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スカートめくり

by 夢喰

 子供の悪戯には、それができる年齢制限がある。その中でもスカートめくりは特に年齢制限が厳しい。というのも、女の子を意識し始めたらに出来ない悪戯だからだ。ガキのスカートめくりに性的な意味合いはない。カーテンをめくりたくなる好奇心と同じ次元の行為に過ぎない。だが、女の子にエロスを感じ始めたら最後、その下着は性的禁忌の世界となる。そうして、スカートめくりが全く出来なくなる。
 そんな男子が増えてくれば、女子にエロスを感じない奴だって、
『いつまでもスカートめくりなんかやっている奴はガキ』
という空気を読んで、スカートめくりをタブーと判断する。特に中学入学後はそうだ。だから、いつまでもスカートめくりなんかやっている奴はクラス中から白い目で見られるのだ。突風などで偶々スカートやブラジャーがちら見えする幸運を待つのが、男子中学生の正しいありかたと言えよう。僕だってそうだ。
 とはいえ、小学3年生の感覚でスカートめくりなんかする奴だって希にいる。でも、そんなのはクラスに一人いるかいないかだ。その一人というのが、他県から5月頭に転校して来たシロ君だった。もっとも、後から聞いた話によると、シロ君のスカートめくりにはハッキリした基準があって、それは相手が見せパンを履いている時に限るというものだった。しかもシロ君は、宇宙人を見ただの、お化けを捕まえるだのといった話ばかりをして、男子の猥談、例えばアイドルの水着姿の話とかに全く加わらなかった為、クラスの女子生徒も
『ここまで子供じゃ、怒るのも大人げない』
と大騒ぎはしなかったし、ましてや担任に言いつけるような事も無かった。
 問題は、そういう特殊な事情と言うのを僕が理解していなかった事だ。だから、シロ君のスカートめくりに対する無視を、僕は黙認と誤解していた。そんな僕にスカートめくりを持ちかけたのが、僕の苦手なクロ君だった。体格も要領も良い彼は、
「せっかく、みんなスカートなのに、シロの奴だけにいい思いをさせるなんて損だぜ」
と言って誘ってきた。
 小学校は私服だから、女子の多くがパンツ系や体操服で学校に来る。中には絶対にスカートを履かない子だっている。そういう女子が中学では、制服だからという、前近代的かつ非合理的な理由だけで強制的にスカートを履かされる。つまり、今まで見られなかった下着を見るチャンスが訪れたって訳だ。しかも連中はスカートに慣れていないから防備も弱い。クロ君は、渋る僕にそう説明して、最後にこう付け加えた。
「皆でやれば怖くないだろ、モモ君だって加わるんだ」
 ここまで説得するクロ君にノーと言い続ける事は、この先3年間の
「クラスの誰を羊に祭り上げるか」
という残酷ゲームで、守りの大駒を一枚失う危険を秘めている。もちろん、スカートめくりなんかすれば、気になる女の子からの評価が落ちるのは避けられない。でも、そんなリスクよりも残酷ゲームのサバイバルの方が絶対に重要だ。そもそも、女子の人気取りの為に自身の守りを疎かにするなんてありえない。だから渋々承知した。
 彼の提案する作戦は、シロ君が誰かのスカートめくった直後に、3人同時に別の3人のスカートをめくるというものだった。もちろんクラスに1人2人は絶対にいるシンデレラ的美少女を対象から外すのは暗黙の了解事だ。女神さまにだけは失礼は働かない。これを守れない奴は、真っ先に残酷ゲームの捧げ者になる。

 作戦は提案から2日後の金曜日放課後に実行された。過去1ヶ月の観察によれば、シロ君がスカートめくりをするのは、昼休みや放課後が多く、教室内の生徒がまばらで、かつ彼の近くに女子が2人以上居る時に限られていた。その中でも一番噂が残りにくい日時を選んだのだ。
 クロ君が率先して一番口達者な女子のスカートをめくり、彼の合図に合わせてモモ君と僕もスカートをめくった。合図といっても3人で示し合わせていると思われては女子からの文句が激しくなるので、あくまでシロ君の真似という態だ。お陰で、僕へは文句は通り一遍で終わって、被害者全員がシロ君に向かって
「もう、あんたがこんな事するから他の人も真似るのよ!」
「馬鹿を伝染させないでちょうだい」
と集中攻撃するものの、シロ君は
「でも見せパン履いてるじゃん」
とか
「いやならズボンでくればいいだろ。制服なんて法律で決まってる訳じゃないんだから」
とか言って平行線のままだ。
 こうして、スカートめくりというミッションは実現したものの、僕への反発がそこまで酷くなかったのと、クロ君に強制された気分が強かったのとで、せっかく見せパンでない本物の当たりを引いたにもかかわらず、高揚感も快感もなく、ただ安堵しただけだった。それはモモ君も同じだろう。彼だってクロ君に引っ張られたに違いないのだ。だから楽しんだのはきっとクロ君だけだろう。もっとも、彼だってスカートめくりごときに喜ぶようなガキではないのだが。
 きっと次がある筈だ、と思っていたら、案の定、クロ君は僕に
「今度はお前がスカートめくりの合図をだせよ、俺より楽しんだだろうが」
とコマンダーを押し付けて来た。見せパンを引いたクロ君や地味なパンツだったモモ君と違って、柄パンツという当たりを引いた以上、一番楽しんだ筈という彼の強引な主張にどんなに反論しても
「そんなの屁理屈じゃねえか」
と言われるに決まっている。何ヶ月も後になって、この時のクロ君の遊びの対象が、スカートめくりではなく、コマンダーごっこだっと気付いたが、中学1年生にそんな概念をすぐ思い付ける筈もなく、コマンダー役を僕は断れなかった。せいぜい実行を数日引き延ばす事が出来たぐらいだ。もっとも、引き延ばせた最大の理由は、トリガー役のシロ君が、毎日スカートめくりをする訳でない、という事にあったのだが。

 水曜日の放課後、覚悟を決めてスカートめくりをした僕に待っていたのはクロ君の裏切りだった。僕とモモ君がスカートをめくる中、彼だけが手を下さなかったのだ。もっとも、それだけで裏切りと言うのは早計だ。というのも、廊下側にいたクロ君の
「階段に先生の姿を見かけて実行する馬鹿が何処にいるか!」
という主張は確かに合理的だからだ。ただ、本当に先生の姿を見かけたのか疑わしい。クロ君というのは、警戒と要領の良さで過去にも悪戯を見つけられず、それを真似た友達が先生に叱られるのを暫く楽しんだ後に、助け舟を出すような奴なのだ。でも、そんな疑いをここで言ったところで事態は良くならない。先生の受けが悪くない奴を敵に回すなんて僕には無理だからだ。僕はクロ君が苦手なのだ。こんな奴への対応策は、
「僕に合図役は無理だよう」
と降参するくらいしかない。
 そしたら、クロ君は
「じゃあ、俺が手本を示してやる」
と引き下がった。それなら、と納得した僕だったが、でもこれは間違いだったんだ。だって、手本を示された後は、僕たちが再び合図役をしなければならなくなるのだから。実際、金曜日にクロ君がコマンダーをやり、しかも、通算成績はクロ君の0勝2敗、モモ君と僕の2勝1敗となった事で、モモ君と僕がコマンダーをやることから逃れる術はなくなった。
 4回目と5回目のスカートめくりで、クラスの女子からの非難の視線が急増した。おまけに、その2回ともクロ君は裏切った。1回目はモモ君の初コマンダーだった為に、クロ君に前回と同じ言い訳を与え、2回目は
「あ、ごめん、見てなかった。っていうかこっちがスタンバイしているかちゃんと見ろっちゅうの」
と言い訳された。さすがに僕がむかっとしたが、そのタイミングで
「次は僕が合図役するから、それ、見とけよ」
と言ってくる機微は見事で、それにハマったモモ君が
「じゃあ、任せるからね」
と許してうやむやとなってしまった。こうなると相手のペースだ。もう二度とやらない、と決心していても、それは次回の後にということになる。
 クロ君の合図は昼休みだった。放課後よりも人は多かったが、放課後が警戒されるようになったので意表をつくという作戦だ。シロ君のパターンからも昼休みのチョイスは自然だ。クロ君の合図だから安全は確保されている筈。そういう甘えが悲劇を生んだ。奴は先生が廊下の遠くにいる事を知っていながら、合図したのだ。しかも自分はスカートをめくるそぶりだけを見せて、結局めくらなかったという裏切りまでつけて。もちろん、後から
「いやあ、先生に気がついて慌てて止めたんだけど」
という言い訳をしてきたが、先生に気がついて止めたのでなく、先生の存在を知っていて合図を出したに違いない。クロ君はそんな奴だ。
 6度目の集団スカートめくりに堪忍袋の緒の切れた女子の騒いでいる横を先生が通りかかったら、結果は決まっている。シロ君とモモ君と僕の3人が罰を受ける事になった。参加しなかったクロ君はお咎めなし。彼は6回のうちの2回だけしか参加せず、しかも2回との見せパンだったからだ。

 罰を何にするか、の議論に決着をつけたのは、シロ君の
「めくられたくなかったら、スカート履かなきゃいいじゃないか」
「制服なんて言い訳じゃんか」
という主張だった。そこまで言うなら、お前がスカートはいて来い、しかも恥ずかしい下着でな。という事になって、僕たち3人は見事に女装の罰を受ける事になった。期間は1週間。もちろん、コスプレ全盛の今時、女装そのものはそんなに恥ずかしくない。でも、それに
「スカートめくりのガキ野郎」
というタグが付くと恥ずかしいものだ。幼稚な変態というダグの視線は、女装そのものまで恥ずかしさを倍加させた。


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