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YRS遺伝子(修正版)

by 夢喰

雌雄同体の生物(魚など)ではメスの数の方が圧倒的に多い。哺乳類でも適齢期はオスどおしの戦いで勝ったものだけが子孫を作る権利を持つ。例えば野生ニホンザルだが、その群れではオスの大半が「下積み」として、群れ周辺部に配置され、メスのいる中心部には入って行けない。そしてオスの上位の4?5匹だけがメスと交尾する権利を持つ。だから下積みオスの半数は、その群れでの人生(=交尾の可能性)を諦めて、ヒトリザルとなる。中にはメスの浮気の可能性を求めて他の群れをこっそり追う者もある。

人間だって同じだ。太古より戦争等で男は数を減らしたから、適齢期は圧倒的に女余りだった。近代でも、現代医療の発達以前は男児のほうが死にやすく、やはり適齢期はやや女余りだった。豊かな筈の近代社会ですら、戦争やテロ、生存競争という形で男どおして戦い続け、無理やり勝ち組と負け組を作ろうとする。

これが自然淘汰の摂理によるものだとしたら、次の疑問が出てくるだろう。現代に至るまで人間が男どおしで殺し合っていたのは、女余りの状態を作るための生物学的な行為ではあるまいか? 平和な世界を作るには、出生率の段階から女余りの状態を実現するのが最適なのではあるまいか? となれば、男の余る現代は、殺し合いこそないけれど、生存競争はより過酷になるはずだ。そして、この生存競争心理を起業が上手くあやつって「劣悪労働環境を我慢した俺たちが、我慢出来きずに辞めた落ちこぼれを下にみるのは当たり前だ」という洗脳を社員に施してしまっているのも、男が多すぎるからではないか。それがブッラクな労働環境をあたり前とさせている。

少なくとも、俺たちはそう思った。俺たちとは「彼女なし」「新人退職」の仲間だ。だから俺たちは、女余りの世界をどうやって平和的に作るか必死で考えた。

そこで絞り出されたアイデアが、遺伝子レベルで女の出生率をあげる方法だ。一番始めに思いついたのが、染色体(SRY遺伝子)をキャンセルするような改良X染色体=X'(SRY遺伝子の発現を抑える、言うなればYRS遺伝子)を合成し、それを人類に行き渡らせるというものだ。問題は、X'Yが女となる場合に、X'遺伝子の数は果たして増えるのか? これは親の組み合わせ別に子供がどうなるかを場合分けして考えるしか無い。

XYとXXの親から生まれる子供の男女比は1:1だが
XYとXX'の親から生まれる子供はXX(女)、XX'(女)、XY(男)、X'Y(女)となって男女比が1:3となり
XYとX'X'の親から生まれる子供となるとXX'もX'Yもどちらも女で男女比は0:1となる。
見かけ上は女の子の比率が高いが、遺伝子レベルでみると、X遺伝子とX'遺伝子の存在確率は親世代と小世代で変わらず、X'は増えも減りもしない。

また母親としてX'Yもありうるが、その場合
XYとX'Yの親から生まれる子供はXX'(女)、XY(男)、X'Y(女)のみでYYは成長出来ずに流産となるから、男女比は1:2で女の子の比率が高いが、遺伝子レベルでみると、こちらも親世代と小世代で変わらない。

となれば、問題は、どうやってX'染色体を増やすか。ヒトゲノム編集の技術を使って体外受精の際に卵子にYRS遺伝子を付加するにしても、今のところは倫理的に認められない。こっそり行なったところで、どこかの段階で摘発されて止まるだろう。

となれば、もともと少数だった遺伝子が、世代を超えて増えて行くシステムが必要だ。例えば、XXの女よりXX'の女の方が男にとって魅力的な体でかつ多産になれば、世代を追うごとにX'染色体が増えるだろう。そういう女体とは、スラリとしているのに安産型という、西洋美人の体型だ。そういう体型の人は、尻の細い女性より多産になりやすい。

体型を決めるのは性染色体ではなく、15番染色体などの一般の染色体だ。となれば、体型を司る染色体(ここではTとしておこう)の上にSRY遺伝子の発現を抑えるYRS遺伝子を乗せるのが正しいのではないか? 魅力的な女性体型を作る遺伝子が、同時にSRY遺伝子の発現を抑えるようにするという訳だ。

これを仮にT'染色体と名付けよう。XY+T'Tで(男でなく)女になり、XX+T'Tで魅力的かつ多産型の女になる。この場合、T'染色体が女の生涯出産率を大きくかさ上げする訳で、それがT'染色体を次第に増やす役割を担う。同時にXY+T'T型の女が普通の女から男を奪って、普通の女の生涯出産率が下がるから、結果的にT染色体を駆逐して行く。

XY+T'T型の(男でなくなった)女のほうはどうか? 理論上はT'のお陰で出産率は高くなるはずで、最低でも足を引っ張らないはずだが、人工的な改変である以上、石女になってしまう可能性もゼロではない。それでもT'染色体を増やすには、XX+T'Tの女の生涯出産率を4人以上とする必要がある。

青写真としては悪くない。なので、これを目標にT'染色体の開発に努め、30年かけてついにほぼ完成させた。

しかし、最後の微調整に入り段階で、我々は躊躇した。というのも、最後の男達がXX+T'T'の最も魅力的な女性を選んだとき、子供はすべてTT'となって男が生まれなくなり、人類が滅びるからだ。もちろん1000年後ぐらいの未来の話で、その頃には、危惧を覚えた人類が遺伝子を操作することを考えるだろう。だからこそ開発を進めたが、実践は怖くて出来なかった。

そこで我々は別のアプローチをした。すなわち、T'に乗せるはずだった「魅力的な女性体型は作る」遺伝子を、T染色体ではなく、X染色体に乗せるように修正し、さらにそれをYRS遺伝子と結びつけて同時に発現するようにしたのでだ。これを仮にX"染色体と名付けよう。これだって、男性がXXの女性よりX"Xの女性を、X"Xの女性よりX"X"の女性をパートナーとして選ぶから、次第にX"がXを駆逐するが、X"Yが女性になれないので、X染色体は男性の構成要素として生き残り、絶滅からは免れる。


方針が決まり、X"染色体を開発し始めたものの、難題には違いなく、それを完成したころは、俺たち「マトモな女と結婚出来なかった」組は年を取りすぎていた。時代はまだヒトゲノムを認めていない。しかし、体外受精は多かったので、その穴をついて我々はX"染色体(正確にはX染色体に追加する「魅力多産」遺伝子)を世に放った。たとい法律違反として罰せられたとしても、老後に生きながらえる気力は薄かったのだ。福島事故で高齢者が放射能の危険を顧みずに現地で頑張ったのと同じ感覚と思う。

時間不足もあり、我々のX"染色体は成功からほど遠かった。なにしろ女の子を「魅力的かつ多産にする」改造が失敗に終わったからだ。それでは、女の比率をじわじわ増やすという当初の目的は果たせない。骨格を決めるT染色体の役割をX染色体で代用しようというのが難題過ぎた。失敗はもう一つあった。X"Yが目論み通りに女の子にはならなかったことだ。つまり、一時的にも女子の出生率を高めることにも失敗したのだ。

とはいえ、完全な失敗ではなかった。X"Yは性器こそ男の子のそれだったが、骨格は女の子のそれだったからだ。骨格の男女差は第二次性徴からと誤解されているが、実際には男児と女児でも全然違う。既に肋骨の違いや骨盤の違いは、この段階で始まっている。だからこそ、遺跡等の人骨から子供の男女も分かるし、女児の声と男児の声も異なる。違いが大人に比べて小さいだけのこと。

それは、俺たちの作ったYRS遺伝子が、少なくとも下垂体など性器以外の性ホルモンを分泌する場所では、SRY遺伝子の役目を完全に抑えていたことを示している。ただ、性器だけが生き残ったのだ。結果として生まれた女児体格の男児は第二次性徴が遅れて、その分、女児体型が中学卒業まで続いた。それはもう、男子の制服が似合わないほどに。そして、第二次性徴もごく僅かで、女性に近い中性的なシルエットの大人となっている。

漫画だけの世界にしか存在しなかった「理想の男の娘」はこうして生まれた。もちろん女装率も圧倒的に高い。

しかし、それでも男だ。しかもX"は女の魅力を高めない。だから、このままではX"は増えないし、もしも男(XY)のほうが男の娘(X"Y)よりも女の子にモテたら、X'染色体は次第に減ってしまう。

このままでは我々の努力は徒労に終わる。とはいえ、1からやり直すには我々は歳を取りすぎた。我々の出来る範囲といえば、開発がほとんど終わっていたT'染色体を、世に出す方法だ。というのも、X"染色体の基礎となっているT'染色体も、男を女にするのではなく、男の娘にするだけの筈だからだ。そして、XY+T'Tが女でなく男(の娘)になるのなら、男(の娘)は絶滅しない。しかも、男の娘が競争相手から外れれば、実質的に男不足となる。それはまさに我々の望んでいた世界だ。

こうして、我々は最後の時間を使ってT'染色体を世に解き放った。その結果、生まれて来る子供は、当初の目論みどおり、
XX + T'T で魅力的な女でやや多産
XY + T'T で男の娘
だった。その身体的魅力は女児のときから明らかで、第二次性徴後に、誰にでも分かる形になった。おそらく中学生以下のアイドルの卵たちは、皆T'T型の女の子だろう。彼女たちなら出産率は3を下るまい。そして、T'T型の女とT'T型の男の平均子供数の合計が4人以上ならT'染色体は増えて行く。

ともかくもYRS遺伝子とT'染色体は既に放たれた。男の娘は既に生まれている。それどころか、女装も男の娘も市民権を得ている。


長生きしたお陰で、T'遺伝子の孫世代まで見ることが出来た。T'T型の女の平均子供数は4人に近い。ほぼ全員が4人生んでいるのだ。中には5人や2?3人ってのもいるけど、平均はそうだ。だから、女の子だけでT'染色体は現状維持が出来ている。しかも、男の娘でもそれなりに需要があるようで、子供がぼつぼつ生まれている。それがT'染色体の純増につながっている。

で、注目のT'T'はどうなったか。それは男の娘とT'T型の魅力的多産女との間の子供だ。その間の子供のうち、
XX + T'T' の女は、予想通り、親以上に極めて魅力的な容貌と体型で、何と10歳代から出産していたのである。
XY + T'T' はどうか。嬉しいことに、男として生まれ、生まれた時から、普通の女の子よりもはるかに女の子っぽい体型だった。第二次性徴も現れず、胸を除けば、普通の女性よりも魅力的な女性体型に育った。男の娘が、普通の女より可愛くなった瞬間だ。そんなわけで腐女子と結婚して、妻の役割を内外で演じるお湯になった。子供が出来てすら母親のようにふるっているようだ。もっとも子供は全て体外受精らしい。

いずれにせよ、この世代でも平均でT'染色体がじわじわ増えている様子が見られる。25年で1.3倍といったところだろうか。ということは70年で倍。700年で千倍。1400年で百万倍、1700年で2千万倍。それはすなわちT染色体を駆逐しているに等しい。その暁には男も女も女性体型で、女のほうがより魅力的な体型となる。って、あれ、それじゃ男女比は同じだよな。今と同じく、男余りになりそうな気がする。失敗したかも。


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