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和魂ハローイン

by 夢喰

 コスプレ文化の最先端国にハローインが本格上陸して10年近くになる。当初はアメリカ風のお化けが多かったが、そこは和魂洋才の国だけあって、本邦伝統のお化けも増えてきた。かく言う俺もアメリカ伝統のシーツを被り、日本伝統の鬼面(節分の時に買った豆の付録だ)をつけて一番安上がりな和魂洋才を実践している。

 俺の訪れた屋敷は、中学1年のクラスメイトの間でも評判の「気前のよい」屋敷だった。要するに値段の高めのお菓子を沢山くれるって意味だ。実際、そこは屋敷と言えるぐらいに広い家で、しかも門から玄関まできちんとランタンで照らして訪問者歓迎を明らかに示している。俺は、思わずほくそえんだ。
 門に辿り着くと呼び鈴の所に張り紙がある。読むと
「ここは日本です。ハローインでもそれを忘れないように」
と書いてある。なんのこっちゃ? ここはもしかして伝統右翼の家かいな? 
 それはそれで納得がいく。なんせ日本風の屋敷なのだ。でも俺の感じるのはそこまで。こっちは菓子に飢えた中坊だ。右だろうが左だろうが関係無い。かのケ小平だって、白かろうが黒かろうが鼠を取れば良いって言ったではないか。だからこの屋敷内でだけ、とりあえず右シフトする事にした。もちろん子供は皆貧乏人の平等主義だから、その意味では普段の生活は左シフトだ。シフトはシフトだが、ただし俺は野球は得意ではない。

 門が開いていたので、そのままするすると玄関に辿り着き、呼び鈴を押そうとすると、その前にスピーカーから
「失格です、扉は開きません」
という機械的な声が聞こえてきた。何が失格か分からないのできょとんとしていると、上から紙がひらひら降りて来る。その紙にはこう書いてあった
「日本独自のお化けで無いとお化けとは認めません」
俺の扮する鬼は日本独自だろうが、と毒づきながら続きを読むと
「裏手に無料の貸衣装があるので、そこで顔を洗ってきなさい」
と厳しく書いてある。このくそ、と思ったものの、貸衣装まで出す心意気に感激すると共に、どんな衣装があるのか好奇心もそそられたので、取りあえず行ってみる事にした。
 先客が10人近くもいた。しかし驚いたのはそこではない。和服の美人ばっかりだったという点だ。魂を奪われてしまいそうなぐらいの傾国ぞろいだ。いったい何処から集めたのだろう、と訝しく思う。そういう彼女たちが、俺の姿を認めるや、それまでの会話を止めて一斉にこっちを向く。少々不気味だ。
 場違いな所に来たのだろうかとビビっていると、中から30?40歳の美しい女の人が出てきて、
「ハローインのお菓子を貰いにきたのでしょう?」
と尋ねてきた。こくりと頷くと
「ああ、いらっしゃい。えっと、紹介しておくね、ここにいる人たちは、皆、これからハローインに繰り出す為に着替えた人達だから」
と言いつつ、俺の腕を掴んで奥の方に連れていった。かなり強い力だ。
 仕切りの奥には、マネキンに着付された和服の例が陳列してあった。それぞれに
  牡丹灯籠セット
  お菊さんセット
  化け狐セット
  化け狸セット
  雪女セット
  化け猫セット
  のっぺらぼうセット
  ろくろ首セット
  トイレの花子さんセット
などと書いてある。どれも奇麗な和服だ。にも関わらず、どの着物も自然で違和感がない。花子さんですら和服でぴったりなのだ。昭和初期の女学校という感じで見とれてしまう。余りに不意打ちなので、あまりにハローインには勿体ないような和服だったので、しばしの間、ここに何をしに来たのか忘れてしまった。
 それを破ったのが
「気に入ったかしら?」
という彼女の声だ。数秒、意味が分からず、その次の瞬間に、ここにはハローイン仮装の為に来たのだと思い出して、慌てた。というのも、どれも女物の高級衣料であって、僕なんかが気楽に仮装で着て良いものではないからだ。そこで、急いで、伝統的お化けに相当する一つ目小僧と番傘を思い出し、それは何処だろうかと独り言すると、女性聞きとがめて
「あのね、日本のお化けはグロテスクな西洋と違って美しく無ければならないの。だって日本のお化けはうらめしやーなんだから」
と説教してきた。
 言われるまで気付かなかったが、たしかに恨めしいという感情は女のものだ。そう思って思い直すと西洋のお化けは醜い男ばかりで、唯一の魔女もおばあさんだ。でも、と思う
「鬼は男女共通でしょう?」
「祟りを起こす鬼は祀られて神に封じられるの。だから今日は関係ないわ」
 屁理屈のような気がしないではないが、中学生は雰囲気に飲まれる事で学校社会を泳ぐ抜く河童だから、なんとなく女性の言い分で良い気がする。そうなると良い子を演じたくなるというもので、
「なるほど、じゃあ僕の恰好が間違いってのは・・・」
と玄関で貰った紙の事を匂わした。良い子を演ずれば主導権も取れると思ったからだが、それは裏目に出た。
「ちゃんと理解したのね、偉いわ。なら、おねえさんも腕によりをかけて手伝ってあげるね」
と要らないところまで先回りして返事して来たのだ。
 雰囲気を作られてしまったようだ。俺にはこの女性の言いたい事が良く分かる。でもだ、ここに陳列してある服をきたら、お化けというより、女装そのものだ。 ちょっと抵抗があるんだよなあ。とはいえ、ここまできて「女装は嫌だから帰ります」などと言えるものではない。そんな、雰囲気無視のたいどはKYとして学校で爪弾きになる。咄嗟の判断で、女性の意図がわからないふりをする事にいた。
「見事な博物館ですね」
 脈絡のない話に逃げるという作戦だ。だが、女性は
「いいでしょ、で、どれにする」
と一直線だ。こうなったら切り札を出すしかない
「どれって、こんな高級なもの、汚したらたいへんです。お金もありませんし」
と辞退する。
「心配しなくていいの、年に一度のお祭りなんだから、汚しちゃっても平気よ。この家の主人の道楽なんだから」
 さすがにグウの音も言えず、返事を渋っていると
「男の子の癖に意気地なしね! まるで女の子だわ」
と言うなり、僕の腕を掴んだまま、化け狸のマネキンに近づいた。尻尾だけが狸で、他は完全な美少女だ。
「な、なんです」
「自分で決められないなら、おねんさんが決めてあげる。これが一番ね」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
「今日は君みたいなのが沢山来るの、ぐずぐずしてたらお仕置きよ」
最後はやや冷たい声だ。冗談だろうとは思いつつも、背筋がすーっと寒くなって、
「わ、わかりました」
と観念した。確かに気前が良いという噂は本当だ。ただし有り難くないほうに。

 着替え終わった俺に、女性は帯をしっかり結んだ。肋骨が痛い。こんなの、一人では解く事も出来ない、と不安を感じる暇もあらばこそ、化粧やカツラと、女性が俺を手早く改造して行く。その間わずか8分。最後に尻の所に尻尾をつけておしまいだ。着物には尻の所に鱗状の隙間があって、そこに尻尾を差し込む様になっている。尻尾の先端はマジックテープで、そのテープの対になっている部分は、さっき履いた肌色のスパッツ・・・女性は猿股と言っていたけど・・・に縫い付けられている。
 変装が終わるや、入口につれてこられた。ほんの10分前まで10人近い美少女たちがいた場所だが、今は誰もいない。訝しげに女性を見ると
「あ、trick or treatに繰り出したのね」
「みんな一緒に?」
「そうよ、だって去年来た子の同窓会みたいなものだもの」
「同窓会?」
同窓会という響きは嫌いではない。でも、話が見えない。
「ほら、同窓会となれば、一種の仮装コンテストみたいになるに決まってるでしょ? それで、これから競争でお菓子を集めて来るの」
女はこっちの理解を確認せず勝手に遠くまで説明して行く。分かるような分からないような話だ。そんな気持が顔に出ていたのだろう、女性は
「君も、これから出掛けたら分かるから」
と適当に話を折って、俺を姿見の前に立たせた。
 その姿は、さっき入口にいた美少女と殆ど変わりないものだった。神秘さを感じる程に色白な美少女。化粧のせいで、もはや誰が見ても俺と認識はできるまい。そう思うと、女装の恥ずかしさよりも、ある種の変身快感を若干覚えた。女性も
「いいでしょ? 去年の子よりも良く出来ているとおもうわ」
と俺を持ち上げる。一瞬ほくそ笑んだが、女性は続く言葉で水を浴びせた。
「そうそう、去年来た男の子は、今年も喜々として同窓会に来たわよ。5人ともね」
 俺がぞっとしたのは、アメリカの話を小耳に挟んでいたからだ。ハローイン仮装の発祥地アメリカでは、その仮装パーティがきっかけで女装にのめり込んだり性転換したりする事が高いという。


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