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事故体質

by 夢喰

1回目は転落物事故だった。上半身を挟まれて、まさに車の衝突の際の胸の圧迫(シートベルトはそれを防ぐためにある)と同様に、肋骨が圧迫され、数本は完全に折れた。肋骨ばかりか、肩も一部砕かれて、医者には「戻らないし、男性ホルモンを打っても成長しない可能性が高い」と言われた。しかも救出まで時間がかかったので、圧迫による変形は内蔵を危険にする状態で半固定され上に、すこしでも動かしたら折れて危険ということもあって、そのままギブスで固定せざるを得ず、結果的に肋骨の骨格が非常に薄くなった。また、肋骨の一番下は、骨折の角度が余りにも危険で抜かざるを得なかった。だから僕の上半身は、肩も胸も女の子たちよりも薄いし、肋骨は10本しか無い。

2回目は衝突事故の二次災害だった。化学工場の露出型タンクの横を通り過ぎようとした際に、大型の配送ドローンがタンクぶつかって破損し、運んでいた化学物質とタンクの化学物質の両方が大量にばらまかれたのだ。その両者を浴びた僕は、全身から毛が抜けた。髪の毛も体毛も髭もだ。もっとも毛根もほとんど駄目になった他、体臭の元のなる組織も破壊された。幸い汗腺としての機能は残っているので生活はできるし、男のフェロモンが発散されなくなったのは、現代のようにフェロモン=悪臭という時代には、むしろ良かったのかもしれないが。それでも、大人になるまえにハゲになったのは辛い。以来カツラをしているが、短髪はださいので、長めのカツラをポニーテールにしてる。とりあえず「これ格好良いよね」と自己暗示をかけている。

3回目は転落事故だった。貧血気味の時に苦労して階段を登っていたら、上から駆け下りて来た団体に接触して、そのまま、大きな業務用リサイクル箱に尻からはまった。しかも衝撃で上からボール状の堅い何かが落ちて来てお腹にすっかりはまり込んだ。はまり方が悪く、引っ張っても取れないとのことで、箱を切り裂くしかなかったが、それに6時間も費やしたあいだに、骨盤や恥骨が大きく変形してヒビまで入り、足も内股になってしまった。レントゲンを見た医者は、そのうち戻るだろうと言っていたが、戻る気配がない。

でもそのくらいならマシだ。より問題なのは、圧迫でタマが6時間もずっと体内に持ち上げられた状態だったことで、その間に恥骨が圧迫に耐えきれずに骨折寸前の大きなヒビが入ってしまったことで、救出後も恥骨の上に引っかかったままだったことだ。無理に戻すとタマを傷つける可能性が高いとのことで、先にヒビが固まるのを待つ事になった。しかし、ヒビの固まり方は骨盤の変形のそれを連動して、タマが下に降りるのを完全にブロックする形になってしまた。停留睾丸を無理やり作り出したようなもので、停留睾丸よりも手術が難しい位置にタマがはまってしまったのだ。

もちろんそれでも手術は可能だし、それどころか停留睾丸は癌の危険もあるから手術は必須だが、緊急は要さないとのことだ。むしろ、今の健康状態で子供を作ったら障害を持つ可能性が高いから、それを予防する意味で、(タマが体温に晒されて)精子が作れない現状は悪くないのでは、とのことだ。もっとも、そんなアドバイスも
「上半身は女の子みたいに華奢だし、肋骨を抜いて腰の位置をわざわざ高くしているし、女もののカツラをしているから、骨盤もタマも無理に戻さないほうが、内心は嬉しいんじゃないの?」
という揶揄に、真実は何なのか疑問に思えて来たが。

そこでセカンドオピニオンを得るべく、別の医師に話に全てを話したが、男のもののカツラ(オッサン臭くてダサい)でなく、女物のカツラをしていたせいか、もっと過激な方法も可能性として話してくれた
「髪の毛だけど、女性ホルモンを使えば生えるかもしれないよ。ただし、その場合は停留睾丸の解決が先だけどね。いっそのこと取っちゃう?」
この医者もだめだ。

そんな僕に転機が来たのは、ケーキ食べ放題に友達と行った時だった。前払いの値段が僕だけ安かったので、理由を聞いたら「女性の方は安くなっております」とのことだったからだ。とっさに「男ですよ」と言おうとして、頭の中でお小遣いの会計を考えて、訂正を止めた。それ以来、女性の振りをした方が得する機会がいろいろある事に気づいた僕は、服もユニセックスしか着ないし、下着もタンクトップとビキニブリーフにするようにしている。男もののアウターを着るのは停留睾丸の定期検査の時だけだ。

定期検査は「初診」を避けるために毎月だ。その際に手術の話も当然する。というか名目は睾丸を外に出すための手術の日程を決めるための検査だ。手術自体は癌予防と将来の子作りのため必要があるけど、僕も以前のように「出来るだけ早く」と急かさず
「無理に急がなくても良いから安全第一でお願いします。27までは子作りしませんから」
と言うようになっている。

4回目の事故は、混入事故だった。某国産の冷凍食品で、混入といっても全製品ではなく、特定工場の特定日から出荷された分だけに影響があったようだが、それは日本国内では特定地域の特定店舗を意味するわけで、その特定店舗でまとめ買いをしていた僕が最初の被害者となった。僕の好物で、食べ盛りということもあって他の利用者より多くの量を食べていたからだ。その結果、髪の毛がポツポツ生えた。混入事故自体が発覚していなかった時期だったので、僕としては原因不明で停留睾丸のせいだろうか、ならば停留睾丸も悪くはないかも、などと間違った考えを植え付けられたものだった。

そんなわずかな兆候を見逃さないのが医者だ。定期検診で、ホルモンバランスがおかしいことが分かり、その結果、混入事故が発覚した。同時に、実は乳首にも影響が出始めていることが指摘された。実は、同様の「胸兆候」が小学生にも出ていて、この街の謎として同じ総合病院の医者の間で共有されていたらしい。ただ、被害と言えるほどの影響でないころから僕には特別なアドバイスはなく、2週間後のニュース報道でやっと知った次第だ。でもニュースのあった時までに僕は件の冷凍食品を全部食べていた。幸い、それでも胸が目立つほど膨れるような事にはならなかった。ただ、乳首が擦れ易くなって、運動の前には(マラソン選手のように)テープで止める必要が出て来たくらいだ。剥がす時に痛いのが問題だけど。

次の定期検診では、テープの代わりに、最小サイズのスポブラを薦められた。確かに純粋機能面からはそれが正しいだろうけど、他人に見られたら困るって思っていたら
「なあに、ここ数ヶ月だけの我慢だよ。原因の冷凍食品はもう食べていないのだから、そのうち小さくはずなので。それに君の体格じゃあ、女の子が男装しているようにしか見えないから、むしろブラジャーやブラトップをしたほうが、傍目からみても落ち付くよ」
と諭されてしまった。ちょっとまて、僕は停留睾丸の問題で定期検診に来ているわけで、女装を薦められるために来ている訳じゃないんだよ。

とはいえ、医者の言い分には一理ある。最近は女性に間違われることで「女性サービス価格」を享受することが増えている。サービスを受けた後に男とばれるのを怖れているのも事実で、下着も女物を着ようかな、と考えたことがあるもの事実だ。そんな折の医者のアドバイスは無視できない。

とりあえず医者のアドバイスを母に打ち明けたら、こちらからも爆弾発言があった。僕がユニセックスと思って来ていた服のうち、母親が買って来た分は実は女物だったのだ。僕って親にはそう思われていたらしい。なので、翌日には僕専用のスポブラが買われてしまっていた。母に言い負かされて試着すると、スポブラは確かに胸に優しい。

そして、今日。母親と買い物だ。服は女物のTシャツに女物のズボン。ただし男が履いても様になるやつ。母親についていくと、そこは女性衣料だった。半分予想は付いていたけど、僕の服だそうだ。ここで異を唱えれば、僕は戻る事ができる。1年前だったらそうだろう。でも今の僕に、急にこういう場に放り込まれて、即座に反応できるだけの男らしさは失われている。その結果、予備のスポブラだけでなく、ブラトップやショーツまで買わされた。もちろんアウターもだ。帰ってから着用すると、残念ながら下着すら今の僕には男物よりもフィットする。というか、そのくらい僕の竿は小さくなっていた。

この日を機会に僕は女装を意識するようになった。同じ服でも、女装と意識するののしないのとでは緊張感が全然違う。仕草からバレるのがどうしても気になるのだ。そして、それは習い性となった。だから、実際の外出で女物の服や下着を着ることはそこまで多くないのに、僕にはそういう癖が付いてしまって、トイレに行く時ですら
「そこは男子トイレだよ」
と親切に指摘されることが増えて来た。

そんな僕の変化が定期検診の医者にバレルのは時間の問題だった。いまでは停留睾丸の手術の時期の話をする際すら、下におろす手術ではなく、除去してしまう手術の話にすり替わっていることが多く
「女子トイレが使えるように、性同一性障害の診断書を出しておこうか?」
「女性ホルモンの処方箋が必要なら書くけどどうする」
と言われるほどだ。

僕の性自認は男だ。でもそれに拘っては人生は不幸になりそうな気がしてしかたない。なんせ僕は事故体質なのだから。


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