ。女子が一緒に歌っていたから、もしかしたら女子のほうの声かとも思ったけど、そっちは男の子パートを確かに歌っていて、そうなると残るは翔太、いや、しょーたんと言うべきかな。
 あのセーラー服も似合っているし、と思ったら、髪の毛伸ばしてんじゃん。偉い偉い。問題はズボンかな。芸に徹するならキュロットじゃなくてスカートにすべきだろ。まあ、でもほとんど女装に近い格好で、ほんとうに可愛い女の子の声で歌うのは褒めてやるぜ。
 あとから聞いたら、週に4-5回も歌の練習に行っているんだって。うん、分かった。これから昼休みも放課後は誘わないからな。ちゃんと歌を磨けよ。知り合いに男の娘がいたら、他の友達に自慢できるしな。

Home/Index/ Previous/Next/All

inserted by FC2 system