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天使の声に惑わされて

by 夢喰

天使の声に惑わされて:4

 女童声がある程度満足できたので、春休みからアイドル曲を始めることになった。昨秋の古い歌謡曲と違って、今度はAKB系の曲だ。小父さんの提案した新曲に僕が「また昔の歌なの? はあ」って文句を言ったら、小父さんが提案してくれた。
 2週間ほど練習した頃に、ようやく親にも何を歌っているのか教えたら、一瞬きょとんとされたあとに
「アニメソングもやるんだろう」
と尋ねられた。そうだそうだ、あまりに身近すぎて忘れてた。これをやらきゃ、折角のボーイソプラノ、しかも女の子っぽい雰囲気のある声と言うボクの特徴が宝の持ち腐れじゃないの。いつも口ずさんっていうのに。大人の人はこれを「盲点だった」って言うらしい。だから、つい
「まだだけど、歌いたいなあ」
と答えると
「あ、でも、その前にアニメ声の練習が必要かな」
とお父さんが考え込んでしまった。
 アニメ声。普通の小学4年生はそんな言葉に詳しくないだろうけど、僕はアニメソングの歌手を調べているから知っている。魅力的な子供の声が出せるお姉さんたちが、アニメの時だけに出す特別な声だ。たとえば、「ロリッ子声」とか「可愛い声」とか。そんな声、同級生だって出さないものね。でも、多くの大人にとっては実際の子供より魅力的らしい。だからアニメ声優って人気あるんだって。
 声を作るならボクだってできる。声を作るだけじゃない。歌だって上手い。そんなボクがアニメの主題歌を歌う立場に抜擢されたら、きっと人気もあがるだろう。ふふふ、ボク有名人間違いなし!
 いつの間にか、アニメの中で、ボクの顔で魔女っ子の格好やお姫様の格好をする画面を思い浮かべてしまって、ボクは恥ずかしくなった。でもなんだろう、この気持ち。歌が本当に上手かったらきっと喝采ものだ。恥ずかしいけど誇らしい。そんな複雑な気持ちでいると、お父さんから
「アイドルの女の子ってのは、可愛らしさを作っているんだ。だってクラスの女の子の普通の姿と違うだろう?……」
と、さっきボクが思った事と同じ内容を言われた。うんうん、クラスの子がアイドルの真似なんぞ普通にしてたらキモい。アイドルはテレビの前で見るから良いんだ。
「……その一環として声もある、要するに連中だって努力しているんだな。それに勝つには、な」
 ここまで言われたら、次は「日常的な練習」って答えであることは直ぐ分かる。つい20秒前まで感じていた恥ずかしさがスーっと抜けて嬉しくなった反動で、ボクはお父さんにボクの自主性を見せるべく、出来るだけ可愛いらしさを出すような声で
「じゃあ、普段から練習してみるー」
と答えてしまった。冷静に考えればものすごく恥ずかしい真似だけど、その声があまりに酷かったのか、ボクの表情が変だったのか、お父さんだけでなくお母さんにまで
「プッ、フー、それじゃあ全然だめね、まあ、頑張ってみて」
と笑われてしまった。ふん、いいんだ。そう思ったボクはふて腐れた女の子のような顔を作って
「見てらっしゃい? 一ヶ月で可愛くなってみせるから」
と両親に宣言した。
 夜になって、さっきの宣言を思い出すと恥ずかしい。うわ、ボクって、家の中では「アイドルっぽい女の子」のふりをするって宣言してしまったようなものだから。でも、口に出した以上、家では「女の子の口振りの練習」を演じ続けなければならない。両親に本心でどう思われているか分からないけど、そうするしか思い当たる道がない。そして、そんな練習をしていることをしているなんて、両親以外に知られたら、もっと恥ずかしい。これは小父さんすら秘密にしたいぐらいの恥ずかしいことだ。だって、歌以外のことだから。
 しかし、そんな葛藤も、翌日に
「なんだ、もう練習は終わりか」
と笑い顔で親に言われてすっと抜けた。そうだよ、ボクはプロ級になるんだ。家の中だけならいくらでも声の練習をしてよいじゃないの。それに会話だけじゃなく、アニメソングを小声で歌う練習も家の中でしているから、その延長で女声を日常会話で使うのは、家の中だけなら、そこまで抵抗がないんだ。こうして意識して女声を出すようになった翌週にはゴールデンウイークとなった。

 連休は小父さんのところの練習が休みだから、ずっと家で「可愛らしさを作った」女声を出し続ける。それだけじゃない。連休の前半は家にいたが、後半は2度ほど日帰りで遠出して、その間もずっと可愛い声を出し続けた。というのも、肋骨を締め付けた状態で外を歩く事で、発声コントロールを試してみたらどうかな、ってお父さんに言われたからだ。ただ
「試す価値はあるという程度だけど、それよりも、将来、ステージ等に上がる時にあがらないように、外で女声を練習するという度胸付けの方が、意味が大きいかな」
だとのことで、効果の方はお父さんも自信はないみたい。
 でも、確かに遠出は「可愛い女の子の演技」には良いかもしれないと思って、ボクも同意したんだ。知り合いに見られるのは恥ずかしいけど、遠出の時なら少なくとも知り合いはいないから、恥のかき捨てで思い切ったことができる。だって、髪の毛は新学期の時にあまり切っていなくて、それが1ヶ月伸びた今は、お転婆な女の子として見られてもおかしくない程度にはなっているし、歩く為の子供服って、男女兼用が多いから、女の子の言葉を使っても問題ないんだよね。
 結局、トイレこそ、その前後だけ「可愛さを作る」をやめて、利用者の少ない男子トイレに入ったけど、それ以外は丸一日(それも2度)女の子を演じて、言葉遣いも仕草も女の子風にしたんだ。休みの残りも、突然仕草を変えては、それこそ不真面目な気がして、女の子を演じてしまったんだ。その結果、2度目の遠出では、やはり同じように遠出に出かけている家族連れの女の子と仲良くなってしまって(向こうはボクの事を完全に女の子と思ったみたい)2時間ほど一緒にいる羽目になったけど。
 このときまず思ったのは、異性と一緒にいると楽しいって事。小学4年となると、男女で垣根が出来てしまって、女子に近づけなくなる。だから、こうやって女の子と自然に仲良く話せたのは学級が変わって初めてだった。それが可能になったのは、ボクが女の子っぽいから。だから、相手も安心してボクと話をしてくれるってことに、ボクはそのとき気がついたんだ。(あとから聞いた話では)これを大人の男がやったら犯罪だけど、ボーイソプラノの男の子なら問題ないんだって。彼女と2時間で分かれたのはトイレに行きたくなりかけたから。まだ我慢できるけど、ギリギリになる前にお父さんがこっちの意を汲んで別行動を提案してくれた。さすがに女子トイレはないよね。

 そんな連休を過ごした結果、連休後も家では半分無意識に「可愛らしい」声と言葉遣いの練習をするようになってしまい、5月を終える頃には、それに違和感すら感じなくなった。でも、もちろん、それは家の中だけの秘密で、小父さんにすら打ち明けていない。
 とはいえ、小父さんはボクの変化に感づいているみたい。だって、ボクの「アイドル曲」の歌い方というか、その振り付けが明らかに上手くなっているからだ。声も、今までは単純に歌手を真似るだけだったけど、段々、ボク自身の可愛さを武器にするような歌い方になったみたい。そう、物まねでなくオリジナルな可愛さ。それを目を見張った小父さんが
「家で特別な練習をしてないかい?」
と尋ねるのも当然で、ボクはそれに
「そりゃ、世界一を目指すんだもの、復習しているよ」
とだけ答えている。いや、さすがに、正直に答えられないよね。その事に気付いて、急に自分のやっている事が恥ずかしくなったんだけど。
 秘密は知る人間が限られるほど、それを知られるのが恥ずかしい。でも、同時に、そういう恥ずかしい秘密は、秘密であるからこそ、のめり込む。そんな真実を他人から教えて貰ったのはずっとあとの事だけど、ボクはそれを肌で感じていた。そして、恥ずかしさの元になる秘密は、元々は女の子の真似をしているという「秘密」と、女の子を異性として意識し始めているからという「秘密」だけだったけど、女の子の気持ちを歌えば歌うほど、そして国語力が上がって歌詞の意味が以前より分かるようになるほど、異性としての女の子そのものになりきる事に興味が沸いて、その「秘密」の度合いが高くなっていったんだ。そういう気持ちって親にすら知れたくない。
 そういうやましい気持ちを持つと、今まであれほど(慣れたとはいえ)嫌だった、女の子の格好での歌の訓練が、女の子の格好が出来るということで興味が出てくる。でも、そんな嬉しさを皆に知られるわけにはいかないから、ひときわ
「プロ意識として、義務的に」(「いやいやながら」ってのは、プロ意識が足りないって怒られる)
という感じで小父さんとの練習の時にワンピースやセーラー服を着ている。

5月後半の衣替えは、ボクがそういう複雑な気持ちを持ち始めているときにやってきた。新学期に合わせて冬用の厚手のジャケットから春用の薄手のジャケットになった時は、結局のところセーター服(小父さんの所へ練習に出かける時の服)を隠すという役割に違いなかったから問題なかったけど、今回の衣替えはジャケットそのものを脱ぐというものだから、セーター服が人目に付くつくことになる。それはクラスメートなど知り合い見られてしまう可能性を意味している。
 一応は男の子用のセーラー服のはずで、実際リボンとかついていないし、下はズボンだから、女装ではないはずなのだが、以前お母さんが替えズボンを買った時に女物しか白・水色のズボンがなかったようなことを言っていたし、艦隊コレクションのコスプレが出て以来、この服がその系統に勘違いされるような気がして、街中で上下セットの様子を見せるのは少し恥ずかしい。でも、連休以来、女の子の格好に好奇心が出てきて、このどっちかずの格好であれば、恥ずかしさよりも自然に着てみたいという好奇心(誰かがウルトラマン変身願望とかいってたけど)の方が勝って、結局、セーラー服デビューを果たすことになったんだ。
 その初日はさすがに人目が気になった。だって、同年代だけでなく、大人たちがチラチラこちらを見るのが分かるから。きっとコスプレと思われているのだろう。でも、5・6回も同じ時間帯に小父さんのところに通っているうちに、そんな視線はほとんどなくなった。これって「案ずるより産むがやすし」って奴だよね。
 もっとも、初めて見かけるような大人だと、ボクのことをじっと眺めている人もいる。きっと、コスプレ少年なのか、ボーイッシュな女の子か分からないのだろう。だって視線に嫌らしさがないから。でも、そんな中にも変な視線を感じることがあって、ああ、これが「女の子の嫌がる視線なのか」って理解してしまった。去年までのボクならきっと分からなかったと思う。そして、そういう視線を通じてボクはますます女の子の気持ちで歌うのが上手くなっている気がするんだ。

 そういう普段の積み重ねが練習にも現れたのか、上達が認められて、七夕にいつもの喫茶店で小父さん達のコンサートに出演することになった。デュエット2曲とアイドル曲2曲と普通のソロ1曲。残りは小父さんが歌うやつで、これもクラスの音楽好きが来た。その為に服も新しくスカートとブラウスの組み合わせを買って(なんと新品!)、年末に使ったワンピースやセーラー服と途中で着替えたりしたんだ。
 歌う前は
「去年ほど恥ずかしくないよ」
って強気だったけど、いざ歌うとやっぱり恥ずかしくて、ぎこちなかったかも知れない。でも、お父さんにいわれた通りに小父さんへのサプライズとして、ボクの出番の最後のデュエットで、最後にアニメ声で歌ったのは、皆には好評で(小父さんは驚きつつも調子を崩す事なく普通に歌っていてさすがと思った)、コンサートは成功だったと思う。
 そこまでは良かったけど、クラスの女の子に
「その格好似合ってるよ」
「今度学校でも歌ってよ? 出来ればアニメ曲を。もちろん、その格好でお願いね」
「いや待って、私たちが服は用意するよ」
「放課後一緒に遊ばない? 女の子の格好をすれば私たちと一緒にいても囃されないわよ」
とか言われたのは予想外で、顔や火照ってしまった。恥ずかしいというだけでなく、冗談じゃないという気持ちと、でも興味がないわけでもない(それを隠したい)という複雑な気持ちで。それを受けて
「わー恥ずかしがっってカワイイー」
って言われたのには、さすがに恥ずかしさしか感じなかったけど。
 そのあとの打ち上げで、当然ながらアニメ声の話が出たけど、小父さんは一応怒りながらも、それがお母さんのいたずらだったと解釈したみたいで、
「あの声を秘密練習してたから、上手くなったんだな」
と納得してくれた。そして、
「アニメソングは基礎ができてからと思ったけど、良い結果がでているから解禁だな」
と言って、次の練習からはアニメソングも加わるようになった。

 コンサートから数日後、お父さんから魔法少女のコスプレを渡された。唐突でびっくりしたけど、話を聞いて更にびっくりした。お父さんが会社の後輩に
『小学校の子供が歌の練習のついでにアニメ声の練習もしている』
と七夕コンサートのついでに宣伝したところ、その時の
『実は当日のサプライズだけど、アニメ声でも歌うんだ』
という『アニメ声』キーワードに興味を覚えた後輩さんが、コンサートにこっそり来て、ボクがコスプレの原石だと思ったらしい。それで、後輩さんはノリノリでお父さんをその手のショップに連れて行って、無理矢理買わせたそうだ。子供サイズだったので元々安かったところを、さらに常連の強みで「着用して歌っている動画と引き換え」という条件の交渉をして更に5割引を勝ち取ったんだって。そのまま転売しても黒字になる価格らしい。ただし動画の期限は7月末までの3週間。夏休みイベントに間に合わせるんだって。
 単に1曲歌って動画を撮るだけなら、直ぐにでも出来る。でも
「良い動画だったら、宣伝に使われる筈だから、デビューのチャンスだぞ」
と言われたんじゃ、本気を出さなきゃいけない。その日からボクは家では常に女声だけでなくアニメ声を出すように努力したし、週5回の歌の練習でもアニメソングを優先させた。学校に(プールのない日に)コルセットで行くようになったきっかけもこの特訓だ。どうせ夏休みまで1週間程度だからバレないだろうと思ったのもコルセットを使うようになった理由の一つでもあるけど。
 選曲は、お母さんから話の行っている小父さんが、3週間で間に合うような曲をいくつか探してくれた。もっとも、さすがの小父さんも、アニメ声の出しかたは知らないらしく、どの曲を歌うかはボクが決める羽目となって、優柔不断なボクは、いろんな歌を練習してみて、その中から上手く歌えて踊れそうなのを10日で選んで、残りの10日で特訓ということになった。
 最終的に選ばれたのは4曲、全部で6種類の振り付けで、アニメ声での歌はどうにかなりそうでも振り付けが難しい。いや、動きをアニメのそれにできるだけ真似るだけならどうにかなるんだけど
「見た目に女の子の可愛らしさがないと、意味が無い」
とお父さん(の後輩の言い分らしい)に言われては、基本動作から可愛らしくしないといけない。そうなると歌の練習の時だけではなく、普段の生活でも気をつける必要があって、とうとう夏休みに入ってからの10日間は室内はワンピースやスカートで過ごすようになってしまった。強制されたんじゃないけど、七夕コンサートで使った服がをタンスの横に置かれて
「仕草の勉強なら、それらしい格好でないと実感が沸かないだろうな」
と言われたんじゃ、自主的に着るしかないじゃないの。っていうか、それがちょっと嬉しかったのはボクだけの秘密だ。
 女の子の格好をしたボクを見た母さんは
「それを着るんなら、それらしくしないとね」
と、女の子の仕草を丁寧に教わてくる。時々居間から聞こえてくるお父さんとお母さんの会話からは、お母さんは、ボクの女装特訓にあまり熱心でないと思ったけど、違うのかなあ?
 一番の問題は、クラスメートにどうやってバレないようにするか。歌以外での女装はさすがに恥ずかしい。そして、そうなると、まかり間違って見かけられる場合、とくにビデオを見られた時にに、ボクだと分からないように変装する必要がある。でも
「クラスメートにはバレたくない」
なんてお父さんに言ったら、プロ意識が足りないと言われそうだったので、お母さんに相談した。そしたら、なんと2日後にお父さんがカツラを買ってきてくれたんだ。それは良かったけど
「ほい、これで安心して女の子になりきれるだろ?」
と言われたのに続けて
「よかったな、これで女子トイレにもはいれるぞ」
と言われた時は、クラスの女の子の姿を思い出して背徳感と恥ずかしさで文句をいう声すらだせなかった。もちろん、お母さんが
「何いってるんですか、絶対、そんなことをしては駄目ですよ」
と直ぐに反論してくれたけど、
「おいおい、そんな意味じゃないぞ、スタジオ限定に決っているだろうが。性別隠して撮影する可能性も考えれば、レストランやスタジオのトイレのように男女とも個室式で誰かとかち合う心配がない場所じゃ、実際に女子トイレに入らざるを得ない場合だってあるんだぞ。その場合、子供ということもあって問題にはならないよ」
と言われて、なるほどと思ってしまった。そして、その代わり、ボクは学校以外では立って小便する事が禁止された。学校ってもう夏止みなんだよね。あれ、これって、もしかしたらプールとかで学校に行く日のことじゃなく、二学期のことまでさしているの? 気にはなるけど、そんなことを聞いたら、プロ意識が足りないって叱られそうだし、どのみち、洋式トイレは座ってしたほうが汚れないから、家ではその方が良さそうだしで、黙ってうなずいた。もっとも、お父さんは立ってしているけど、仕方ないや。
 そんなこんなで、締め切り前日に、小父さんのところでキチンと録画した。結局、4曲6種類の振り付けを全部撮影して、店の人に選んで貰うことになったけど、小父さん曰く、曲によっては、本当の女の子以上に女の子っぽい振り付けが出来ていたそうだ。なるほど「可愛い女の子」ってのは作るものなんだね。それは別に可愛らしさをアピールするんだけじゃなく、男の子っぽい激しい動きの中に浮き上がらせるて一生懸命ボーイッシュに振る舞っている女の子」というイメージを与えるのも効果的みたい。
 そして、締め切りの日、お父さんの後輩さんと一緒にコスプレの店にいって動画を渡したんだけど(本人が顔を出すのは礼儀だし)、その動画をみた店主さんと後輩さん(後輩さんもそのとき初めて見た)がすっかり興奮して
「1曲どころか4曲なんて、これは褒美を出さなくっちゃ」
と意気投合して、今度はフリルの、それでもスカート丈の短いコスプレ衣装をボクに押し付けてきたんだ。
「出来れば夏休み中に、その姿を見たいねえ」
という希望付きで。
 これが去年までのボクだったら、えらい迷惑と思っただろうけど、今のボクは新しい振り付けと「女の子の振りの練習」にピッタリだと思ってしまったんだ。可愛らしい服を色々着る口実にもなるし。え? ボク、今、なんか変なことを思わなかった? 思わず顔が赤くなったけど、それを大人の2人は単純に勘違いしたのか、
「恥ずかしいなら無理は言わないからね」
となだめてくれた。こうなりゃ、あとの可能性も考えて、イエスといっておかないと不味いと思い
「いや、やります」
と答えてしまった。その答えが、ボクが夏休み中は家で女の子の格好をすることを意味しているのに気付いたのは、家に帰って両親に話を告げたときだった。


 【父親の後輩視点】
 
 先輩のお子さんさんが歌うって話を聞いた時は「ここにも子供自慢がいた、うざい」って思ったけど、アニメ声を練習していると聞いて、ちょっと興味を覚え、大人の七夕コンサートで、ちょっとしたコスプレでアニメ声を出す、って聞いて、見るだけなら、先輩への顔も経つし、いいかも、と思って、ちょっと遅刻気味だけだけで出かけてきた。そしてびっくりした。
 男の子だったんだ。女装だったんだ。それがとっても似合っていたんだ。
 父親が息子の女装を支援する例なんて聞いたことがない。そんなにオタク仲間で男の娘を妄想しても、現実にそんな者はいない。高校生では既に体格に無理があり、とはいえ、それ以下の年齢での女装は母親が熱心な場合の小学2年生まで。あとは性同一障害の男の子だけだけど、目の前の男の子は、普通の男の子だ。小学4年の、ノーマルな男の子の女装を両親が支援するなんて、こりゃ、コスプレ界に激震が走る話だ。
 目的がボーイソプラノを最大に生かした歌であることが、全てを納得させる。となれば、是非ともプロモーションをしなければなるまい。早速、行きつけのコスプレ屋に、コンサートの時の写真を持って行って、裏工作をして、その上で先輩を、そこに連れて行く。赤札価格で人気コスプレ衣装を買わせて、その代わりにビデオデビューを持ちかける。同世代の女の子を越える声と歌心があるのだから、あとは振り付けだけだ。でも、質問されること以上のアドバイスはしない。だって、きっとサプライズな魔法少女を演じてくれると信じているから。
 俺の目に狂いはなかった。もたらされたビデオはそれほどの内容だった。こんなものをコスプレ屋の宣伝だけで済ませるのは勿体ない。あらかじめ手配していたとおり、オタク仲間やコスプレ仲間を通じて拡散させる。あ、もちろん先輩には逐次報告ね。だってデビューへの近道に先輩が反対するはずがないから。でも、先輩は一つ忘れている。このビデオ、中身が女の子だと視聴者が誤解する形で拡散しているんだね。だから、翔太くん、君は歌の世界では女の子としてふるわなければならないんだ。なんという萌えるシチュエーションなんだろう。

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