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ソーシャル・ディスタンス

by 夢喰

1. 一人っ子の母親は過保護

 中流家庭の母親ってのはいつも心配性だ。一人っ子だと特にそうだ。小学校の頃のマンモスぶりに、ぼくはクラスメートの前で恥ずかしい思いをしたものだ。体育で怪我でもしようものなら大騒ぎで、小学2年のドッジボールでボールを避けようとして転んで擦り傷を負った時も、小学4年のミニサッカーで間違ったボールの上に乗って転んで擦り傷を負った時も、その後1カ月体育を見学に回された。母親が禁止を担任に申し込んだからだ。そして、小学6年の時にポートボールで相手とのボールの取り合いに負けて転んで又も擦り傷を負ったあとは、仏の顔も3度とばかり、体育の授業の度に干渉するようになった。というか、あれで今まで当人は「仏の顔」と思っていたらしいから、担任が気の毒だ。
 放課後も外での遊びには母親が良い顔をせず、それを振り切って友達と遊びに出かけると必ず同伴して、子供同士のやんちゃな遊びがしにくい。そんな不便が小学3年4年になっても続けば、こっちも恥ずかしくて、いつしか外で友達を遊ぶのを諦めるようになった。その代わりに増えたのが「文化的な習い事」の回数で、それまでの週2回から4回に倍増だ。中流家庭って自尊心からか、音楽(フルート)とか書道とか茶道とか舞とか(クラシックの)歌とか芸術関係ばっかし。当然ながら、中学も運動部にはとうとう入れて貰えなかった。

 母親の過干渉に耐えきれなくなったぼくは、高校は故郷を離れて東京に行くことにしたんだ。そのために勉強だってした。もちろん習い事が出来るぐらいの地方都市だったから、家から通える範囲に進学校はあったけど「この学校は進学校だけど芸術関係の人もいっぱい出ているよ」って言ったらOKが貰えた。東京って親戚も住んでいるから、それも安心材料だったのかもしれない。もっとも、それって直線距離は30kmぐらいでも乗り換え4回で片道2時間かかるから、飛行機で飛ぶのとそんなに変わらないんだけどね。
 受験の発表が2月で、そのまま学生マンションも「早いもの勝ち」で都心側の好立地に決めて、あと卒業式ばかり。そんな時の起こったのが「学校閉鎖」だ。
 県庁所在地といっても飲屋街とイオンを除けば人ごみのない地方だし、そもそも15歳以下は罹り難くて、食中毒で入院する確率より遥かに低いのに、学校閉鎖して子供の時間を奪うなんて横暴だ。しかも代わりに夏休みがなくなるって噂だよ。給食の食中毒を怖れて登校を禁止する学校なんてないのに、科学音痴の政治家の戯言に忖度して学校閉鎖を決めるなんて、そんな教育委員会は爆破しちゃえばいいんだって思ったりもする。休校休校って叫ぶ親に配慮した? これはもう、児童虐待だよ! だって、3月といえば授業より行事やクラス会が楽しい季節なのに、安全な子供にだけ我慢させて、より感染リスクの高い大人だけが夜の街を楽しんでいるんだよ。休校を叫ぶモンスター母親なんて滅べば良いのに。不公平だ。

 だから、友達を示し合わせて「すとらいき」を起こすことにした。要するに中学をボイコットして、さっさと上京するってこと。それが3月5日。母親には、これは東京に慣れるチャンスだから、そこでゆっくり高校の勉強をはじめる、って言い訳したけど。
 始めの1週間は母親も一緒だったけど(うざい)、「少しずつ一人暮らしに慣らす」と説得して、取りあえず1週間は一人暮らしさせてもらった。不便はあるけとそれ以上に開放感がある。そのせいか、次の母親上京は3泊だけで、しかも各種手続きで本当に必要なものだったけど、それでも前よりうざく感じてしまった。そうだよ、これが普通の15歳の筈なんだよ。で、
 中学卒業式? 無視無視。だって欧州から強化ウイルスが入ってきたっていうじゃない。連中、国内を飛行機で移動するんだよね。そんな危険な連中に乗り合わせるなんて駄目じゃない。いや、ぼくは子供だからウイルスなんて怖くないけど、ウイルスを言い訳にしたら母親が納得するじゃん。
 そんなこんなで、怒濤の3月下旬に突入したってわけだ。外出自粛でヤバい雰囲気いっぱいで、散歩しただけで「自粛だと」と通せんぼする大人がいるけど、この手のおせっかい連中って、強面の大人に言えないんだよな。代わりに学生や草食っぽい若者を捕まえて「憂さはらし正義感ごっこ」をしているだけ。そんな暇があったら、スーパーに入る人数調整のボランティアでもやれっちゅうの。テレワークと休校と自粛で、タイムセールが自粛になっても、スーパーは混むんだから。
 学生にスーパーは重要だよ。だって栄養とコスパと親を考えたら総菜とカット野菜をスーパーで買うのが正しいから。外食は母親が「感染リスク」と大騒ぎするから無理だよね。でも、スーパーのお陰で、面倒だろうと予想していた食事は、昼・夜もご飯を炊くだけで済み、洗い物も、総菜を紙パックそのままに食べるので問題なし。近所のスーパーはエコの為に燃えるゴミのパッケージなんだ。朝はもとよりパン食だから困らない。そもそも洗い物が面倒なのは油物であって、それを避ければよいのだ。だからカレーは作らない。国民食なのだから外食やレトルトで十分なのだ。カレーは簡単にできる一人暮らし料理? そんな描写をする漫画家やラノベ作家は時代遅れだよ。
 お陰で、一人暮らしは想像以上に楽だった。洗濯は全自動で大したことはないし、風呂や掃除がちょっと面倒だけど、1Kの狭いアパートは実家の一軒家と違って、大した手間は要らない。これじゃ専業主婦は要らなくなるわけだ。
 「だから心配しないで」と母親に教えたのが悪かったのか、今度は「買い物は手早く、少し高い店でも良いから、人の少ない所を選べ」とうるさい。東京は田舎と違ってスーパーとかも混んでいるから、ウイルスまみれで、本人が頑張っても駄目で、それが心配なのだそうだ。まあ、分かると言えば分かるけど、未成年は感染リスクも重症化リスクも少ないんだよなあ。

 生活が問題なしと分かれば、次に気になるのが本業たる学校。私立学校だけあって、早々にリモート授業+私生活は自己責任が決まっている。リモート授業となると、母親が「実家で良いでしょ」と口うるさいが、過干渉の母親の元に帰るなんてあり得ないから「都会のウイルスを地方にバラまかないように国内移動の自粛令が出ているのに、それを率先して破るなんて模範生徒に相応しくない」って言って引き下がらせた。
 あとの問題は入学式。母親は出るなってうるさかったけど、これって自分が上京を自粛せざるをえない腹いせなんだろうな。地方からの上京組だと、入学式を見たがる僅かとはいえ母親がいるらしく、学校も商売だからそれを断っていないし、現に入学式を見られる事が僕の上京を許してもらった理由の一つだったりするから、母親の気持ちも分からないではない。こっちとしては高校にもなって入学式を見たがる母親って恥ずかしいんだけど、ここばぼくが大人になって母親のわがままに「うんうん」とうなづく。
 なに、こっそり出れば良いだけの話だ。そもそも入学式でのクラスメートとのファーストコンタクトは、高校デビューには必須だと思うんだよね。どんな女の子に出会えるかわからないのだし。そんなことを考えながら毎日かかって来る電話に対応していたら、いつのまにか「入学式延期」になっていた。どうやら、学校側は、うちみたいな親の存在が地方からの上京を促すって深く理解しているみたいだ。延期になったら母親は確実に来るなあ。どうか、同級生から後ろ指を指されることはないように。

2. 一人暮らし息子の母親はもっと過保護

 入学式が5月延期に正式に決まった矢先、姿見が届いた。なんでも母親がネットで注文したらしい。男子高校生に姿見なんて要らないから、こりゃ母親が来ることは確定だ。そう思ってSMSをすると、僕用に買ったそうだ。ああ、言い訳か。
 3日後に実家から服の荷物が届いた。姿見の件も考え合わせて、中身はもしかしてタキシードとか羽織袴とかじゃないだろうな(和服はお茶の件もあって着方だけはしっかり習っている)、と恐る恐る開けると、もっとびっくり箱だった。だって、女物ばかりだったのだから。え、過保護の母親はここに住むつもり? 何考えてんだ。慌ててSMSをすると、電話がかかってきた。
「あ、よかった」
などと言うものだから
「ここ1Kだよ?」
と文句を言ったら
「それ貴方のよ」
と謎発言をしてきた。意味分からない。

 要約するとこうだ。
 スーパーとかで自力で距離を開けるのが大変なら、他人が「思わず距離を空けたくなるような格好」をすれば良い。
 だから、女装しなさい。

 は? そんなの恥ずかしいし、なにより同じ高校に通うような連中(それらしき客を結構見かけている)に見つかったら高校デビューが台無しじゃないか。そう反論したら、それも目的の一つだって。
「だって男の子って無駄なスキンシップをするでしょ?」
確かに男の子の普段のじゃれ合いって、一見感染リスクは高そうに見えるよな。でも、だからと言って高校でボッチになれ、と母親は言っている。そもそも10代は安全なのだ。
 更に悪いことに実家の近くの中学2年生で突然女装を始めた男の子が、見事に回りから距離を取られるようになって、その親が母親に自慢したそうだ。その子は同じ中学の後輩だったから、僕たちも知っているけど、始めから仕草などが「その手の男の子」だった。元々女装したかった子が、ご近所さんに変態と思われないチャンスだとばかりに、堂々と女装を始めただけだろう。そして、その子だけでなく、その親も「見栄」のために「距離を取られるため」と言い訳したのを、他の親が真に受けたのではあるまいか。
 普段の母親なら、この手の人間を「変態」と言って忌避する。いくら性的マイノリティーの存在が認められる時代とはいえ、生理的嫌悪がなくなる訳ではないし、自分の息子が悪影響を受けてしまう不安があるからだ。愛するもの同士で閉じて、近づかないで下さい。
 それは普通の反応だ。だからこそ、心が女であっても、生物学的に男であれば着替えは別なのが当たり前だ。個室のトイレですら、下のものを取らない限り許され難いし、母親もこの手の性的マイノリティーが多目的トイレ以外を使うのを嫌っている。
 それなの、時勢が時勢だからか、ぼくの母親は、それを賢いと思ってしまっている。そのくらい取り乱してるわけだ。まあ、まだ15歳の一人息子が、感染のもっとも流行している所で一人暮らしを始めた訳だから、不安になるのは分かるけど、ちょっと行き過ぎじゃないの?
 こういう狂乱状態を冷静に止めるのが父親の役割だが、ここまでヒートアップした母親と止めるのは父親ですら困難だろうな。それが子供の安全がらみとなったら不可能かも。説得はぼくにも無理だ。電話口なら尚更で、説得するだけ時間の無駄。だから電話を切る為に
「分かった考えとく」
と妥協した。根負けともいう。失敗だったかも知れない。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい母親の発想に、その日は、そのまま段ボールを閉じて、その辺に転がして終わった。でも母親は確実に確認する。母親が5月の入学式に来た時に、一度も着ていないことがバレる。夜に冷静になって考えて、カモフラージュの洗濯は必要だろう、と結論づけた。
 翌日、洗濯すべく、服を改めて取り出した。スカート系がキュロットを含めて3枚。上はゆったりしたブラウスというかチュニックというかそんなのが3枚で、Tシャツ系も2枚ある。セーターは1枚。あと腰を縛る系の厚手のワンピースとスポブラと1枚ずつガードルっぽいスパッツが2枚入っていた。中にはぼくが小さい頃の家族写真で母親が着ていた服も入っていた。他に、ローヒールの大きいサイズの婦人靴と沢山のパンスト。そしてカツラもちゃんと入っていた。
 これなら洗濯は1回で済みみそうだが、全部を洗濯すると却って着ていないことがバレそうだ。カモフラージュを完璧にするには、ぼくの着そうな服だけを選んで洗濯するのが正しい。そういや姿見があった。どうせ洗濯するのだから試着ぐらいはしてもよいかも。
 試着を決めた途端に、どんな服を着せようとしているのか、それが本当に似合うのか好奇心がわいた。母親のセンスが駄目なことは分かっているからそれを証明したいんだ。アパート内とはいえ、こんな機会でもないと、女装のように「他人が引く」は堂々とは出来ない。
 こうして実際に試着してみると、次第に自分が麻痺し、着こなしたら女装バレしないような気がしてきた。皆が距離をとりマスクで顔を隠す時代だ。カツラの不自然さも誤摩化せるだろう。女装はバレない限り学校内の友達関係には影響が出ない。ちょっとでも噂になったら現実の女子から忌避されるし、女装を喜ぶような腐女子はこっちが願い下げで、だからこそ母親の要求を馬鹿げていると思ったけど、リスクは意外と低そうだ。こっちに住んで、アパートのお隣さん達が他人に干渉しない系であることが分かっているし、近所に高校生年代は余り住んでいない感じがする。大学生とか会社若手とかは多いようだけど。他人が近づくのを避けるための女装? そんなのはくそくらえだ。

 人間ってのは好奇心になんて弱いんだろう。女装ってのはそのくらいスリリングだった。スパイごっこよりも手に汗を握る。
 母親の意図とは正反対に、如何に自然に他人を騙すか、他人が近づきたくなるような良い女に見せるか、に目的がすり替わってしまった。一週間もしないうちのことだ。髪の毛が耳を完全に覆うぐらいに伸びているのも、のめり込んだ理由の一つだ。12月に散髪して以来そのままなのだ。3月の卒業式前というか、その前の球技大会で髪を伐ろうと思っていたのが、「中止」「欠席」で入学式前に延期になり、それも延期になったからだ。このぶんだとカツラ無しでも行ける日が近い、と思うと、それまでに女装の腕を上げるモチベーションが高まる。

 以来、日々に女装はエスカレートし、入学式の再延期が決まった4月下旬までには、SMSで送った「ちょっとだけわざと下手に着た」写真が母親に褒められるほどになった。もっとも母親は知らない。その頃には女物を買い足すようになって、自然な買い物のために言葉遣いも女言葉になっていたことを。ショーツすらちょっと遠出したときにスーパー系の店で買ったことを。もっとも始めてショーツを手にした時はドキドキものだったけど。
 この分だと、高校は女の子としてデビューして、3年間「心は女の子」を演じるのも可能かも知れない。皆を騙せたら、最優秀主演男(?)優賞だよな。まさにスリリング。もしかして、なりゆきで男を完全に失ってしまうかも知れないリスクも含めて。
 そういう意識をし始めたころからだろうか、それともショーツを買って吹っ切れたのか、下着すら女物しか使わなくなった。はっきりと言えるのは、ゴールデンウイークにはショーツやブラキャミを爆買いしてたことと、ブラジャーを買ったこと、ついでにコルセットやタック偽尻パンツを自作していたってことだ。女装が上手くなるほど、姿見のお陰(これだけは母親に感謝だ)でシルエットが気になるようになったけど、入学式の再延期で母親はまたもしばらく来れないことがわかって踏ん切れたのだ。
 コルセットやタック偽尻パンツはわたしを更に一歩進めてしまった。男もの服を全部捨てるという英断をゴールデンウイークの翌週末にしてしまったのだから。制服も含めて。その頃には、高校の間、それどころか東京に住むあいだは、ずっと男言葉に戻れないかも知れない予感すらするようになった。
 今は、髪の毛を女の子カットする日を楽しみにしている。美容院は今はガラガラだから、チャンスでもあるのだ。そのうちやって来るだろう母親がびっくりするのが楽しみだ。


速沢知彦追記:2020年4月、新型コロナ問題発生中の投稿作品です。

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