俺の勤める下着アパレルは中小企業だ。ファッション系と違って、下着は機能が重視されるが、着心地の良さだけになるとノウハウが肝心で、グンゼや福助のような老舗にとても太刀打ち出来ない。新興でこの方面に食い込むのはユニクロのような資力が不可欠で、俺の勤め先なんかではどうにもならない。となれば、新しい機能を想像するしかないのだ。例えば男性用ブラジャーなどが良い例だろう。結局どれだけ売れたのか知らないが、人は目新しさという理由だけで使いもしないモノを買うような資源浪費型生命体だから、それが実際に役に立つかどうかはどうでも良い。
そこで俺が目をつけたのが女装ブームだ。初心者の本人または内輪だけの自己満足の世界であって、故に女装は胸や股間、髭など、性の象徴の処理だけで十分だが、昨今のように女装が外部に開かれたイベントとなると話は違う。性の象徴だけでは到底満足できず、次に髪の毛の質とかすね毛、喉仏等の少しだけ目立つ違いをいかにカモフラージュするかが問題になり、その先に体型というか骨格の違いをどう誤摩化すかという上級レベルのカモフラージュが問題になる。そして今の女装ブームが続けば、上級レベルが話題の中心になるに違いない。秋葉原の秘密の小屋に時々訪れる俺にはこのあたりの機微が予感できるのだ。
という事は、上級レベルの骨格をきちんとカモフラージュする補正下着を作れば、それは確実に隠れた売れ筋になるだろう。というのも今までの補正下着は元々女性の骨格の人がより美しいラインを作る為のものであって、男の骨格には対応していない。この事を開発部で提案してみた。中小企業だから俺みたいなヒヨッコでも発言の機会があるのだ。
そもそも女を感じさせるシルエットというのは、前から見たラインだけなく、後ろから見たライン、横から見たライン、そして胴体の断面の形で決まる。例えば肋骨の形だが、男は丸に近い楕円で女は平たい楕円だ。横から見た時の女の乳房が目立つのは、非常に薄い体からから突き出してからであって、男のような分厚い胸に同じ分量の乳房はあったとしてもそれほど魅力的ではない。しかしながら、肋骨回りをしぼめるニッパーやコルセットの類いでは、胴回りの長さを短くする事だけがセールスポイントになっており、360度の角度から概ね同様に締め付ける。結果として、男がコルセットをすると、なるほど肋骨は締め付けられるが、そのぶん断面積を維持しようとますます丸くなって、結局、胸が更に厚くなる。要するに女性用のコルセットとは女性の体を更に細くする為の下着であって、男が着ても見方によっては逆効果になるのだ。
この問題を直す為には、万力で締めるように、平たい板を2枚腹面と背面の敷いて、側面に締め付けの強い布を使えば良い。当然、開閉は全面一ヶ所でなく側面2ヶ所ということになって、いわばオーダーメイドの鎧のイメージだ。その際の板は理想体型の鋳型という意味合いを持つ。そういう鋳型は実は既に存在していて、マネキンがまさにその通りなのだ。だから、開発部での会合では俺はスライドだけでなく男女のマネキンを会議室に持込み、更に女のマネキンの表面にスポンジを覆って、男のマネキンに似るように表面をカットして、その何処を押さえれば乳房が残丘のように残ってくるかを実演して見せた。その際に脇下の胸囲をも削る必要がある事を示したのは言うまでもない。そうして、比較対象として女性用のコルセットでは、必要な体型補正が出来ない事を示した。
同じ事はガードルでも言える。これは元々骨盤が大腿やアンダーバストよりも遥かに大きい女性体型を前提として、その形ならびにお腹の出っ張りを整える事も目的にしている。そうして、360度の角度から概ね同様に締め付ける。しかし男がこれをすると、尻を小さくする効果故に女性体型から更に遠ざけてしまう。これを解決するには腹部を圧迫するプラスチックと尻の形を保護するプラスチックが必要なのだ。
2時間に渡る開発会議では、始めのうちこそ先輩方から
『女装なんて』
という軽蔑気味の視線を浴びていたが、最後には皆の目も輝き始め、ついに翌週の会議で継続議案という、事実上の合格証を手に入れた。俺は説得に成功したのだ!
翌週の議論のあと、翌々週には取り締まり役も参加してのプレゼンとなり、その更に翌週についにゴーサインが出た。つまり、簡単な試作品とモニターを経て、モニターの評判が良ければ本格的に開発する事になったのだ。俺は入社後初めてのホームランに酔った。こうなったら絶対に成功させなければならない!
そんな訳で、俺達は色々な材質を何度も試して、提案から1ヶ月半後には初めての試作品を作った。プラスチックとソフトプラスチックと布を組み合わせる女装専用補正下着。このデザインは他社に盗まれても元も子もないから、社員がモニターするのが当然で、となれば提案者の俺にお鉢が回って来るのも当然だ。当然ながらそれを毎日着用して・・・もっとも上着は普通の男性用スーツだが・・・毎日脇下回り、バスト、アンダー、ウエスト、ヒップなどのサイズを周囲だけでなく厚みや幅と共に測って、更に写真を3方向から撮って輪郭を記録している。
この女装ぶりに俺の出世と会社の繁栄がかかっているのだから、俺だって全力だ。毎日少しずつ改善(?)している数値を見ると、出世という目標を離れて純粋に下着女装が楽しくなっていく。2ヶ月もする頃には俺はすっかり女装の虜になってしまった。だからという訳でもないが、俺は今コスプレ会場にいる。上着は普通の女装だが、その下に隠れている補正下着が俺達の秘密兵器だ。そして、隠れた観客に社長や開発部長をはじめ、会社関係者が何人も着ている。そう、今日が採点の日なのだ。願わくは、俺のアイデアが採用されて、日本中の女装コスプレが少しは見られるものにならん事を。