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夢女装

by 夢喰

その1

 初めて女装の夢を見たのは就職した直後だったと思います。その時の夢は、プールからの着替えで履くズボンが無く、トランクスを隠す為のシャツを長くしたら、それがいつの間にか、女物の長いTシャツになっていたといううものです。それでも、女物を履いた感じと云う気がして、これは女装なんだという恥ずかしさと、下にトランクスしか履いていない恥ずかしさとで、おもわず目が覚めて、汗だくになったのを覚えています。
 なぜ、急にこんな夢をみたのか? 正確には分かりませんが、おそらく、研修のストレスが予想以上に酷かったからでしょう。社会は学校や大学と違って、勉強と品行方正だけではどうにもならない世界で、判断力や決断力、時には賭けとも言える勇気を要求します。だから、研修でも、学校教育から抜け落ちた要素の補完という意味で、思い切りだの男の野蛮さだのの重要さを強調してきます。それは、今までの16年間の教育と全然違う世界で、臆病な優等生の私には精神的にきついものでした。それが、現実逃避の象徴としてフロイト的な夢を見させたのでしょう。
 これでも私は優等生です。ここで落ちこぼれる訳にはいきません。女装の夢の印象が余りに強烈だったせいか、これではいけないと、必死で研修に食らいつきました。こうして1ヶ月ばかりは普通の悪夢を見ていたのですが、それでも1ヶ月後には同じ夢を見てしまいました。一回目と同じ状況に、激しい戸惑いで目が覚めて、その時も汗びっしょりでした。この時の原因もはっきりしています。研修で、ちょっとした失敗から、小声で上司に注意されたのです。気の小さな私には、それだけでもストレスでした。というのも、子供の頃から『良い子』を演じていた私は、先生から注意される事なんて無かったからです。
 2度ある事は3度あると言います。2度目の夢から更に1ヶ月半後、3ヶ月研修の終わりの講評で期待ほど褒められず、そのあとの打ち上げで、同期の私よりランクの低い大学出身の男が皆の人気者になっているのを見て、少し嫉妬を感じた夜の事です。同じ夢ですが、女装の期間が少しだけ長くて、更衣室から出ようとしてためらった瞬間に目が覚めました。その前二回は更衣室の中で気付いたものです。
 人間、3度も同じ夢を見ると癖になるのでしょうか、1ヶ月後のお盆前には4度目の女装夢を、そして、そのほんの半月後には5度目、更に半月後には6回目のの女装夢を見る事になってしまいました。いずれも、ちょっとしたストレスや不安が原因です。原因が分かっているからとはいえ、毎回、同じ女装の夢で見るのは気持よいものではありません。私はノーマルなのです。
 気持ち悪い事は他にもあります。始めのうちは相当に激しいストレスでないと女装夢を見なかったのに、比較的軽いストレスや不安でも見るようになってしまった事です。脳内で、ストレス=女装夢という無意識回路が出来てしまったのかもしれません。唯一の救いは、女装夢に対する耐性が出来たのか、起きた時の寝汗や動悸が以前よりも少なくなったぐらいでしょうか。もっとも、これは、ストレスや不安が少ない状態で夢を見ているからという気もします。その後も女装夢を見る頻度は増えて行き、秋分後は1週間〜10日置きに女装夢を見るようになってしまいました。

 11月になり、衣替えの季節を迎えました。夜も寒くなって、布団が余分に必要になります。その為でしょうか、今度は頻度が変わらずに、夢の内容が変わり始めました。ずっと、下がトランクス、上がTシャツという夢が続いていたのに、そのTシャツの上にセーターを着るようになったのです。下を隠そうとして、両方を伸ばそうとすると、Tシャツだけが伸びて、黒い筈のセーターはいつの間にかピンク色に変わっています。それが3回ほど続いた後は、夢の中のセーターは刺繍の着いた女物になり、その次はTシャツがいつの間にかワンピースになっていました。そして、その頻度も師走に近づいて慌ただしくなるや、6〜7日に一度の頻度に増えていました。
 夢の内容が大きく変わったのは師走半ばです。それまでの夢は、男物の服から始まり、ズボンが無いので困っていたら、いつのまにか上のシャツやセーターが伸びて下を隠すと云うパターンだったのに、始めからスカートを履いている夢を見てしまったのです。ごく普通のひだ付きスカート。ただし下着はトランクス。上は何を着ているか分かりません。場所はいつも玄関で、これから外に出ようとする所です。そして、ドアを開けた途端に自分の女装に気付き、思わず恥ずかしくなって目が覚めたら動悸とともに寝汗をかいていたのです。どうしてそんな夢を見始めるようになったのか?
 もしかすると、忘年会の芸で同期のやんちゃ野郎がお笑い女装をしてみせた時に、部長がたしなめた言葉のせいかも知れません
「こら、女を笑い者にするな。うちの部署は男よりも女の方が優秀なんだぞ」
部長の真意は、実力を言ったのではなく、女子社員への単なる感謝です。というのも、私の知っている限り、平均すると男の方がよい業績を出していたからです。下働きだって男が女に負けずやっています。でも、今の世の中は、女の人を上手く煽てる会社が成功するのです。だからこそ、部長は普段から似たような発言をしていました。そうは分かっている私ですが、でも、その時の部長の言葉は私への当てつけのような気がしてしまったのです。
 私は同期の中では要領の悪い方でした。覚える事は得意でしたが、判断する事や決断する事が苦手です。その方面は、同期の女の人よりも駄目で、その事に劣等感を感じていたのは否めません。そういう不安が、部長の発言で、急速の私の心を支配したのです。だからこそ、女への敗北の象徴としてスカートを履く夢を見始めるようになったと思うのです。この夢も毎回進化して、始めは玄関の前で目が覚め、2度目はドアの所で、3度目は1歩出た所、そんな具合に遠くなり、その度に同じ程度の恥ずかしさを感じて目が覚めるようになりました。距離が段々遠くなるのは、更衣室の女装を一緒です。おそらく、私が夢に耐性を持つようになったからでしょう。毎週見ていたら慣れるのも当然です。

 新年会の季節が終わって、1月下旬になると来年の配属の噂が流れてきます。私たちは新人ですから部署は変わりませんが、それでも本人が希望した場合に限り、仕事内容の変更はありえます。私にも選択肢がありました。決断の多い仕事と、そうではなくて地味に規則のチェック等をする仕事。そして、会社にとってどうかはともかく、少なくとも私たち新人の間では前者の方がカッコいいというのが共通の認識です。同期の競争意識とでも言えるでしょうが。だから、臆病者の私にあえて後者を選ぶ勇気はありません。でも、そういう競争に私は本当についていけるのでしょうか?
 そんな不安を象徴するかのように、夢の内容がまたも変わりました。私が着替えようとズボンを手に取ると、それがスカートに変わっているのです。慌てて上を振り返ると女物のブラウスを来ています。この夢もまた、目が覚めるまでの時間が次第に長くなり、始めはスカートを持っただけで気付いて目が覚めたのに、次はスカートを持ったまま暫く
「私はこれを履くんだよなあ」
とボンヤリ思って、その後に気付くもの。片足を入れるまでスカートである事に気付かない。両足を入れるまで気付かない。履き切るまで気付かない。履いたあと他人に指差されるまで気付かない。そんな風に恥ずかしさを感じるまでの時間が長くなり、更には夢の頻度も4〜5日置きとなって、とうとう2月末の夢では、先の玄関の夢に繋がってしまいました。こんなの、決して私の願望ではないのに・・・。でも、夢は確かに私の会社での立ち位置を象徴していました。私が花形の仕事に向いていない事を同期の人間からも仄めかされるようになっていたのですから。

 年度末は多忙ゆえにストレスが溜まります。それに比例して、女装夢の頻度が急速に増していきました。4〜5日置きが3月中旬には2〜3日置きになり、とうとう3月の最後の週には5日も見てしました。このくらい頻繁になると、女装の恥ずかしさに目が覚めた時の寝汗や動悸も殆どありません。悪夢は悪夢でも、またかという感じで目が覚めるだけです。こうして、いつしか、ごく普通に女装夢を見るという風になってしまいました。
 もっとも、寝汗をかくようなタイプの女装夢が無くなった訳ではなく週に一回ぐらいはそんな悪夢を見ていました。たとえば、女装と容姿とのミスマッチを恥ずかしく思うようなエンディングの夢の時です。女装なのに下はトランクスを履いている自分に気付いて、これを人に見られたら大変だと慌てて目が覚めるパターン。明らかに恥ずかしさの質が変わっています。夢の中の私は、女装そのものでなく、女装が似合っていない事を恥ずかしいと思っているのですから。私にその手の趣味なんて無いのに! 
 ミスマッチのパターンの悪夢は下着だけでなく、髭の剃り跡でもあります。ふと手を顎に当てて、髭の剃り跡がザラザラしている事と服とのミスマッチしている気付き、びっくりして目覚めるというものです。こんな時は、大抵、手が顎に当たっています。それはトランクスの時もそうで、目覚めた時に手がトランクスに当たっています。夢は現実を若干反映するという精神医学の言う通りです。

 新年度を迎えた私は、結局、自尊心に傷のつかないうちにリタイアするチャンスを何度も逃し、同期生との競争の中に投げ込まれていました。それだけではありません。後輩という目に見えないライバルが会社に入ってきたのです。彼らはまだ研修中で配属されていませんが、それでも何人のライバルが増えたのか、その数字は知っています。私が同期の中で適当な位置におれば後輩を気にする事など無いでしょうが、今の私は少し自信を失っていますから、誰もがライバル候補生に見えてしまうのです。
 こういった慢性的な漠然とした不安は夢に現れます。そのせいか、年度末を乗切ったというのに女装夢の頻度は殆ど減らずに週に2〜3回は見続けました。原因が原因だけに、ゴールデンウイークでも減らず、それどころか連休明けからは汗びっしょりになる悪夢の比率が高くなってきました。5月末には週に3回見た女装夢の全てが汗びっしょりになる悪夢で、それも3晩続けてだったのです。この週は普通の女装夢も一回見ていますから、トータルでも4回と回数も増えています。いずれもミスマッチのパターンです。髭などを触って、女装のくせに男丸出しである事を実感したり、女装に癖にトランクスを履いている事を実感したりして、パニックになってしまうという奴です。
 悪夢の比率が増えたのは、夢が仕事に影響を及ぼし始めたからです。同じ女装夢でも、普通の目覚めをした日は普通に仕事ができるのに、悪夢の日は気が重くて仕事の能率が落ちるようになったのです。そして、仕事の能率の善し悪しは、そのままその夜の夢に反映します。3月まではそういう負のスパウラルはなかったのですが、新年度になってから、だんだん仕事への影響が出始めて、5月にはそれが無視出来なくなり、それでとうとう月末に3晩続けて悪夢を見てしまったのです。もちろん、ストレスが慢性化して、それでストレスの酷さに気付かなくなって、それが夢でやっと現れるようになったのかも知れません。でも今の私にとっては、理由よりも、現実に女装の悪夢が増えて、それが仕事に影響を及ぼしている事実が問題です。

 こうなると、悪夢を我慢すれば良いだけの話で済みません。仕事の為にも夢をどうにかしなければならないのです。悪夢の原因の一部を取り除く事を真剣に考えるようになりました。一番の悪夢は、髭の剃り跡と女装のミスマッチにおののくうちに目が覚めるパターンですが、この時は必ず手が顔に当たっています。その逆も真なりで、寝ているうちに手が顔に当たってしまったらアウトです。当然ながら、私は朝だけでなく夜も髭を揉み上げ上部までしっかり剃るようになりました。これは功を奏して、翌週の悪夢は髭がらみでなく2回ともトランクスがらみで、仕事への悪影響も前の週よりは少なくて連晩の悪夢と云う負のスパイラルは避けられました。もっとも、悪夢以外の女装夢も2回見ていますから、トータルで週4回と年度末並みの頻度でしたが、それでもほっとしたのは事実です。
 ほっとする状況は職場でもありました。その頃、職場では新人の配属の話が話題に上がっていたのですが、配属になる新人の出身校が同期の連中よりも1ランク下だったからです。景気の回復に伴って、入社する大学ランクが下がったらしいという噂は聞いていたものの、実際に配属が始まるまでは実感出来ないものです。だから、もしかしたら競争相手になるかも知れない新配属の後輩がレベルの低い大学出身と聞いて、ストレスが少し減ったのは確かです。
 もちろん、学歴や学力と、仕事での戦力としての能力にズレのある事は、この一年で思い知っていますが、それでも仕事暦の一年の差は大きい筈で、気にはなりません。そういう安堵は夢にも端的に現れて、週3〜4回の女装夢のうち動悸がする程の悪夢は1回だけで済んでいました。その1回もトランクスがらみの悪夢で髭の時ほど最悪ではありません。でも、後から思い返すと、これだけ条件が揃っていたのに女装夢の頻度が余り下がっていないのは問題だったのです。特別なストレスとか不安とかを感じていない比較的普通の日ですら女装夢を見るようになってしまったのですから。


その2

 こうして6月が終わり、新人が本格的に働き始める時がやってきました。今年の新人の学歴は去年よりも下がっていますから、同期との競争で神経をすりつぶした私には自信回復の為の良いチャンスです。しかし新しい問題が予想外の形で出て来ました。配属から一週間もすると、新人達が同期の他の連中の所に質問に行くようになって、私の所には仕事と余り関係ない単純な事しか聞いて来なくなったのです。もちろんそれは疎外というものでは無く、現に飲みに行く時なんかは平等な扱いなのですが、こと仕事になると、明らかに同期のライバルを頼っているように見えるのです。
 そういう新しい変化はすぐに女装夢の頻度と内容に反映しました。7月中旬に新しいパターンの悪夢を見るなり、それと同じ奴を3日続けてみて、週末を挟んだ翌週には月曜夜から金曜夜まで5晩続けて見てしまったのです。その夢では私は中学生になって、その昔、私のクラスにいた出来の悪い女子の印象的な行動を繰り返すのです。その女子はがさつで、クラスメートから男みたいだと陰口を叩かれていました。ある時なんか、男子同士の雑談で
「じゃあ、スカートめくって調べたらどうだ」
と言われたほどです。夢の中の私は、いつしかその子になっていて陰口をそのまま聞いていました。その時に気になるのは、当然トランクスです。その事に激しい戸惑いを覚えて、汗びっしょりになりながら動悸と共に目を覚ますというのが悪夢のパターンでした。
 後輩に信頼されなくなり、それが不安で悪夢を見て、その寝覚めのせいで一日調子が悪い。そういう負のスパイラルを、自らの気合いで断ち切れるほど、私は強くありません。となれば、別の方法で悪夢を減らすしかありません。幸い、一ヶ月半前に髭の手入れで危機を乗り切った事があります。となれば、今回はトランクスが対象です。とは言え、私にショーツを履くような度胸なぞある筈がありません。だから、その代理になるような下着を考えました。答えは簡単です。ブリーフ。もっと正確にいうなら、ビキニタイプのブリーフです。

 さっそく試してみると効果は覿面でした。夢の中でも、見られてもそこまで恥ずかしくないパンツという意識が働いたのか、パンツとのミスマッチによる悪夢はなくなりました。それどころか、夢の中ではブリーフが同じ色のショーツになっていたのです。もちろん夢だから細かい違いは分かる筈もありませが、これはショーツを履いている筈だという意識を持っていたのです。半年前までだったら、そんな意識を持っただけで悪夢になっていたでしょうが、今は違います。夢の中の私は女装が当たり前で、ショーツが当たり前なのです。
 こんな具合ですから、夢の中で女子中学生になった私は、スカートの中身を云々される悪口を聞かなくなり、別の些細な恥ずかしさで目が覚めるという、軽い寝汗クラスの『普通の』女装夢に戻りました。これだって悪夢には違いないのですが、仕事に差し障りがないレベルですから、私はもはや悪夢とは認識せず、普通の女装夢という風に感じるようになっていました。慣れるとはそういう事です。もっとも、女装夢の総数は減らずに、翌週は6回、翌々週も5回見ましたが、そういう意味では決して改善してはいないのですが、動悸クラスの悪夢が週1〜2回で済んだ事で私はホッとしました。
 その悪夢の内容ですが、女装の恥ずかしさでも、ミスマッチの恥ずかしさでもない新しいパターンになりました。
「じゃあ、スカートめくって調べたらどうだ」
と言われる事に
「えっち!」
と答えてしまい、その後、自分が女の子として行動した事を恥ずかしく思ってパニックになったのです。女の恰好に対する恥ずかしさでなく、女の子の振る舞いに対する恥ずかしさ。でも、私にとっては大差ないので気にしませんでした。
 普通の女装夢の内容の方は以前とあまり変わりませんが、少し変化に富んできました。中学校で女の子として友達に囃される場面や、朝スカートを履いて出て行く場面、そして街中を歩いている場面などがあります。中には教室で着替えようとしてすると男子が入って来たので、恥ずかしくなって違和感を感じたら、実はセーラー服を来ていたというのすらあります。そんなパターンも、お盆帰省を契機にまた変わりました。

 その頃までにはビキニブリーフにすっかり慣れていた私も、久々だからトランクスを履いてみたいと思って実家には両方持っていきました。というのも、女装夢を連日見て、女装の恥ずかしさを夢で刷り込まれていた私は、ショーツっぽいデザインのビキニブリーフを親に見られるのが恥ずかしかったからです。だから、帰省の日はブリーフの代わりにトランクスを履いて、それで寝てみました。するとどうでしょう、私は最悪の悪夢を見てしまいました。
 例の女子中学生になった私が、馬鹿げた行動をとってしまって皆からひとしきり笑われたあとに同級生から
「女かどうか調べようぜ」
と云われた所までは一緒だったのですが、この時は風でスカートを捲れてしまい、トランクスである事がバレると同時にすね毛までも同級生に指摘されてしまったのです。今までの悪夢ではトランクスを恥ずかしいとは思っても、それが見られる事はありませんでした。当然ながら、動悸も寝汗も最悪のものとなり、その日の調子も一日中ぼんやりして最悪でした。
 これに懲りた私は翌日はブリーフにしましたが、それでも悪夢は収まりません。というのも
「女かどうか調べようぜ」
と云われた時に、すね毛が恥ずかしくなったからです。しかもブリーフは夢の中でもブリーフのままでショーツになってくれません。それでも動悸とかが前日よりマシになり、3日目の夜にやっと普通の女装夢に戻りました。こんな具合で私の帰省は散々でした。収穫と言えるのは、親が私のブリーフを見て、それが今風で仕事上都合が良いのだろうと勝手に理解した事ぐらいでしょう。

 帰省時の悪夢の影響はアパートに戻っても続き、毎晩女装夢を見るばかりか、夜にちゃんと髭をそってビキニブリーフを履いても、すね毛のミスマッチ型の悪夢を2〜3日に一度は見てしまうのです。仕事が比較的楽な時期にもかかわらずです。暑くて寝苦しいせいもあるかも知れませんが、昨年までそんな事がなかった事を考えれば、帰省の時にトランクスを履いてしまったツケである事は明らかです。だから私は同じ失敗をしないようにと、持っているトランクスを全部捨てると共に、悪夢の対策も実行しました。
 対策とはもちろんすね毛を剃る事です。髭の時もトランクスの時も効果があったのですがから、すね毛を剃ろうと思うのは当然でしょう。幸い、私の会社に慰安旅行はありません。大企業で給料が良いから、皆、自分で旅行に出掛けます。この事は、私が他人の前で裸になる必要がない事を意味しています。実際、昨年の1年で同僚とかにすね毛を見せる機会はありませんでした。すね毛の処理など問題ないのです。
 すね毛を剃った効果は直ぐにあがり、そのあと1週間以上も悪夢を見ずに済みました。しかし女装夢自体は毎日続きました。というのも、私は夢の中ですね毛のない事を必ず意識してしまい、その途端に女装夢が始まるパターンになってしまったからです。すね毛を剃ってしまった以上、寝る時から女装を意識している事になり、それが夢に現れたのかも知れません。もちろん、こういう意識は時間と共に消える筈ですから、すね毛だって夢の中から消える筈です。だから、私は女装夢が毎日続く事は余り気にしませんでした。大切なのは悪夢を見ない事です。
 すね毛を剃って9日目、久しぶりに見た悪夢は酷いものでした。その日は、同輩に夏休みの過ごし方を聞かれて、親元で何もしなかった私は意気地なしと明るくからかわれたのですが、女装夢で自分の不甲斐なさを感じ始めている私には、私が大成出来ない人物であるように言われた気がしてしまったのです。要するに、人知れず劣等感を感じている部分を指摘されたのですから、夢見が良い筈がありません。
 夢で私は、再び芽が出始めているすね毛や、剃り跡が分かる髭、それに下着のシャツを学校の先生に指摘されて、
「こんな、身だしなみも出来ない子は、男の子からも女の子からも仲間はずれにしましょうね」
と虐められたのです。その先生は気に入らない子を集中的に粗捜しする事で、クラスを統率するような酷い先生でした。いわば、保護者に言い訳の出来るイジメで、私も先生のターゲットにならないようにびくびくしていました。その不安が夢で現れたのです。
 こういう夢ですから、その日の仕事も不調で、これは不味いとばかりに、その晩はすね毛を剃り直し、髭も今まで以上に入念に剃りました。でも、どんなに丁寧に剃っても5〜6時間もすれば剃り跡はザラザラします。そして、その触覚がそのまま悪夢に結びつき、その夜も悪夢を見てしまいました。すね毛を剃ったお陰で前夜ほどに酷くはありませんでしたが、それでも髭とシャツのおかしさを指摘される悪夢です。翌日、急いで女の子が着てもおかしくない感じの淡い色のタンプトップを買い、今までのオヤジタイプのシャツから着替えて、3晩目にやっと普通の女装夢に戻ったものです。

 そんな具合でしたから、以前見かけた事のある脱毛サロンの事を思い出したのは自然な成りゆきでした。というのも、そこは普通の脱毛サロンながらも、男性もどうぞ、と宣伝してあったからです。もっとも、その宣伝文句を、私はニューハーフ向けと思っていたので、それで私は敢えて無視していたのです。でも、今はそんな事はいってられません。そこで脱毛についてネットで調べたら、意外なぐらいに普及し始めている事を知ってびっくりしました。一時的な脱毛どころか、頬ぐらいなら永久脱毛も構わないでしょう。
 丁度週末にさしかかっていたので、私はサロンに足を踏み入れていました。優柔不断な私には珍しく早い決断ですが、そのくらい私は悪夢の原因に悩まされていたのです。サロンでは、さっそく頬と喉の永久脱毛をして貰いました。本音はすね毛もして貰いたいのですが、まだ、そこまで言う勇気がありません。それに髭の脱毛も一回だけでは駄目で何度か足を運ぶ必要がありますから、すね毛はその時にでも出来ます。
 脱毛の効果はすぐさま夢に現れて、女装した私は頬を触って満足し、そのまま楽しく街に出て行ったのです。そのせいか、すね毛を指摘される悪夢の頻度も減って、9月の後半は2回しか悪夢を見ませんでした。いずれも仕事が上手く行かなかった日でしたが、それでも悪夢の為の翌日まで仕事に影響が出る事はありませんでした。ぎりぎり許される範囲の悪夢です。

 配属から3ヶ月もすると、新人達の出来る奴と出来ない奴の違いがハッキリしてきます。10月の声を聞くと共に、そういうのを意識した途端、出来不出来がの違いが学歴と一致していない事に気付きました。それはそのまま私にかえってきます。というのも、私が同期の中で優れているとはとても言えなかったからです。こういう不安を一旦持つと、なかなか拭えません。そして、それは悪夢という形で私を苦しめました。先ずは先月と同じタイプの悪夢です。でも、だからといって永久脱毛は私の給料には高過ぎます。大企業とはいえ、アパート暮らしですから月に1回が限界です。そこで脱毛器を買いました。多少高くても、サロン2回分と思えば良いのです。そして、永久に要らない毛だけを永久脱毛すれば良いのです。
 さっそく、一番気になっていた脛と大腿の下半分を脱毛しました。顔は痛いのでほんの少しだけです。週末が丸々つぶれたものの、結果は良好でその週の悪夢は1回だけで、しかも仕事に影響を残さないタイプです。もっとも太腿の抜き残しが気になった内容だったので、翌週はそこと、手の甲と顔の一部を脱毛しました。翌週も、仕事能力の不安を抱えながらも悪夢は1回で済み、その週末は、その時に気になった上半身を脱毛しました。というのも、夢で上着を脱がされそうになったからです。下着はタンクトップだから誤摩化せるという気分が強かったのですが、体毛はどうにもなりません。こうして、10月中には顔と脇以外の脱毛が終わりました。脇を抜かなかったのは夢の私がいつも10歳代だったからです。顔はプロでないと少ししか脱毛出来ないからです。
 普通の女装夢の中の私は、始めのうちは曖昧な設定でしたが、それでも日を追う毎の連れて固定して来て、10月には女子生徒に収束してきました。ただ、まだ中学生なのか高校生なのか、はたまた小学高学年なのかは決まっていません。どの年齢にせよ、大抵は、クラスメートの女の子の印象的な行動を真似ている場面で、学校の事もあれば外出の事もあります。そして、まるで映画の撮影のように、夢のたびに似た場面から始まって、前回よりも長く演じた時点で目が覚め、少しずつストーリーが進んで行きます。そういうカットがいくつかあって、それを代わる代わる夢で撮り直しているのです。その様子は、映画を撮影する時に、色々なピースを撮って行くのに似ています。夢の中の私は青春映画の主人公? そんな錯覚さえ覚えるようになって来ました。そういう意識を持つようになるに連れて、同じ女装夢を繰り返し見る事が自然になり、苦痛でなくなってきました。


その3

 比較的平穏な女装夢が続いたお陰で私の心にも余裕が出て、その余裕は仕事にはね返って来ました。10月末になると、競争を意識せずに、地味な仕事を進んで引き受ける事が出来るようになったのです。それは自分の得意な仕事とはいえ、どちらかと言えば高卒や短大卒の女の子が引き受ける事の多い内容で、出世コースの人間から見ると一種のリタイアを意味しています。それ故に今までは、そういう仕事を頼まれてもいやいやながらにやっていたのです。でも今の私は、夢の中で女装慣れして、女の子と同じ事をする事に抵抗が無くなっています。だから、現実世界でも、女子社員と同じ仕事をする事への抵抗が減っていきました。おそらく、
『競争なんか嫌だ、男の花形になる必要なんかない』
と思う事と、夢の中で女の子役を演ずる事は、私にとっては表裏一体のように思えます。
 結果的に、私の『リタイア』は、仕事の上で良い評判としてはね返って来ました。それは夢にも反映し、次第に女装している事を当たり前のように感じて来ました。そうして、女装夢自体への苦痛がすっかり無くなってしまいました。でも、だからといって、不安やミスが無くなる訳でもありませんから、悪夢は11月に入っても週1回程度のペースで見続けました。それは相変わらずミスマッチが気になるタイプで、主に顔の抜き残しとブリーフです。夏のトランクス悪夢事件以来、夢でショーツを履く事がなくったし、顔の方はどんなに剃っても朝方にはザラザラした感じになっていたからです。

 悪夢の頻度が再び増えたのは11月下旬です。仕事内容の固定化が打診されたのです。2年目の私にはこの手の打診が自分に合った仕事を希望するラストチャンスです。でも、打診はそのまま、同期生たちの目指す『花形』への競争からリアイアを会社が認識した事を意味します。そういう敗北感だけでなく不安もあります。というのも、今やっている事務手続きは、事務職の短大卒の女子社員が多い所でもあって、今までこそ見習いの延長として彼女達に混ざって仕事をしていましたが、これからは、そういう女子社員の上に立つ立場になります。今でも、規則を調べる事に関しては私は既に彼女達よりも上ですが、そういう能力的な上下でなく、規則の穴を柔軟に見つけて女子社員を誘導する能力が問われるようになります。少なくとも先輩はそう言って激励してくれました。でも、そんな事が私に出来るのか? そういった精神状態で悪夢を見ない方がおかしいぐらいです。
 だから、12月上旬には負の連鎖で悪夢を3日連続見てしまうのも仕方ありません。その時の悪夢は11月と同じタイプでしたが、同級生や先生からの指摘がいびつで動悸と寝汗になってしまったのです。ここまで来ると、仕方ないでは済ませられず、早急の対策が必要です。幸い、景気の回復がボーナスにも反映させそうだったので、脱毛サロンに行ってもよい懐具合だったので、迷わず週末に行きました。頬と喉だけでなく、あご髭ともみあげも抜いてもらう為です。急に全部脱毛したら皆に変に思われるかもしれませんが、既に頬と喉を脱毛した事のある今、次第に脱毛していけばそれほど目立ちません。いや、10年前ならともかく、今では、いきなり全部脱毛しても問題ないのでしょう。ただただ、私にそこまでの度胸が無いだけの事です。
 サロンでは
「ははは、やっぱり全部抜くんですね。その方がお勧めですよ」
と言って頻りに完全脱毛コースを勧めて来ましたが、一生髭が生えないと云うのも不安で今回も一回限りの永久脱毛で済ませました。こういうのは普通の人なら気にならずにコースを頼むのかも知れません。でも、私は女装夢に漠然とした不安を感じていたので、とてもコースは頼む気にはなれませんでした。
 脱毛の効果は抜群で、師走の忙しい時期だというのに、負の連鎖に陥るような悪夢をほとんど見ずに済ませる事が出来ました。それでも寝汗や動悸の酷い悪夢を時々見てしまうのはどうしようもありません。そして、それが再び増えていくのも師走ですから仕方ありません。でも、正月まで我慢する事にしました。というのも、悪夢の内容がちょっと対応し難かったからです。
 髭と女装とのミスマッチが無くなった今、クローズアップされるのはブリーフの筈で、確かにそれで悪夢も見たのですが、もっと多い悪夢はなんと体毛がらみでした。そう、脱毛後に再び出て毛が出始めていたのです。しかもそれらは以前の毛よりも太くて黒く、これでは否応無しに悪夢も見てしまうでしょう。もっとも、帰省を間近に控えたこの時期は、脱毛するのも剃るのもためらわれます。なんと言っても、両親は私が脱毛している事を知りません。顔の方は夏に帰った時に執拗に剃っていましたから、言い訳はあります。でも体毛には言い訳が無いのです。夢で女装しているからなんて口が裂けても言えるものではありません。
 こういう事情だったので、師走最後の週に至っては、3晩続きの悪夢を見てしまい、脱毛の必要をひしひしと感じたのですが、ともかくも12月を乗切りました。その甲斐もあって、年末年始の帰省では、顔の脱毛の話題が出たものの変に思われずに済みました。夏の帰省の時に執拗なくらいに髭剃りしていた実積も効いたようです。とにかく大企業の戦士なのです。髭とかに気配りするのは当然です。だから、シャツが普通の下着シャツから薄い色のトランクスに変わった事も、この手の気配りとして理解されました。
 新年にアパートに戻るや、一日かけて体毛を脱毛しました。お陰で、仕事始めの週は悪夢も1回で済んだのですが、その後、じわじわと悪夢が増えていきます。理由は体毛が気になるからです。今は無くとも直ぐに生えて来る事が分かっています。そして、段々、太く黒くなっていく事も分かっています。もはや仕事のストレスから離れて、純粋に夢見への影響を心配した上での不安で、それが夢見に影響したのです。こうなっては是非もありません。1月末、丁度、顔の脱毛の続きをする時期に、意を決して脱毛サロンに向かいました。脇以外の全身の完全脱毛を貰う為です。もっとも、今回もコースでなく、一回限りにして貰いました。金の問題ではありません。ボーナスには殆ど手をつけていませんでしたから、資金は潤沢にあります。でも、男の体に二度と戻れないのが怖かったのです。

 1回限りとは云え、永久脱毛は時間が掛かりますから全身となると数日に分ける事になります。それはそれで別の苦痛でした。というのも、脱毛サロン自体が好きになれる場所では無かったからです。そこが女性にとってのエステとの違いでしょう。男の癖に永久脱毛する後ろめたさがあるし、サロンでの会話もまた気持の悪くなるものだからです。店員の多くは、口にこそ出さないけど、私がある種の嗜好のもとに脱毛していると思っているようで、それとなく、脱毛以外の話で私の意図を探ってきます。
 一番多いのが体型改善の話です。言葉こそ
「見栄えをよくする」
とか
「女にモテる」
とかいう当たり障りのない目的を強調しているものの、その具体的な内容を聞くと、いかに女性体型に近づけるかという内容です。太腿の脱毛の時は、男用のガードルがあるという話から始まって、最後には
「本当に体型を良くしたかったら、やっぱり女性用に作られた奴の方が機能がしっかりしていてお勧めですね。デザインも豊富ですし」
と最後に冗談気味に言って来ました。腹や胸の脱毛の時は、ダイエット薬の話から始まって、
「でも、あばら骨ががりがりに見えるのは興ざめですからね」
と言って、ウエストニッパーを薦めてきました。
 そういう話題に対し、普通の男なら、単純なゴシップ興味を示すか冗談で切り返すかのどちらかでしょう。でも、私にそこまでの機微はありません。しかも、毎晩女装夢を見るという、人には言えない秘密を持っているのです。どうしては笑い飛ばせません。そして、この手の商売の人は、そういうブライベートな秘密に敏感です。だからでしょうか、ガードルの話の時は、
「思い切っちゃいなさいよ、楽になりますよ」
と言って、暗に私がその道に進む事をそそのかしてきたし、ウエストニッパーの話の時はコルセットとウエストニッパーの解説を長々として、最後は、
「普通の人は恥ずかしがってやらないけど、ここだけの話、女装用に開発された奴の方が効果が出るんですよ」
とストレートに女装を薦めて来ました。さすがに
「あのですね、私にそんな趣味はないんですけど」
と釘をさしましたが、そのときの私は恥ずかしさのあまり紅潮していたので、きっと信用してもらえなかったでしょう。
 1週間がかりで一通りの脱毛を終えたとき、ホッとすると共に、新しい不安をも感じていました。夢が私を改造していく事にです。もしかしたら医者に会うべきなのかも知れません。でも、トランクスからブリーフに替え、オッサンシャツからしゃれたタンクトップに替え、しかも髭の手入れまで完璧な私は、一緒に働いている女の子達に『おしゃれ』という良い評判を貰って、仕事がはかどり始めているのです。私は夢にむしろ感謝しなければならないのかも知れません。だから医者に行くという考えは浮かびませんでした。そんな事をしたら、逆に会社から落伍者の烙印を押されかねません。会社の建前と本音は違うのです。

 不安や不快を感じながらの脱毛でしたが、その効果が絶大で、2月になって悪夢を10日以上も見ないという形で現れました。そればかりか、夢も以前よりも楽になりました。相変わらず女装夢ばかりですが、ごく普通の生活をしたまま、お腹がすいてとか、探し物をしてとか、そんな日常的な刺激で目が覚めます。そのくらい、夢の中の私は自然に女の子を演じるようになっていました。そう、演じるです。何度も同じ場面の撮り直しのような夢を見ていると、場面は断片的で状況も曖昧であるにも関わらず夢の中での私の役割というのが次第に分かって来ます。フロイト的には、私が作っている夢の筈ですが、私には夢の神様から与えられた役割のようにしか思えません。そして、その役割は、のっぴきならない理由でしばらく女の子を演じなければならないというものです。理由は不明と云うか未定。なにやらミステリーじみています。
 夢の内容は次第に具体性を持つものに収束していきましたが、そこにサロンで散々聞かされた補正下着がらみの場面が交ざるのは当然でしょう。他人が補正下着の話をしているのに私が聞き耳をたてていたら、いつの間には自分がウエストニッパーみたいな奴を着ていたとか、競泳着を着るつもりで手にしたら、いつしかそれがコルセットに変わっていて、それを私に着けさせようとする手が四方から伸びて来たとかです。脱毛サロンの店員がコルセットと某競泳着との類似点を熱く語った為でしょう。どちらも、本人一人では脱着出来ないのです。これらの夢は、脱毛中の週こそ動悸のする悪夢でしたが、2回目は寝汗をほとんどかかない軽い悪夢という感じになって、3回目以降は悪夢と感じなくなりました。コルセットを見た私は、これを着るのだな、と漠然と思ったばかりです。

 もっとも、悪夢がなくなった訳ではありません。いかに私が地味な仕事を傍目には調子良くやっているからといって、不安やミスが無くなる訳ではないからです。そんな時の悪夢は、大抵はブリーフとのミスマッチが気になるものでした。これらの悪夢は2月後半から増え始め、3月になると週2回となり、週3回となり、とうとう3月後半には仕事にも影響を及ぼすような悪夢を2晩連続して見てしまいました。
 その夜の夢では、こっそりと一人で体育の着替えをしようとしていた筈なのに、いつしか女子が面前に現れて、私のブリーフを指摘して、
「覗き魔」
「痴漢」
と非難したのです。そして女子の外では男子がせせら笑っています。そういえば子供の頃に同級の男子が女子更衣室を覗こうとして、何故か本人は叱られずに無関係の友達だけが叱られた記憶があります。私は彼の為に弁明したけど、先生は聞く耳を持ちませんでした。それと同じ仕打ちを夢の中で私は受けたのです。冤罪だ、と叫ぼうとして声が出ずに目が覚めたのですが、酷い寝汗でした。
 翌日の夢では、前日の夢の意識を引きずって、不安のままに教室にはいると、即座に私は女子風紀委員からスカートごしにブリーフを指摘されて、そのままクラスの面々から
「その尻と腰じゃショーツは無理ね」
と体型と罵られ、最後に喉仏を指摘されて、クラスメートから変態扱いされる目に会いました。幸い週末だったから、負のスパイラルもここで切れましたが、週末に何もしなかったら翌週に影響が出る事は目に見えています。


その4

 既に夢では何度もショーツを履いているし、どうせ寝るときだけですから、ショーツそのものに対する抵抗は今では余りありません。でも、それを買うのは別の話で、たとい通販で買ったとしても、そのサイトに私が女装趣味者であると公言するようなものなのです。そして、ひとたび、この関門を通過した者は坂道を転げるように女装にはまり、中にニューハーフにすらなってしまうのではないか、という先入観が私にはあります。だからこそ、今の今までショーツには手を出しませんでした。でも、もう限界です。
 幸い、この時までに、私は自分を納得させる方法を見つけていました。男物の服を買うついでに中学生用の子供ショーツを通販で買うというもの。これなら売る方は親子と思うだろうし、子供用のシンプルな奴ならニューハーフのイメージに合わないから個人的にも大丈夫な気がします。そして何よりも夢の中の私は中学生かせいぜい高校1年生なのです。もちろん子供ショーツを大人の私が履けるかどうかは分かりませんが、今どきの中学生は体が大きいから、弾力性のある素材の大きなサイズを買えばどうにかなるでしょう。多少きつくても、それを履いて動き回る訳ではないから、履けさえすれば良いのです。
 買う決心はついたものの、通販のサイトにショーツをオーダーするのは非常に勇気のいる事でした。なんどカード番号を書いては消したか分かりません。最後までためらった挙げ句に最後のボタンをクリックした時、私はルビコン川を渡ったような気分に襲われました。もっとも、ショーツのオーダー自体は夢に良い影響を与えて、年度末だと云うのに悪夢が止まり、更に3日後にショーツが届いた日にさっそく履いたら、女装夢を見始めてはじめての快夢でした。
 夢の中で、私は同級の女子から、ごく普通に仲間として扱ってもらえたのです。今までは良くても無視で、大抵は散々な目に会っていますから、仲間と認められただけで嬉しくなって、幸せな気分のままに目を覚ましました。目覚めた時は奇妙な気分でした。というのも、どんな理由にせよ、女子の仲間と思われて喜ぶなんて、私にとっては変態でしかなかったからです。でも、気分は悪くありません。そして、その日の仕事も快調なのです。結局、ショーツは私の平穏をもたらし、年度末というのに一週間も悪夢を見ずに過ごす事が出来たのです。ショーツの効果の大きさが知れます。
 ショーツは普通の女装夢の内容にも変化をもたらしました。中身が曖昧だった『映画撮影』が、より具体的になってきたのです。それは朝の場面、登校の場面、いくつかの授業、休み時間、清掃、下校、放課後の楽しみなどに分かれ、それぞれの場面で、自分がどの場面の演技をしているかがはっきり認識出来るようになりました。授業の多くは筆記系で実技の授業は音楽と美術だけです。体育だけは何故か夢の中にありませんでした。前回の悪夢の為に封印されてしまったのかも知れません。

 いかにショーツの効果が絶大とはいえ、それでも年末年始のストレスは大変なものですから、悪夢は見てしまいます。だから3月は月末にもう一回悪夢を見てしまいました。今度のは体毛がらみです。前回の永久脱毛から2ヶ月が過ぎ、生き残った毛根が活動し始めていた事に気付いた夜の事です。今までの悪夢と同じく、この悪夢も次第に重く、より頻繁になる事が予感されました。でも、まだ我慢出来る範囲と判断して、先に年末年始の大変な季節を乗切る事にしました。こうして、4月末に悪夢が週3回に増えた黄金週末に、またも脱毛サロンを訪問する事になりました。
 3度目の訪問という事で、相手もこっちの顔を良く覚えています。前回の脱毛で12月のボーナスを使ってしまった私は上客なのです。予算の関係から、前回1週間がかりだった脱毛を、今回は顔と脛を優先して2回だけにして貰いました。それでも2回目の脱毛という事で、抜く毛の量も減っており、結局、脇毛と腕以外の全部の脱毛になりました。その2ヶ所を脱毛しなかったのは、今までの夢で一度も指摘されなかった部分だからです。学校の生徒なのだから当然でしょう。
 もっとも、この脱毛サロンというのは、前回以来、私に対してある種の先入見を持っているようでそれには閉口しました。というのも、脱毛の2日目、私の席の目の前の机の上にこれ見よがしに矯正下着の宣伝チラシが置いてあるのです。こう云うのを普通に無視するのは難しいもので、しかも私は何度も矯正下着がらみの夢を見ています。若干の興味をもってチラシを見てしまいました。そういう私の様子は、その道の勧誘のプロには直ぐに分かります。脱毛の作業の間、相手は体型補正の話に終始しました。
 まず、デキル男、モテル男の体型の講義から始まります。それから対比として魅力ある女の体型の話になり、体型の話を行ったり来たりしながらも、矯正下着の話になります。そうして、いよいよ
「あ、そうそう、男性用の奴はうちでも扱っていますよ」
と話しかけて来ました。興味が無い訳でもない所に、男性用という言葉は重く、曖昧にしたまま相手が喋るのに任せると、一番始めの
「女にモテる」
「若返る」
という宣伝文句が繰り返され、最後に値段の話になりました。
 予約受付中の新製品は、正規の値段こそ3万円と高いけれども、私ならサロンのお得意客だから7割引の8980円とのこと。モノが良ければ確かに安い値段です。おそらく、彼らにすれば、私がそちらに目覚めれば、腕や脇毛の脱毛にも来る筈だし、そのあとの肌の手入れにも来る筈で、そういう意味の投資と考えたら、ただでも良い筈です。きっと警戒させない為に妥当な値段をつけているのでしょう。そんな事をぼんやり考えていると、続けざまに
「あ、うちの商品は袋から取り出さなければ2週間以内なら返品出来ますよ」
と言われてチラシを押し付けられてしまいました。その場はさすがに恥ずかしくて、中身も見ずに押し返すしましたが、そこはプロです、
「6月には入荷しますから」
とだけ言って、店員は話を奇麗に打ち切りました。

 冷静に考えたら、ろくでもない勧誘話を聞かされた訳ですが、それでも完全に切り捨てられない弱さが私にはあります。頭の何処かで、悪夢の成り行きによっては、渡りに舟の勧誘かも知れないからです。それに、サロンの脱毛自体には満足しているのです。顔から毛が消えたからこそ、直ぐに夢を改善したのですから。実際、その夜の夢で女子生徒に戻った私は、他の女子から羨望の目でみられ、男子の
「かわいいね」
というひそひそ話を聞く事になりました。可愛いといわれたのは始めてです。どういう理由であれ褒められた事が嬉しく、私は笑顔を向けて、心のなかで
「やった、美少女として認められた」
と素直に喜びました。結局、その恥ずかしさの余りに目が覚めましたが、決して悪夢ではありません。気持の良い目覚めなのです。冷静に考えると、夢劇場の主役として美少女を『演ずる』のも悪くない筈です。その場合、少なくとも悪夢にはならないのですから。
 そして、この時を契機に、普通の女装夢も更に進化しました。とうとうピースの一つが玄関からの夢とつながり、全ての夢が、朝、着替えて登校する場面から始まるようになったのです。更に、繰り返しのお陰で、次第に視界も鮮明になって来ていて、何よりも一旦出て来た登場人物が夢の最後まで同じ人物を演ずる事が多くなりました。それが現実感を高めているのでしょう、目を覚ましたあとも奇妙な感覚が残るようになりました。あたかも、夢の中で本物の人生を作り始めているかのような。
 こうなってくると、今まで悪夢だった状況が悪夢でなくなってきます。というのも、理不尽な場面がいきなり現れる事が減ったからです。今までの悪夢は大抵は上着の女装と、私の皮膚や下着が合わない事を脈絡無く突然指摘されて笑い者になったり焦ったりしたのですが、夢がきちんと筋だって来ると、私が女装や振る舞いに気をつけている限り、そういう指摘が来ないからです。夢のくせに現実性を感じるのも、そういう繋がりのせいでしょう。そして、私の女の子としての振る舞いに破綻が来ない限り、主演女優としての撮影は続くのです。だから、女装をしている事や女の子のように振る舞っている事を恥ずかしいと思う事もありません。
 もっとも、こういう現実的な夢を毎日見て、しかも目覚めた時に肌に男の毛は無く、寝間着もタンクトップとショーツという女の子の姿な訳ですから、その反発として実生活で男である事を確認したくなったりします。だから、朝起きてショーツからブリーフに着替える時などは、他の服が全部男ものである事に安堵を感じようになって来ました。タンクトップこそユニセックスですが、シャツも靴下もズボンも男の服です。そして何よりも髪型が男です。中年連中よりはやや長めですが、同期や後輩とは同じ程度の長さの社会人らしい髪型で、いままで髪型がらみで悪夢を見なかったのが不思議なくらいです。女っぽいところは何処もありません。安心して仕事に励み、5月は寝汗をかくような悪夢を3度しか見ずに済みました。

 小康状態が破れたのは6月初めです。その頃になると昨年入社の新人も一人前に仕事をします。その中に、私と同じ仕事を選んで来た短大卒の女の子がいました。それは地味に規則とか手続きの合理性とかをチェックする仕事で、問題がある時は他の社員にやや冷たい態度を取らなければなりません。ところが、その子と来たら、作業こそ私に劣るものの、他の社員に冷たい態度を取るときも軽い笑顔で解決してしまうのです。その様子をこの目ではじめて見てしまった私は、思わず、女の子は有利だと感じてしまいました。ランクの遥かに低い大学出身の後輩の女の子に敗北したら私は立ち直れないでしょう。そういう不安と嫉妬心が夢に反映しない筈がありません。
 その夜の悪夢は髪の毛と矯正下着がらみの内容でした。私は女子高生を演じていて、髪の毛が短い事を
「ボーイッシュな女の子の積もりなんて、気違いもいいところ」
と陰口され、更に
「あのシルエットはどう見ても、キモい男よねえ」
と言われて、最後は女子全員が、肋骨が下に膨らんだシルエットを指さして、男だ、変態だと罵倒するのです。次の瞬間に補正下着とカツラを探すものの、いくら探しても見つからずにだんだん苦しくなって行きます。夢がより現実的になった為に、私の寝汗と動悸は酷いものでした。そのまま仕事にも影響して、翌晩は、体育の着替えの時に、補正下着で体型を隠していなくて、女子生徒達の目の前でフリーズしてしまう悪夢を見てしまいました。
 幸い、その子が別の作業で小さなミスをして、それを私が修正したお陰で若干の余裕が生まれて、その次の夜からは普通の女装夢に戻りましたが、それでもこの時の悪夢以来、女装夢の多くで補正下着が、希にカツラが出て来るようになりました。補正下着はコルセットだけでなく、ウエストニッパーやガードル、希にパンストで、単に服として手に持っているとか、他人が着ているのを見るというパターンです。以前だと、こういう状況は、程度の差はあれ恥ずかしさを感じる悪夢でした。でも今は違います。着たいような着てはいけないような葛藤が夢の中で起こっているのです。そして、時折、体型を指摘されて補正下着を探すのに手に入らないパターンの悪夢が混じるのです。
 かくて、次第に夢の中での位置づけが、
「無理やり着るように言われてる補正下着」
から
「着た方が良いと言われている補正下着」
「着た方が良いだろうと思う補正下着」
と変わり、7月になると
「着てみてもよい下着」
となってしまいました。着た方が良い理由ははっきりしています。それは、どんなにフェミニンな服を夢の中で纏っても、体型がおかしいと感じる様になったからです。


その5

 そうこうしているうちに、脱毛で生き残った毛根から三たび体毛類が出て来て、それが気になった途端に、仕事と無関係に悪夢を見てしまいました。そのまま負のスパイラルに入ってしまったのは前回と一緒ですが、悪夢で髭や体毛だけでなくもみあげの上部や眉が指摘されたのと、髪や体型の問題も若干加わったのが悩みどころでした。でも、放っておく事は出来ません。4たび脱毛サロンに足を運びました。夏のボーナスで軍資金が十分だったので、計4回で全部の脱毛をして貰う事になりました。もみあげの上部や眉が気にはなっていましたが、それをこっちから言うと、それこそ誤解を招きかねません。でも、それは杞憂におわって、一日目の顔の処理の時に、向うから勝手に
「ここもやりますけど、いいですね」
と言ってくれたのです。
 でも、あとにして思うと、この時否定しなかった事で、結局は相手の誤解を確信させてしまったようです。翌日、足の処理に行くと、前回宣伝チラシのあったサロンの机の上に、肌色の新しいパックが数個積み重なれています。それに私が気付いた事を確認した店員は、かってにパックの話を始めました。それは4月末に言っていた新製品という奴で、既に大半は売れてしまったけど、入荷が遅れたので、予約だけしてまだ買っていない人が結構いるとの事でした。平積みを演出と合わせて、おそらく店員は、多くの人が買ったり予約したりした事を示そうとしているのでしょう。そう私が思った時
「ああ、でも、売れるのを見越して大目に注文したから、いくつかありますよ。如何です?」
と営業してきました。このあたり、さすがに商売人です。
 宣伝も表向きは、シルエットの魅力を高めるというだけで、店員がどういう意図で売りつけようとしているのか分かりません。というのも、このサロンの客の多くは女性であり、前回の口調も、私が女装趣味者であるという誤解を感じさせるものだったからです。私はインドアの人間ですから、お腹とか締まっている訳ではありません。確かに男として改善の余地はあります。その意味で、散々耳にしてきた補正下着に全く興味が無い訳ではありません。と同時に度重なる女装夢の影響で、女装の為の補正下着にも興味があります。だから男用であれ、女用であれ、これを着たら悪夢は減るに違いありません。買ってみたい気分が半分ほどあります。
 そういう優柔不断さを店員は見逃しません。
「7割引の8980円ですよ」
「スマートになりたいと思いません?」
「有名会社だからフィット感は完璧ですよ」
などと甘言を次々に出してきます。結局、その日は買わずに帰りましたが、翌日の胴体と手の脱毛のときは、私の体型を褒めた上で、私の少しだけたるんだお腹を指して、もっと素晴らしい体型になれるのに、と嘆き、そうして、例の商品の宣伝をしてきました。脱毛の合間になると、実際に商品の袋をもってきて私に見せ
「ここに最新技術の説明が書いてあるので、ほら・・・」
と説明して来ました。汗の事とか血行の事とかのテクニカルな宣伝で、お腹を引っ込めるだけでなく、太腿から腰までスマートにするという謳い文句です。
 ここまで宣伝に熱心なのは、もしかしたら売れ残りではないか、と思いましたが、昨日に比べて袋の数は減っています。でも、その理由も
「興味があったら、封を開けなければ返品出来ますから、取りあえず持って帰ってみてもは如何です?」
という営業文句で納得しました。昨日から今日にかけて、そういう理由で持って帰った者がきっといるのでしょう。ふと笑いたくなると同時に、それなら私がここで試しにもって帰ってもそこまで目立たない事に気付きました。でも、ここで直ぐに行動に移せないのが私の優柔不断です。結局、その日はそのまま帰りました。
 脱毛の最終日、机の上を見ると2袋しか残っていません。
「へえ、意外と減るんだ」
と私が呟いたのを耳聡く聞いた店員が、
「はい、評判がよいし、この値段ですから」
と答え、脱毛しながら宣伝を再開します。買う方に傾きかかっていたものの、もしも女性用だと、店員に決定的な誤解を与えます。それぐらいなら、多少高くてもネットで買った方がマシでしょう。
「でも、それは女性用でしょう?」
と私が質問すると、相手は、
「ははは、スリムな体に男も女も関係ないですよ」
と笑って来ました。その軽い雰囲気に買う事に決めてしまいましたが、あとから考えると女性用と云うのを誤摩化しただけの事のようです。
 値段の9000円は少し高い気がしますが、そもそも脱毛の支払いが遥かに高いのですから、女装夢対策という意味では買い得のような気もします。何と言ってもチラシと違って今は現物をパッケージ越しに見ているのです。店員は
「お代は、このつぎ来られる時でいいですよ」
と言って来ましたが、それをすると、かなり早い時期に脱毛に来る事になりますから、そういう手には乗りません。9000円はきっちり払います。これでも大企業の社員でボーナスをもらったばかりなのです。

 帰ってから商品札を読むと、シェイプアップの為の特殊ボディスーツと書いてあります。そこで袋を開ける前に商品名を検索してみました。確かに高級品で定価3万円とあり、機能も宣伝チラシにあったのと代わりありません。でも、どうみても女性体型を作る物で、お腹どころか胴体全体を締め付けると同時に、なんとヒップにはパッドがはいっています。そういう商品です。決して男を格好良くする為の服ではなく、女装の為の補正下着。いや、肌と同じような表面処理ですから、もはや下着というより女装キッドとでも言うべきでしょう。胸だけは上が広がっていますが、これは好きなサイズの偽乳を着けて下さいという意味でしょう。それを知った瞬間、思わず
「まずい、誤解されている。急いで返却しなきゃ」
と焦ったのは言うまでもありません。私はノーマルなのです。でも、既にサロンは閉まっています。返却を翌日にして、その夜は複雑な気持で就眠しました。
 夢は正直で残酷です。私の女装に対し、街でも学校でも皆が驚いて指差すのです。自分を振り返ると、シルエットが男のままの化け物で、女装と全く合いません。その次の瞬間に、今日の補正下着が目の前に現れ、それを掴もうとするのに下着は逃げていって、出した手には手錠が嵌められています。そしてリセット。再び類似の場面となって、補正下着を渇望し、最後に逮捕される私がいます。そんな夢を繰り返して目が覚めた時の寝汗は尋常ならない量でした。夜中に目を覚ました私は、補正下着の事をじっくり考えました。7割引は本当で、値段的には買い物です。それに女装用とは言っても、機能は確かな様だし、それを着るのは寝る時だけです。明日返却するのは止めて、もう少し考える事にしました。その夜はその後も悪夢を見ましたが、寝汗はそこまで多くなく朝を迎えました。
 その日は寝覚めの悪いままに、効率悪い仕事をして、夜、とりあえず早めの意寝てみます。でも、補正下着の事が気になって2時間もしないうちに悪夢で目が覚めます。今までの負のスパイラルとは比べ物になりません。せっかく脱毛したにも関わらずです。そこで私はとうとう着用する事に決心しました。夢の世界では女の子を扮していますが、現実世界で女の子を扮するのははじめてです。確かにショーツを履いて寝ていますが、これは人に見えないもの。隠したら他人には分からないものです。女のラインを他人に見せつける為の服とはレベルが違います。恥ずかしくない筈がありません。でも、夢見を良くする為です。私はついに封を開け、商品札を外して着はじめました。激しい興奮の為に装着に困難をきたしたものの、無事に体を締め付けて横になります。はかなか寝付けませんが、そこは昨日の睡眠不足のあとですから、いつしか寝てしまいました。
 その夜の夢はここ1年で最高の快夢でした。年齢不肖の夢では、
「私は女として愛眼されて快感を覚えている」
という美女になった優越感を味わい、その余韻の残った状態で、夢の中で目が覚めました。そう、何度も出て来る中学生の女子としてです。正確には男の子ですが、女子の設定だから女装しているんだ、というナレーション的なインプットが頭に入っているので混乱はありません。制服に着替えて家を出ると、友達が待っています。私が今でも片思いの子です。今は同性。仲良くなるのは自然です。こうして学校に行き、先生に褒められ、クラスメートに認められた私は、幸せなままに家に帰り付き、今日は幸せだったと感じた瞬間に目を覚ましました。
 翌日も同じです。翌々日も同じです。そして4日目になると、授業の内容までも夢に鮮明に出て来るようになりました。歴史と数学と体育。しかも、体育の着替えをトラブルなしにクリアーしたのです。女装夢を見始めてはじめての事です。胸が無くても問題にならなかったのは、私が中学一年生でまだ一学期だから。そう、このときはじめて、夢物語での年齢を具体的に意識したのです。面白い事に夢の中の私は補正下着を着ていないのです。その代わりに体のラインが上に細く下に少しだけ丸く、女の子のラインをしているのです。だから夢で着用している下着はショーツとタンクトップのみ。子供の元気さが抜けきれないお転婆娘の下着です。実際にはタンクトップを付けずに寝ているのですが、今まで来ていた感覚が残っていたのでしょう。
 かくて、私は夢の中では女子中学生として行動し始めました。本当は男だけど、設定上女だという認識で。しかも、美少女として。そんな私は、かつての片思いの女の子を親友として持ち、昔の男友達からは好かれている存在です、貢がせ、使い走らせ、崇められる毎日。そんな夢を見れば、現実世界の仕事だって調子がよくなるものでしょう。例えば、他人に規則違反を知らせる時、後輩の女の子を真似て、笑顔を全面に出すようになりました。脱毛し、手入れした顔は女はもとより男からも評判が良く、この『女の子風』作戦で問題は全くありません。


その6

 悪夢から一転して快夢を得た7月も終わり、夏休みの季節がやってきました。去年までは親に顔を見せに帰省していました。でも、今回はちょっと気になります。というのも、顔だけでなく体も奇麗に脱毛して、しかも夜にはショーツを履きあまつさえ女装用の補正下着を付け始めたからです。その手の趣味の人間と変わる所がありません。下着の方は夜寝る時だけだから誤摩化せるかもしれませんが、それでも親の事ですがら、私が半裸の時に勝手に部屋に入って来る可能性は十分にあります。すね毛となると、風呂上がりとかで見せない訳にはいかないでしょう。なんと言っても夏なのです。
 とは云え、脱毛はいつかはバレるものです。それに、今でこそ下着の女装で済んでいますが、正月にどこまで女装をさせられているのか予想もつきません。なんといっても、夢が全てを決めるのですから。そこで思い切って帰省する事にしました。念のために夜用のショーツもカバンに忍ばせます。取りあえずブリーフで寝てみますが、問題があったら直ぐにショーツに替える予定です。着るのは寝る時だけですから、洗濯さえしなければ誤摩化せるでしょう。補正下着は最近使い始めたばかりですから持って帰りません。ショーツとちがって場所をとり、親が部屋の掃除をする時に間違ってみられてしまうかも知れないからです。
 戦々恐々に始まった帰省は、心配するほどには悪い結果にはなりませんでした。まず、正月にも認知されていた顔の脱毛を、元同級生が家に遊びに来るなり
「お、ますますイケメンになったじゃないか、これじゃ評判が良い筈だ」
と言ってくれたお陰で、仕事の為だと親は再認識してくれました。しかも、同窓会等のイベントが目白押しで家でゆったりする事が少なく、しかもビジネスマンは家でも長ズボンでおかしくない為、結局、すね毛が無いのを親に見られる機会は1回だけで、それもかなりの距離から短時間だけです。
 見たのは母親だけ。もしかしたら気付かなかったかも知れませんが、その夜に
「今時の会社は、身奇麗にしておかなきゃ駄目なんでしょ!」
と言って来たから、気付いた上で勝手に納得のだろうと思います。こうして一番の心配事をなんとかクリアし、悪夢にしても、覚悟が出来ていたのと帰省特有の開放感とで、最悪のタイプではなく、多少寝汗が出る程度の、酔った翌日に十分にあり得る程度で済みました。

 帰省の時の悪夢が許容範囲だったので、アパートに戻った夜も、ショーツと女性下着をせずに寝てみました。結果は最悪です。3時間も寝ないうちに、年齢不詳の私は、スカートを指されて同級生に笑われ、その直後に女子中学生になっては、またも男物の下着を指摘されて笑われて目を覚まし、寝直したあとは体型を指摘されて、挙げ句に警察に連行される悪夢で目を覚まし、寝汗を大量にかいてしまいました。悪夢に懲りた私は、翌日はショーツと補正下着の組み合わせに戻りましたが、もはや手遅れです。夏休みで仕事が無いにも関わらず、髪の毛と股間と男物のランニング下着シャツを指摘される悪夢が続いたのです。
 髪と股間は分かります。でも着ていないランニング下着シャツが指摘されたのは、おそらく昼間に着ているタンクトップの記憶が影響したのでしょう。男の服として着ているので、それがそのまま私の中で男物という意識になってしまったのでしょう。理由はともかく、このままでは仕事に影響がでて負のスパイラルに入る事が目に見えています。考えられる対処法は股間をカモフラージュさせる事、髪を伸ばすかカツラを使う事、女物肌着か女物パジャマを買う事です。その中で一番手っ取り早いのは股間のカモフラージュですが、私は踏みとどまってみました。こんないたちごっこを繰り返していては、私はいつしか私でなくなってしまいます。女装度は減らさなければならないのです。
 でも、駄目でした。夢がそれほどに現実的になって私を脅かすからです。夢の中の私は普通の女の子になろうともがきつつも、クラスメートから阻害される存在。それはかつての私のクラスメートで、私がなんとなく可哀相だなと思いつつもどう接して良いかわからなかった女の子を投影していました。イジメではありませんが、それでも思春期の当事者は苦にするものなのです。そういう苦しみに加えて、私は不完全な女装と男のキモさを指摘され続けました。挙げ句には胸の無い事まで指摘されてしまったのです。
 5晩連続の悪夢との闘いのあと、私は先ず股間を隠す事にしました。というのも補正下着が股間を隠す事を前提に作られていたみたいで、簡単に処理出来たからです。補正下着を始めて付けた時は、尻のふくらみと胴体の細さを作る為のものとばかり思っていましたから、股間の事は考えていませんでしたが、下着が女装用である以上、当たり前の事です。そうして寝た夜は10日ぶりの快夢でした。私はいつの間にかプールで気持良く泳いでいたのです。もちろんスクール水着を着て、女子のグループに交ざって。いつもなら入って来る、女装中というナレーションもなく、ごく自然に女の子を演じて他の女子と解け合っていました。そして驚いた事に筋肉を実際に動かしている感触までするのです。その為、夢の現実味が更にあがりました。
 こうして無事に仕事に戻った私は、毎朝、男に戻る喜びを感じ始めていました。なんと言っても私はノーマルなのです。女装がきつければきつい程、男に戻る時の喜びは大きいのです。特に股間の事は効きました。一晩も男の所を無理をさせると、日に日に元気がなくなるような気がしたのです。ネットで調べると男性機能の為にも良くないと書いてあります。こんな事をするくらいなら、股間の処理でなく、スリップやカツラを買って済ませた方がマシだったのではないかと後悔しました。でも、買う前に覚悟が必要です。とりあえず、金曜の夜に股間を自由にさせて寝てみました。
 するとどうでしょう、普通の女装夢なのです。週末の開放感のお陰かもしれません。嬉しくなって土曜の夜も股間を自由にさせたところ、元の木阿弥で悪夢になってしまいました。こうなっては仕方ありません。私はさっそく女性用パジャマを急いで買いました。下着でないので、プレゼントを装って店員に堂々と聞きます。通販にしなかったのは、パジャマでは悪夢が収まらないような気がしたからで、短期間に2度も通販の荷物を受け取るのも不味いと感じたからです。売り場に案内された時、同僚か誰かに見られていないか不安でしたが、人のいない時間帯だったので何とか無事に売り場に行き、速攻で買いって、プレゼントのリボンもつけて貰いました。
 パジャマは夢の中ではブラウスに変わっていました。女物の上着は夢でいつも着ていましたが、はっきりとした感触でブラウスを触ったのは始めてで、ショーツに続いてリアルな触覚が私を捉えました。夢のくせに、実在がある感じなのです。肝心の夢の内容は、股間の関係で快夢のなる事はありませんでしたが、それでも始めの3日は普通の女装夢でその週の悪夢は1回だけ、翌週の悪夢の2回だけで済みました。結局の所、帰省後にショーツを履かなかったツケが、女物のパジャマで落着した事になります。

 こうして9月も中旬にさしかかりました。この頃になると、2年後輩に当たる今年の新人組も仕事を本格的に始めます。たまたま新人の仕事ぶりの噂を聞く機会が有り、そのとき、私と同じ仕事を選んだ大卒の女子が褒められているのを耳にしました。彼女の方が規則に対して柔軟だというのです。私なんか、そんなに柔軟な対応をしたら、後で破綻が来るのではないかとハラハラするのですが、先輩達の評価は高いみたいで、それは私が臆病過ぎる事への非難をも意味しています。2年後輩の、しかも女の子にすら私は負けているのかも知れない、と思うと、もう落ち着けません。そういう気分は即座に悪夢にはね返って来ました。
 ブラウスの下に何も着ていない事がキモい男の女装と言う風に非難され、同時に股間や髪や髪の付け根が非難されて、いつの間にか女性専用車に乗っていた私は警察に突き出されます。そんな夢が負のスパイラルとなって2日連続の悪夢となりました。先月のように股間を隠して寝てみましたが、今度は股間の代わりに胸の無い事を指摘されて悪夢のままです。子供という設定のお陰でいままで胸だけは指摘されなかったのに、とうとう、そこまで非難されるようになってしまったのです。幸い、この悪夢は負のスパイラルに陥らずに済みましたが、だからといって放っておけるものではありません。私は急いでスリップとかつらを注文しました。ブラジャーでなくスリップ。もう一人の私はまだ中学1年生で貧乳の女の子。スリップで十分な筈です。折角の機会だからショーツも買い足します。というのも、普通の女装夢の時に、ショーツが毎日同じである事に恥ずかしさを覚えるようになったからです。
 スリップは思いのほか良い効果を出しました。それは体育の着替えです。今までは着替えの場面が入ると、体型か下着を指摘される悪夢になっていなのですが、スリップを着はじめてから、夢で貧乳を指摘されても、
「胸が小さくてうらやましい」
という流れになって悪夢にならないのです。なぜなら私は小学6年だから。この時の夢では私は小学6年の2学期になっていました。貧乳を悪夢に結びつけない為の夢の神様の采配かもしれません。スリップの効果はそれだけではありません。股間を自由にして寝ても悪夢にならないのです。というのもスリップが股間を隠してくれるからです。お陰で、せっかく買ったカツラは使う必要に迫られませんでした。

 こうして9月末から10月は平穏な日々が続き、その分、夢の中の私は中学一年と小学6年の間を足踏みしつつも、着実に現実味を増して、触覚と聴覚しか感じない筆記系だけでなく、実技系や運動系のように筋肉を使うタイプの夢でも、実際に筋肉を使っているような疑似感覚を常に持つようになり、特に掃除の時に水を使う感覚が、まさに冷たい水として感じられるようになったのです。そうして、10月下旬にはとうとう食覚まで少し感じるようになりました。今までの夢は昼食の場面になると、いつの間にか食事が終わっていましたが、この日はパンを確かに少しだけ食べてから昼休みの場面に飛びました。それに伴って、夢撮影もそれまでの半日ではなく、夕食時まで続く事がありました。もはや体験していないのは風呂とトイレだけかも知れません。
 9月末ともなると、前回の脱毛から2ヶ月半ですから、顔の毛が5たび、体毛も4たび顔を覘かせ始めます。さすが量は少ないですが、それでも気になる量となって、そのまま悪夢が始まりました。今までなら即座に脱毛サロンに行く所ですが、今回は躊躇いがあります。というのも、女装用補正下着を使ってしまった以上、全てを誤解した店員に、それを誤解だったと言い逃れる術が無くなったからです。私は女装趣味者ではありませんが、女装趣味者と区別出来ません。となれば、店員が更なる女性化を勧めて来た場合、私には拒否する自信がありません。そこで、以前買った脱毛器を使ってみる事にしました。
 脱毛器は一時的には良くても、長い目では毛根を刺激して皮膚にも良くありません。そのマイナス効果は11月になるや明らかになり、それがそのまま悪夢になってしまいました。そして悪夢は急速に悪化して、非難、罵倒、逮捕、村八分、すべてを含む要素までに10日もかかりませんでした。こうなっては是非もありません。私は意を決してサロンに行きました。同じサロンです。というのも、ここで別のサロンを選んだら、そこでも私はニューハーフの烙印を押される気がしたからです。
 サロンに行くと、店員は心から嬉しそうに応対して来ました。きっと、してやったり。と思っているに違いありません。その証拠に、店員はアフターケアーとしてエステ系のサービスの話をしてきました。ここまで来るとムキになって否定するのも野暮です。というのも、今の私は否定しているものの、夢の具合では使うかも知れないからです。。悪夢との闘いに負けた私に選択権はありません。多少の覚悟も出来ていて、現に髪の毛は5月末以来切っていません。7月に散髪する予定だったのを、補正下着を買った契機に、髪の毛も時間の問題のような気がして伸ばし始めたのです。だからこそカツラを使わないのに髪がらみの悪夢を余り見ずに済んでいるのかもしれません。
 エステの話を否定しない私の様子に、店員は更に踏みこんで着ました。なんと、偽乳などの女装グッズの情報とかも教えてくれて、その一部が店にある事もこっそり教えてきたのです。そんなの嫌だ、私はノーマルだ! と心の中では叫んでいる私ですが、でももしかすると使わざるを得ないかも知れません。すべては、私の半身、夢の中の私は決める事です。現に胸の無い事から女装がバレた悪夢を何度か見ているのです。もっとも、この時は私ははっきり否定しました。というのも、そんなのは通販で買えば済む事だし、なによりも私の夢劇場の設定が、貧乳の12歳なのですから。いったん、貧乳というポジションを得た女の子の胸が急に大きくなる筈がありません。ならば、偽乳を付けて寝る必要も当分は無い筈なのです。


その7

 脱毛は今回で殆ど完了です。もしかするとあと一回だけ、髪の毛の生え際の処理でお世話になるかも知れませんが、他は必要ないように思われます。夜はショーツと女装用補正下着とスリップを着て寝て、髪はカツラを準備しつつも取りあえずは地毛を伸ばす。胸と股間を自由にしている以外、ほぼ完璧に近い女装で寝ているのですから、悪夢は殆どありません。ですが、それでも仕事の実生活が朦朧として来た感じがします。補正下着のせいでぐっすり眠れていないせいかも知れません。食欲も落ち、食感も悪くなっている気がします。そして、そういう朦朧とした感覚は悪夢の時に甚だしくなりました。
 その悪夢は師走の声を聞くなり再び増えて来ます。そのターゲットは髪の毛です。髪の毛が先に指摘され、その後に胸の確認で男とバレるパターンで、以前のターゲットの股間ではありません。もしかすると、股間の悪夢は補正下着を着た直後だけの問題だったのかもしれません。安心すると共に、買っておいたカツラを付けて対処しました。カツラの効果が覿面で、師走と云うのに酷い悪夢は殆ど見ません。もちろん、軽い悪夢は時々見ますが、それはカツラが外れる不安とか、生え際の不自然さとかが心配になって勝手に汗をかく内容で、あからさまな非難はありません。
 こうして比較的平穏な12月を過ごした為に私は大きな失敗をしました。カツラで十分なら散髪しても構わないと思って、やや眺めながらもビジネスマンに相応しい長さまで切ってもらったのです。帰省にそなえて髪ぐらいは男らしくしておこうと思ったのですが、床屋から
「お客さん、脱毛したんですねえ、楽でいいですよ」
と皮肉まじりの褒め言葉を貰った夜、私はカツラを指摘されて、男とばれ、糾弾される悪夢を見てしまいました。仕事にも影響を与える悪夢です。幸い、仕事は2日を残すのみですから、感覚が朦朧とするなか、意識だけでなんとか終えました。翌晩は唯一考えられる対策である股間をフラットにするやり方で寝ましたが、それでも悪夢になってしまいました。ただし、前日程は酷くなく、2日続けの割には意識をきちんと保てた様です。でも、昼に何を食べたのかも覚えていないような有様でした。
 このままでは帰省の間も悪夢で酷い目にあうかも知れません。それくらいなら、始めから病気覚悟で男の恰好で寝ては、と思いついたのはその時です。となると、他の女っぽい所も隠したくなるのは当然でしょう。例えば足の脱毛がそうです。夏に見られたかどうか分かりません。見られずに済ませられるならそうしたいものです。となると、対策は一つ、部屋の中では胴体と足を露出しない事です。それは風呂上がりも同様です。といっても隠してばかりでは変に思われますから、下着を露出してリラックスを演出する工夫も必要です。
 直ぐに思いつくはズボン下です。もっとも、近い将来、両親に私の寝女装を知らせる必要があるかも知れないと漠然と感じていますから、両親をゆっくり慣らしていく必要も感じています。現に昨年トランクスからブリーフに変わっていた時、親はそれが今風で仕事上都合が良いのだろうと理解してくれました。同じ意味で、女性下着にデザインの近い男性下着を使っている所を見せた方が良いのです。そういう事を念頭に、仕事終わり日に買いに行くと、果たしてタイツに近いタイプの密着薄型があり、これならば雰囲気が女物に近いから良いのではないかと考えました。もちろん、私の趣味ではありませんが、夢の神様には反抗できません。
 もちろん、夜寝る時までそれを履く必要はありません。寝るまでの間の下着です。夜はちゃんと男物のパジャマの予定です。しかし、その夜の夢は酷い物でした。ちゃんとフルセット女装で寝たにも関わらず、夢の中の私は、女子中学生の癖に男性用の前開きタイツを持っていtれ、それを見たクラスメイト皆から指差されています。そうして
「こいつ、ほんとは男じゃねんか」
「きもーい」
という罵倒を次々に浴び、最後は
「そういや髪はカツラじゃねえか」
「おい、胸がねえぜ」
と次々に指摘された挙げ句、校長室に呼び出されて目が覚めました。履きもしないうちから悪夢になるなんて、なんとついていないのでしょう。

 こういう最悪の状況で向かった帰省は、連日の悪夢で、何を食べたのか、誰に会ったのか、何をしたのか、殆ど覚えていません。まるで夢のようで、体験感覚すら残りませんでした。しかも悪夢はエスカレートして、必ず髪と胸と股間とが男の証拠として糾弾され、パンツやシャツも間違っていると言われて笑われました。唯一軽症ですんだのが体型です。というのも、5ヶ月の補正下着の効果で、私の胴体上部はかなり細くなって腰の位置がやや高くなり、女装という意味では体型が改善されていたからです。もっとも、そんな事は些細で、悪夢に酷さに影響を与える筈もありません。
 やっとの思いでアパートに戻った夜に完全セットで股間まで処理して寝たにも関わらず、髪と胸を指摘される悪夢を見たのは仕方ありません。設定が12歳前後だから乳が無くても良いという理由はもはや通じないのです。12歳に相応しい非常に小さな胸をカモフラージュしないといけないのです。それだけではありません。股間の処理が不完全だの、下着スパッツも履かないと女性に失礼だみたいな事を云われつづけるのです。
 こうして私は、スリップとショーツだけでなく、子供サイズのスポーツブラとスパッツも買う羽目になってしまいました。そして、やっと注文の品が届いたとき、私はやっと長らく続いた悪夢から開放されたのです。もっとも、快夢という訳ではありません。それでも十分です。というのも、夢のなかの私はますます現実的になって、そこに生活しているような錯覚すらして来たからです。それは12月よりも更に進展していました。夢はついに朝、起きる所から始まり、中性的な、でも可愛い服を着て学校に行き、体育の着替えや食事も難なく済ませて、家に帰り、更に風呂にまで入ったのです。風呂で体を洗った感覚すら残っています。もっとも股間だけは朦朧として見えず、私の分身が女装の男の子なのか、男の心を持った女の子なのか、もはや私には分かりません。体験していないのはトイレだけです。

 そういう安寧の日々も長くは続きませんでした。仕事上でストレスを抱えていたからです。2年後輩の女の子が判断とかでも次々に大胆さを出し、私の判断力、決断力の無さが女々しく感じられてしまったのです。もはや私は、後輩の女の子達に及ばないのだ、という気がしてきました。男として恥ずかしいという気持は夢にそのまま現れます。それはいつものように嘲笑と非難に始まりました。今までだと女装の不味さを指摘されて、男とばれて犯罪者あつかいされる内容だったのですが、今回は違いました。私がそもそも男である事が恥ずかしいと思って目が覚めたのです。
 そんな夢が次第に増えて来ました。非難の対象が、きちんとしてある筈の股間で、私は男子トイレと女子トイレのどちらかを選ぶよう強制されます。そして、どちらを選んでもバッドエンドであることが分かってしまうのです。こういう悪夢が1月末に始まって2月かけて増えると、私の現実の意識も変わって来ます。一体、私は本当に男なのか? 男として実在しているのか?悪夢が増えた事も重なって、私は神経の感覚が次第に麻痺しているような気がしました。食事をしても食べた感覚がなく、むしろ夢の中の感覚の方がリアルなぐらいです。
 そのリアルさは普通の女装夢の時に顕著でした。そして2月半ばには、とうとう曜日の連続性が出て来ました。月曜の夜の夢は月曜の登校、翌日の夢は翌日の登校になって、しかも前日の夢の記憶をそのまま引き継いでいるのです。もはや新しい人生が始まりかかっていると言っても良いのかもしれません。設定は12歳の小学6年か中学1年です。週ごとに行ったり来たりしている感じです。

 悪夢がどうしようもなくなったのは2月の半ば過ぎです。カツラを指摘される悪夢の際に髪の生え際のおかしさを指摘されるようになったのです。起きたと時に手がもみあげ最上部に当たっています。要するに、むだ毛の最後の処理の時期が来たという事です。今回必要なのは顔だけでしょう。いや脇毛も少し気になります。中途半端に生えるくらいならない方がマシだからです。今回が最後の脱毛だという事は店員も自覚しているようで、最後の販拡宣伝に出て来ました。前回と同じく、肌の手入れのエステと女装キッドの話です。私は、もしかしたらお世話になるかも知れないとだけ愛想を言って店を出ました。行き着く所まで行ってしまった私に、新たな女装キッドなんて要らないからです。
 脱毛によって一時的に悪夢は減ったものの、軽度の悪夢は引き続いてしょっちゅう見ます。その殆どはトイレがらみで、時折髪の毛がらみが入ります。それらの悪夢は3月になって更に酷くなりました。年度末の忙しさと4月の昇級に向けてストレスと不安が高まる時期だから仕方ありません。髪の毛がらみは、もはや髪を伸ばすしか解決策がないでしょう。となると残りはトイレです。もしかして、女の子を装った股間のままでトイレに行けという夢の声かも知れません。実はそういう疑念はスパッツを履きはじめた時から感じていました。というのも、私は男である事を確認する僅かな手段として、ショーツとスパッツと補正下着を着けていたにも関わらずに、一旦男の股間に戻して小用を足していたからです。そして、不幸にもネット経由で女の子風の股間の作り方を知ってしまっていたからです。
 男の股間でトイレに行くか、それとも女の子風の股間をトイレを含めて一晩中するか? ここまで女装が進んでしまった以上、仕事を優先して悪夢が手に負えなくなる前に決断を下すのにそこまで躊躇はありません。とはいえ、いきなり一晩中女の子というのも嫌な気がします。取りあえず、夜中にトイレに行きたくなった時に、男の股間にもどして、その後は股間を隠す程度で寝直す事にしたのですが、これは朝方の夢を殆ど変える事がありません。結局、その翌日には、とうとう女の子風の股間のままで、トイレに行きました。

 結果は言わずもがなです。夢の中の私は女子の仲間として祝福されただけでなく、美少女として皆から褒められたのです。そうして幸せな気分のうちに家に帰り着きました。この夜の夢は、実体験の1日と同じぐらい長く、同じぐらい現実味がありました。着替え、運動、汗かき、食事、その全てがリアルに感ぜられるのです。そして、この日ははじめて夢の中で排泄までしてしまいました。女装の男の子の筈なのに、ごく普通に何の興奮もなく。ふつう、こういう夢を見た時は夜尿をしている筈です。でも、私がごく普通の睡眠をして、ごく普通に目覚めました。目覚めたのは、夢の中の私は寝付いた時です。もしかすると、夢の中が本物の私で、今の私は夢の中かもしれません。そんな錯覚を起こさせるほどのリアルさをもって。

 そういうリアルな夢とうつろな現実を10日も続けると、どちらが夢でどちらが現実がわからなくなります。いや、もしかしたら、夢と思っていたのが現実で、現実と思っていたのは私の逃避が作った幻なのかもしれません。その意を強くもったのは、入学式の時です。私は中学の入学式に望んでいました・・・男の子ながらも女子の制服を着て。
 中学校。そこは制服という踏み絵で男と女のどちらかの選択を強要する監獄です。聞けば、義務教育でこんな非人間的な風習をもっているのは日本だけとか。それは、いままで中性的な服を好んでいた私に重くのしかかって来ました。それが、ここ数週間の妙な幻に繋がったのでしょう。その中の女装夢の数々は、本来の性を偽って生きる事の不安や期待を象徴していたと思います。そして、社会人の夢・・・おそろしくリアルだった・・・は、私がここで別の選択をした場合の将来を暗示したものだと思います。だから、こうして夢から覚めた今、私は確信したのです。女子中学生になるという決心は間違っていないと。


(終わり)

初出: web site 「秘密の小屋」(管理人:速沢知彦氏)
2010年6月12日(最終版8月1日)

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