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腰痛対策

by 夢喰

腰痛


1. ここは下着売り場フロア。区画で紳士・婦人・子供と分けてはいるが、他のスーパー・安売り店と同じく、子供用・紳士用は婦人用の奥に隣り合わせて配置している。というのも、両者を合わせても婦人物の面積より狭いし、下着を選ぶ様子を男どもに見られて困るような連中は専門店に行くからだ。なので、フロアの入り口近くで腰痛の中年から、腰痛対策のパンツやコルセットの場所を尋ねられることも時々ある。というのも、女物ならいざしらず、紳士用のそれは更に需要が細いので、買う方も、普通の下着コーナーでないと思う筈だからだ。もちろん、こんなスーパーには置いているはずもなく
「申し訳ありませんが、腰痛対策下着は取り扱っておりません」
とすげなく答える。
 中には
「別に紳士用でなくても構いません」
と言って来る強者もいる。本当に困っていると感じて申し訳なく思ってしまうが、そういう場合も同じ答えをする。顧客を逃すという意味ではもったいないが、あんな中年が女性下着を着用する姿なんて想像したくもない。腰痛対策といっても女性下着には違いないからだ。

 そんなある日、まだ中学生か高校生ぐらいの華奢な男の子が同じ質問をしてきた。可愛い! もしかすると私が歳を取ったせいで、若い子がみんな可愛く見えているのかもしれないけど、それは棚に上げて、この子なら、女性下着を着用する姿に嫌悪を感じない。というか、ちょっと見てみたい気もする。なのでとりあえず
「目立たないラクダ色のパンツならございます。婦人コーナーに置いてありますが男女兼用ですのでご安心を」
といいつつ婦人下着売り場の最奥の補正下着・健康下着コーナーに連れて行った。あ、顔を赤くしている。やっぱり可愛いなあ。
 先導しつつ品揃えを思い出す。腰痛対策パンツの肝は骨盤や股関節、骨盤と背骨の付け根を押さえ込むことだ。これが腰回りで半独立しているのがコルセット(ニッパー)付きで、まんべんなく押さえ込むのが加圧式だ。これらの組み合わせの他、ついでに尻をパッドで盛ったり、腰の括れを強調させたりと、種類自体は実に豊富だ。ただし、それはネットショップの話で、スペースや返品条件の限られる店頭品となると急に種類が少なくなる。
 一応、股関節対策の加圧型はショーツもガードルもあり、骨盤と背骨の付け根対策のニッパー(コルセット)付きショーツもあるが、この手の多くは、特に店頭販売用はどれも婦人用という感じのレースがしてあるから、男の子が着れそうなシンプルなデザインがどれだけあったかは定かでない。
 売り場につくと、案の定、レースだらけのロングガードルやボディースーツが目に付くようにマネキンに飾られている。補正下着コーナーですよ、と遠くから分かる為の広告塔のようなものだ。思春期の男の子には刺激が強すぎるようでうつ伏せ気味におどおどしている。そんな彼をほっといてこっちで勝手に調べると、腰痛対策を宣伝文句にしているような下着に限ってレースがしてあり、シンプルなデザインは、純粋な補正下着のガードルやショーツガードルばかりだ。
 どうやって何かを買わせようかな、と思案していたら、尻の形を補正するためのパッド入りガードルが目についた。もちろん加圧式で、ベージュのシンプルなデザインだ。よし、これなら腰痛対策と言い繕える。
「腰痛対策と申しましても、座った時の痛みを和らげるパッドタイプと、骨のつなぎ目を補強する締め付けタイプがありまして、本来なら両方使うべきですが、男女兼用はこちらのパッドタイプのみになります」
と説明したら、納得したのか、はたまた女性下着コーナーから早く逃げたいのか、あっさり購入を決めてくれた。
サイズのほうは、男の子ということでLを薦めておく。
 一段落ついたところで、質問があった。
「コルセット型は男性用とか男女兼用とか入荷予定はないでしょうか」
下着はサイズの問題や返品困難の問題から注文取り寄せは難しい。置いてある商品を売り込むのが基本であり、それを買っても損しなかったと思わせるようなセールストークが必要だ。
「申し訳ありません。実は製品そのものが少なく、先ほどご覧になられたように、レース付きしかお値段のお得なものはございません。なので、本当に困っておられるかたは、レース付きのコルセットイプと、お買い上げになられたパッドタイプを併用されております。派手なデザインの方を下に履けは他人にはわかりませんから」
商売人としてウソはいっていない。そんな使い方をしているのは女性ばかりだと言っていないだけだ。それに、彼がデザインさえ気にしなくれなれば、追加で買う事もありえて、お得意様ゲットとなる。
 結局、その日はパッド入りだけを買って行ったが、うん、それでよい。とりあえず尻パッドつきガードル。次の目標は少しだけフェミニンなデザイン。それが店員としての建前。個人的にな女装姿を見てみたいというのもある。感触は悪くない。


2. 私のいるフロアーは下着だけでなくTシャツや寝間着、ジーンズなども置いてある。きちんとした婦人服や紳士服は別のフロアーだが、男女のデザインが似ているパンツ系やTシャツ系はここだ。私の担当も、ここ全般だ。だから、昨日の学生がジーンズを買いに来るのにはち合わせるのは自然なことだった。その彼が私の顔をみてホッとした顔をしている。
 昨日の今日に加え
「昨日のパンツなのですが」
という切出しと共に昨日のパンツ(開封済み)を取り出してきたので、一瞬、クレームか、と身がまえた。親と相談していたら親によっては私の嘘に文句を言うかもしれないから。でもそれは杞憂で、彼は
「パンツ自体は確かに助かりましたが、尻がデカくてジーンズが上手く入らないのです。なので、これが履けるジーンズが欲しいのですが、なにか特別なジーンズって手頃な値段であるでしょうか」
と聞いて来たからだ。なんと、棚から牡丹餅。
 女尻に対応するのだから、もちろん女性用のジーンズが良い。婦人物ってのに少し抵抗はあったみたいだけど、
「婦人用・紳士用の違いって、実はサイズだけで、中身は同じですので、気になされることはないかと存じます。実際、体のすらっとした若い男の方には女性用のジーンズを使われる方も結構おられますよ。とりあえず、試着なされてから決められては如何でしょうか?」
実際には立体裁断なので、前が少しキツいだろうけど、純粋にフィットだけを考えればそれがベストのはずだ。ウソも言っていない、と思う。小学生・中学生を含めればね。本音としては、彼が女物のアウターを着こなせるか見てみたいってのがあるけど。
 とりあえず、試着までこぎ着けた。幸い、パッド入りパンツが腰のやや深いタイプだったので、ジーンスも腰深タイプを始めから選ぶことになり、そうなると、数点試した男物より、私の薦めた外国人向けの女物の方がよりフィットすることは明瞭で、女性用ジーンスの買い上げはすんなり行った。それにしても、女物ジーンズを試着した彼は、ちょっと羨ましい曲線になっている。足が長い上に、外国人向けって日本人向けより尻もデカいのに腰は細いから。うんうん、下半身だけみたら、安全に女の子だ。


3. こうして思わぬ売り上げと眼福にほくほくしていたら、翌週、更に幸運が舞い込んだ。彼が件のジーンズを履いて来た上で、そのウエストの細さについて私を探して次の品を求めてきたから。
「このジーンズ、良いことは良いのですが、ちょっと運動して体を屈伸すると、ジーンズのウエストが肋骨に下から当たってそこが擦れるのですが、何か対策はありませんか? あるいはもっと余裕のあるジーンズとか?」
 ここでジーンズをもう一着買わせるというのは、長い目では客の信頼を損ねる事になるので悪手だ。
「ジーンズは使ううちに体に馴染むものですので、そのサイズがベストだと思います。ジーンズのウエストが肋骨に当たるのは、むしろ肋骨が開き過ぎの為かと。肋骨が開くのは主に中年太りの方ですが、若い方でも太り易い方は肋骨が開く傾向にあるみたいです。なので、肋骨を細くして、ジーンズとぶつからないようになされては如何でしょうか」
と誘導する。うん、ウソは言っていない。断定していないからね。
「太ると肋骨が開くのですか?」
「はい、それは女の人もそうで、それを抑えるのがコルセットです。コルセットは太りすぎ対策の下着です。今では腰痛対策の代名詞ですけど」
「あれ、腰を細く見せるものではないのですか?」
「それはよくある誤解でございます。肋骨と骨盤の間を締め付けたら内蔵を直接圧迫して体に良くありません。しかし、そんな使い方をする人がいるから、コルセットが体に悪いというデマが広がっているのでしょう」
 彼はびっくりした顔でしばらく考えたあと、ようやく
「なら、男性用のコルセットがあってもおかしくありませんか」
と聞いてきました。うん、もちろんあります。でも、中年太り対策の男性用コルセットをするのは、運動不足を誤摩化すようで格好わるいってのがあって、売れないんですよね。だからうちにも置いていないわけで。腰痛対策ももちろん置いていない。
「はい、確かに製品としては色々ございますが、先日申し上げたとおり数が少なく当店では取り扱ってございません」
「じゃあ、ネットで買うしかないのでしょうか?」
 当然の質問で、ここからここで買わせるのが店員の腕の見せ所です。男性用コルセットについては下調べ済みだ。
「ネットにある男性用のコルセットは、肋骨ではなく腹部を抑えるものがほとんどでございまして、腹巻きをキツくしたようなものでございます。肋骨を締め付けられるか難しいのではないでしょうか。またサイズも男性用は主に中年向けですので、お客さまのように細めの若いお方に合うのを見つけるのは難しいかと思います」
少なくとも、彼の履いているウエスト67cmのジーンズに合うのはないだろう。
「肋骨を締めるには、肩から掛けるタイプを使うのが一番でございますが、外国製に限られますので、ご予算には合わないかと思います」
 これで男性用を買おうという気は失せるだろう。実際、彼はウーンを考え込んでいる。きっと女性用を買うと言い出せないですね。タイミングを見計らってこちらから提案する。そう、先週、ちょっと宣伝した、フェミニンなデザインのコルセット付きショーツだ。ただし今日宣伝するのは腰痛防止用ではなく、補正下着としてのマジックテープ型のコルセット。もちろん、そんな事は言わないけど。
「もしもどうしても気になられますなら、コルセット付きパンツはいかがでしょうか? ハイウエストなので、肋骨を補足するには一番でございます。デザインこそ装飾が多ございますが、先日お買い上げになられたパンツを上に履けば隠れますし」
彼はまだ悩んでいる。そりゃそうだろう。いかにも下着女装ですっていうデザインだから。よし、ここはもう一息、個人の判断で
「それなら試着されてはいかがですか? 本来なら駄目なのですが、ここは特例ということで」
と提示したら、やっと試着に合意してくれた。規則では駄目だし、実際試着した下着は売れない。だから、もしも彼が買わなければ私が代わりに買う。2時間分の給料が吹っ飛ぶが、ここは賭けだ。
 試着させたのは正解だった。試着して、いまさら買えないとは言いにくいからだ。しかも女性下着であり、かれは男の子だ。恥ずかしそうな表情で顔を真っ赤にしながら、レジを済ませて行った。

 翌週も彼はやってきた。例のジーンズで、先週よりも自然な感じだなと思って良く見ると、股間を見るとフラットだ。先週はモコっとしていたから、そっかそっか、と納得するとともに、思わずにんまりした。
「本日はどのような御用でございますか? コルセットの具合はいかがですが?」
「そうそう、そのコルセットなのだけど、運動すると次第に下にズレるんですが、これはどうにもなりませんか?」
「それは痩せたお方特有の問題ですね。コルセットは上下を支えないと、体の細い方へ、細い方へと移動してしまいますので。それを完全になくすなら肩も下も固定したボディースーツタイプになります」
 それはさすがに無いという顔を彼はしているけど、もちろん一番難度の高い下着から初めて、普通の女性下着を売るのが目的だ。
「ただ、コルセットで止める部分が下着のシャツを巻き込むようにする方法はございます。ちょっとお示ししますね」
と強引に補正下着コーナーに連れて行く。目的は補正キャミを見せるため。補正キャミなら無地でシンプルなものをうちでも扱っているから、ひょっとしたら買う気になってくれるかもしれない。女性下着コーナーは今日で3度目だし、腰痛対策とはいえ既に偽尻ガードルや女性用の装飾のあるコルセット付きショーツも履いているという自覚があるはずだし、なにより、ちゃんと店員の先導がある。予想通り、ちょっとためらったものの、すぐに私に付いて来た。
 無地の補正キャミを取り出して、パンツの無い単なるガードル(ニッパー)も取り出し、キャミの裾が特の細くなって肋骨の圧迫を助けている事と、そこにマジックテープの部分を挟み込む事を説明する。
「男性用のタンプトップでも上手く行くとは思いますが、こちらは無地デザインでより上手く絞まるかと思います。お得意様なので、お値段も今日なら2割引いたしますがいかがでしょうか」
 散々迷ったけど、2割引が効いて、とうとう買ってくれた。


 息子がキャミソールを買って来た。始めは腰痛だったはずなのに、パッド入りガードル、コルセット付きショーツと続いて、とうとうキャミだ。無地だけど、その前のコルセット付きショーツがレース等のあるものだから、どう見ても下着女装だ。ジーンズだって女物で、今じゃ股間もフラットにしているし。よもや、と思っていたけど、どうやら杞憂ではなかったらしい。先々週まで普通のスポーツの好きな男の子だったのに。
 先々週のパッド入りガードルはまだ分かる。その翌日のジーンズも当然だ。
 でも、コルセットつきショーツで気になった。説明は確かに分かるけど、他に製品がないからという言い訳だったけど、そもそもパッド入りガードルで暫く様子を見る手もあったのではないか。だから、もしかしたら女装に興味があるのか、と思ったのだ。そして今週。肋骨が開かないようにするって、別にそこまでする必要はないはずだし、100歩譲って補正キャミソを認めても、それならコルセットつきショーツは必要ない。
 でも、安易にしかってはいけない。とりあえず、息子の好きにさせて、その間に専門家と相談しようと思う。予約は再来週。だから、息子に言い訳がある限り、来週までは「必要」と言ったものを買わせる事にする。


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