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僕はヒーローになりたい

by 夢喰

 ヒーロー。それは全ての男の子の夢だ。何であっても良い。他人に優る何かを持ち、あるいは何かで世界で唯一の存在となることだ。そうして、その何かが世の中に認められて、女の子にもて、男から羨望のまなざしを受ける。男の子はオトナになるまで、いや大人になってすらヒーローになる夢を持ち続けるものなのだ。それは中二どころか、もっと根源的な望みであり、小学生中学年以上の、月々能力が上がっていくのを実感する時期は極めて強くなる。だからこそ、ヒーローものの子供向け番組は小学生の圧倒的支持を受ける。
 一方、自ら体を鍛えることで、そのようなヒーローになろうと志すのは小学校高学年から中学だ。いや、ヒーローは無理でもクラスの平均以上にはなりたいと願って、体や特殊能力、例えばサバイバル知識とかを鍛える。その結果、遊びから次第に真面目な「部活」と変化する。それが中学に入る前後だ。かく言う僕も、皆が部活をやり始めてから、そういう気合いが入った。
 僕のコンプレックスは、他のクラスメートより体が細いこと。胸囲がクラスの平均より2cm以上も小さい。昔は早生まれだから、って思っていたけど、元々運動が苦手で、それで痩せているのは歳とともに分かる。早生まれの中だけで比較しても1cm以上小さいのだから。
 そんな弱いコンプレックスがあったけど、中学にあがってそれが一気に強くなった。他の小学校から来た子の体格が良いのだ。そういう目で同じ小学校から来たクラスメートをみると、こっちも良い。ずっと近くにいたから、友達の急成長に気付かなかったのだ。我が身を振り返ると、学ランは成長を見越して身長プラス10cmの細めのサイズを買ったけど、肩がぶかぶかで、いかにも貧弱だ。実際、春の身体測定では平均より3cmも小さかった。
 既に差がついているのに、クラスメートの男子の多くは運動部に入っている。これでは取り残されると焦った僕は、まず運動部を模索したけど、1年坊主は先輩の奴隷みたいなもので、ちょっと嫌だし、練習も僕には激しすぎる。挫折した僕は自己流で体を鍛えることにした。

1. 筋肉負荷ギブス:中学1年

 僕にあるのはマンガの知識。まず、星飛馬のように肉体改造ギブスを使うこと。星飛馬なんてお祖父ちゃんの世代のマンガだけど、やっぱりギブスは定番なんだよね。ただ手に入れようとネットを調べると「体に悪い」「児童虐待」と書かれていて、もちろん売っていない。でも代わりにマススーツなるものをみつけた。エキスパンダーみたいなものを上半身に張り巡らせるみたい。マススーツは値段が高いからお小遣いではとても変えないけど、要はエキスパンダーみたいなものを上半身に張り巡らせて場良いわけだ。星飛馬ギブスが悪いのは腕のところであって、大胸筋とかだと問題ないのだろうと勝手に納得した。
 エキスパンダーも値段が高いのでどうしようかと思ったけど、技術実習室の奥にしまってある昔のエンジンを見て、そこに使われているようなベルトなら良いと気付いたんだ。中古の分解品なら、近くの下町工場街にいっぱい捨ててあるし。
 水商売で忙しい母親は、何より生活費を稼ぐのに精一杯で、僕がベルトで何か工作しているのを見ても、何の干渉もしてこない。完成した手製の筋肉負荷ギブスを見ても、この種の健康問題を調べる余裕なぞないから
「体に悪いんじゃないの」
と少し心配しただけで、引き止めなかった。父親は何処にいるか知らない。生きているらしいけど、母親は全く話さないので、僕のほうから話題にすることもない。
 こうして始めた筋肉負荷ギプスだけど、まだ成長期だったのが悪かったのか、大胸筋や腹筋、肩、上腕の筋を傷め、更には肋骨や肩、二の腕の骨まで痛みを覚えるようになった。でも、それを「成長の為の筋肉痛」を思い込んだ僕は、丸1年、自宅にいる時だけでなく、体育等で学生服を脱がずに済む日もギブスの着用を続けた。
 その結果、中学2年春の身体検査で、僕の胸囲(チェスト)は成長するどころか昨年よりも細くなっていたことが判明した。他のクラスメートが軒並み3・4cm胸囲が大きくなっているので、今ではその差が8cmに近い。きっとこれは体の密度が高まったお陰で、最後に笑うのは僕だと中二病の僕は信じていたが、体重が横ばいだったことから、校医に注目さたのが運の尽き。その後のレントゲン健康診断で、肋骨や肩の骨が変形していることが分かり、いろいろ問いつめられた結果、筋肉負荷ギプスのことがバレて、その禁止はもちろんのこと、上半身を使う運動までも禁止となってしまった。ギプス禁止になる予感があったから黙ってたのだけど母親経由で調べられたんじゃしょうがない。五月半ばのことだ。
 体重が落ちていたのは、筋肉負荷ギプスに胃を小さくする効果もあったからで、校医によると、食べ足りないのが原因で第二次性徴だというのに背があまり伸びていないとのこと。確かにクラス内の相対的な高さではチビに近くなったけど、今まで年に4・5cmしか伸びていなかった背が、この1年間で6cm近く伸びたのだから、背が伸びていないってのは間違いだろう。そんな間違いをする校医なんて信じられない。僕はぷよぷよな体じゃなくて引き締まった体が欲しいんだい。そう思いつつ、僕は別の方法を考えることにした。

2. 蹴り訓練:中学2年

 上半身の運動がだめなら下半身。格好よいのは、もちろん蹴り技だ。有名なのは空手とキックボクシングだけ。どちらも腕との混合技だけど、蹴りだけでも強烈だ。ただ、中学校に部活はないから、動画やアニメなんかの見よう見まねの「自主トレ」になる。5月末に始めた。
 先ずは上半身に痛みが来ないように、体幹を動かさないタイプの蹴りを試してみる。とういうか、それが一番格好良くねえ? 上級者は体幹を動かさずに蹴るはずだ。始めのうちは、毎週のように次第に足がより上がるようになるのを感じ、1ヶ月もしない内に、頭の中で仮想模擬戦を始める。中2は何でも想像出来る歳なんだ。
 模擬戦となると、防御の動きも入ってきて、それはそれで新しい練習として刺激になる。蹴りの熟達が頭打ち気味だったので、ちょうど良い。上半身をあまり動かせない僕には、足を相手の太腿のまで届かせるのが精一杯だけど、脳内模擬戦では、相手の蹴りはこっちの腰まで届く。金的ももちろんありだ。それから逃れつつ相手を倒すからヒーローなんだ。しだいに脳内模擬戦の蹴りと回避の練習に熱中するようになって、もっと高く蹴り上げたいという欲求と、もっと鉄壁の防御が欲しいという欲求が高まった。
 前者は上半身を少し傾ける必要があるが、その際に体幹をまっすぐに維持しないと、肋骨に痛みを感ずるのが傷だ。今更認めたくはないけど、確かに取り返しのつかないところまで上半身の骨や筋肉を痛めてしまったらしい。だから、肋骨を固定すべく、サラシを頑丈に巻く事を考える。母親に言うと、簡単に賛成してくれて、古いシーツやカーテン、古着で作ってくれた。それを練習の時に巻くが、大抵は冷房の効いた部屋で汗をかかない程度の練習密度、つまり5分やっては長い休憩、10分やっては長い休憩という具合なので、
「また暫くしたら続けるかも」
と思いつつ風呂までサラシのしっぱなし、風呂を上がったあとも1回だけ練習して、そのあとは就眠までサラシのしっぱなしだ。
 後者、つまり鉄壁防御は膝をとっさに内股にクロスさせる練習のほか、空手上級者が使うという伝説(それが正しいかどうか知らないけど、誰かから借りたマンガで、そういうのが出ていたた)のタックというのを試してみる。ブリーフで股間を押さえつつ試すけど結構難しい。もっときっちり股間を押さえてくれるパンツがあったらなあ、とは思ったものの、そういうパンツをガードル呼ぶこと、そしてガードルというのはブラジャーと同じく大人の女性だけが使うものであることを知っていたので、さすがに母親には言えない。だから、持っているブリーフと水泳着だけで練習する。両者を組み合わせて、タック自体は出来るようなったけど、一回蹴るだけで外れるので、そのうち飽きて忘れてしまった。
 そんな具合で夏休みが過ぎて1学期になった。1学期は体育が長期見学になってしまったけど(体育で肋骨を今以上に傷めたら責任がどうのこうのと言っていた)、2学期は参加出来るものは参加したい。例えば、運動会のハードル走と徒歩だ。そこで運動服の下にサラシを巻いて参加した。蹴りの練習で、サラシが痛みを抑えることを知ったからだ。校医も運動の必要を認めたみたいで、跳び箱や鉄棒、バスケットボールみたいに上半身を使う競技以外ではサラシ着用での体育参加が認められた。

3. サラシ:中学2年後半

 冬服になって、学ランに袖を通したとき、改めてぶかぶかなのを痛感した。肩幅だけじゃなく、肋骨もだ。この半年、上半身は骨も筋肉もあまり変わらなかったらしい。まあ、半年で急に変化する筈もないが、校医の言った、筋肉負荷ギブスのせいで体が大きくならないってのはやっぱり信用ならない。これはむしろ体育が見学だから食欲がわかず、それで栄養が行き渡っていないと考えるべきじゃないのかな。食べる量がクラスメートより圧倒的に少ないのは事実で、当然胃も小さい。だから、僕は、サラシのせいで食欲が上がらないままだなんて知らなかった。夏休み以来毎日のサラシは、肋骨のサイズの回復(膨張)を押さえこんで、胃を小さくしたってのが真相らしいことは、後から知った。
 ともかくも、問題はこのブカブカ感だ。このままでは通学路で見かけるヤバそうな上級生に目を付けられかねない。昨年までは底までヤバい感じじゃなかったんだけど、今年はちょっと違うんだ。だから、せめて見た目だけでも筋肉もりもりの体のように見せるべく、さらしを肋骨全体を覆うように強めに巻いて、体を太めにみせる。学生服だから分からないはずだ。その際に、肩には母親のお古の服の肩パッドをいれて脇下からサラシで固定した。
運動してもほどけないぐらいの強さで巻くと、どうしても、一番細いところにサラシが集まる。この時初めて気がついたのだけど、僕の胴囲の一番細い場所は腰ではなくて、肋骨の一番下の部分だった。筋肉ギブスで肋骨が縮小したために内蔵が腹の方に押し出されて膨らんだのに比べて、肋骨が小さくなってしまったからだ。ともかく、肋骨に当たる部分を、全体が太くなるよう、若干逆三角形気味に巻いて行く。つまり、体の細いところは分厚く、比較的厚めのところは薄くサラシが巻かれるから、巻いた量に比例して、体の細めの部分、つまり肋骨の下半分が集中的に締め付けられる。あと、脇下もパッドを固定するためと逆三角形の体にする為に太めだ。
 始めのうちは、登校時と下校時だけ巻いていたが、朝の慌ただしい時に巻くのが面倒になって、直ぐに夜のうちに巻いて、朝そのまま制服を着て、そのまま夕方までサラシを巻いたまま過ごすようになった。友達も、僕の肋骨の健康問題に関する処置だろうと判断してスルーだ。唯一の脱着は体育で汗をかきすぎて交換しなければならない場合だけど、冬なのと、汗を大量にだすような運動が見学なのとで、そういう機会はほとんどない。そもそも、上半身に筋肉があまりないから、胸回りが暑くならず、汗もあまりかかないのだ。だから一日20時間、サラシを巻き続けた。
 筋肉ギプスの時ほどでは無くとも肋骨も胃も締め付けられて、女子以下の食欲しか出ないこともあって、僕の見た目の成長は遅いけど、中学に入った時と違って、僕には蹴り技があるし、アニメとかではそんな華奢な体で敵をなぎ倒すのが格好良いから、コンプレックスにはならない。中学3年の春の健康診断ではクラスメートより胸囲が10cm、身長が9cmも小さくなっていた。それでもここ5年で初めて女子の平均身長に追いついた訳だし、胸囲や体重も昨年や一昨年より太く重くなっているわけで、校医からは少なくともサラシに関して注意を受ける事はなかった。それが、実は諦められていた為だとはあとから知ったことだ。

4. 太鼓腹対策:中学2年後半

 サラシは皮下脂肪を押し出す。押し出された脂肪は、サラシが一番薄い場所に集まる。それは腹(サラシからはみ出ている部分)と乳首の高さだ。サラシで肋骨ごと締め付けられた内蔵も腹にあつまり、サラシをしている時は太鼓腹の肥満児みたいになってしまった。胸にも肥満児より少ない程度の膨らみが出来たものの、太鼓腹に比べてはるかに小さく、僕も母親もクラスメートも全く気付かなかった。
 太鼓腹自体はサラシを体格偽装のために厚めに巻くようになった日から気になっていたので、それを押さえる為に、わざと腹の下に本を敷いて腹這いに寝たりしてみたが(畳で寝ているので、下は十分に堅い)効果は薄い。やがて、以前タック用にと考えていたガードルが、まさにこういう太鼓腹のための補正下着ではないかと気がついた。ネットで調べると、一女性下着にはなっているけど、男でも履けそうなスパッツ状のシンプルなデザインがユニクロから1000円で出ている。
 意を決して母親に太鼓腹対策というか、上半身だけでなく腹部も固定するような服がないか相談すると、さすが水商売だけあって、自分の古着を出してきた
「さすがにこんなデザインはいやだ」
というと
「良かった、女装したい訳じゃないのね」
と独り言をいった(小声だけどギリギリ聞こえた)あとに
「心配しなくても男の子がはけるデザインがユニクロにあるから買ってくるわ」
とこっちの言いたい事を先回りして言ってくれた。
 こうして僕はガードルを履くようになったんだ。ただしスパッツ同様ブリーフの上で、学校には恥ずかしくて着れないので夕方と週末だけ。でも、太鼓腹が恥ずかしいのって着替えの時なんだよね。なので、皆に見られない方法を考えた末、ガードルの太腿部をブリーフの形に切って、ガードルの上からブリーフをはけば良いって気付いたんだ。股間を二重に押さえるから、夏に挫折したタックも可能だ。もっとも、蹴りの動きをするとタックが外れてしまうのが難点で、仮想模擬戦では、まずタックで相手の攻めをしのぎ、そのカウンターで蹴りだすスタイルが中心になった。複数の敵との戦いはまだ。
 そう、もうこの時は、カウンタースタイルを思いついて有頂天になり、そのまま、タックが必須だと思い込んでしまった。しかも今のタックでは通学で足を使うだけでも外れてしまう。練習すればどうにかなるだろうけど、もっと頑丈なタックの仕方も必要だと感じるようになってしまった。いろいろ試してみるけど上手く行かない。
 ネットをしらべると、どういうわけか
「女装」とか「女の子の股間」
という文字が目につく。なぜ女の子なのか理由がよくわからない。というのも、僕の知っている知識では、タマを守る為に隠すのであって、男の象徴の棒の方は前にでているからだ。ぜんぜん女の子の股間ではない。ただ、それでも「女の子の股間」というキーワードは僕ぐらいの歳の男の子には興味深いので、ついつい読んでしまう。なので、棒を表に出すことにこだわらなければ、タマを守るのは可能だとわかった。
 でも僕は格好良い男の子ヒーローになりたい訳で女装はごめんだ。そんな訳で、僕はブリーフ状にカットしたガードルとブリーフの重ね履きでのタックの練習に専念するようになった。もちろん当初の目的である太鼓腹対策としても少しは役立っている。本当に少しだけど。

5. サッカーでの事故:中学2年初冬

 そんな日々を過ごしているうちに、12月となり、体育はサッカーとなった。肋骨を傷めた僕でも出来る球技だが、体格も運動能力も劣る僕はフルバックぐらいしかポジションがない。だから滅多にボールには触れず、ボールを触るような機会は、サイドを越えてしまったボール拾いの時ぐらいだ。あとは試合の順番待ちでのパスの練習ぐらい。運動場に限りがあるので、パスの練習は花壇とか階段とかのある通学路一部でも行なう。というか僕みたいなみそっかすは、そういう障害物の多いところぐらいしか練習場所がない。
 その日、僕がパスの練習をしていると、試合フィールドからボールが飛んできた。滅多に無い「思い切り蹴り返す」機会だ。そこで蹴り返す事だけに専念しておれば良かったものを、ボールの高さが仮想模擬戦での敵のキックの位置だったもので、そっちの蹴りで蹴り返そうという欲がでて、見事にバランスを崩し、1メートルほど下の花壇の角に転倒した。なんとか頭は守ったものの、代わりに尻を激しく打ち、しかもその振動で、近くに立てかけてあった鉄骨(新しく作る準備だったらしい)が落下してきて、これまた尻を前の方から強打。ぎきっという音とともに激しい痛みに襲われた。
 無理に立ち上がろうとしたのが悪かったらしく、もう一度、鈍い音とともに激しい痛みに襲われて、そのまま僕が倒れ込んだ。立ち上がれない様子に、先ずはパートナー、次に近くでパスの練習をしていた人が僕の元に駆け寄って、それ教師に伝わって、もちろん授業は中断し、僕は救急車で運ばれた。
 診断の結果、骨盤に複数のヒビが入りって折れかけているとの事。その際に、ガードルを履いていることを医者と看護師に見られたのは黒歴史だ。しかもその後着替えの際にサラシと肩パッドを見られたことで、病院の関係者に僕が女性の(華奢な)体を望んでいる風に誤解されるのだけど、そのことは退院するまで知らなかった。それだけなら恥ずかしいで済むけれど、その時の誤解が手術の方法に影響してしまったって誰が想像でよう。
 治療に当たって医者は2つのオプションを示してきた。一つが人工骨で骨盤を支える手術で、もう一つは人工骨を使わずに、骨盤のヒビを時間をかけて修復させる方法。前者は頑丈で、かつ退院までの時間も短いけど、すこし金がかかる。ただし、今回は体育の授業が原因なので、健康保険の自己負担分は、学校の保険から全額補填される筈で、お金の心配はいらないとの事だ。前者のもう一つの欠点は、尻の見た目が今より大きくなるとのこと。それで、スタイルを気にする人は後者を選ぶらしい。
 チビで華奢な僕にスタイルは無理だ。ならば、早く日常生活に戻れる前者一択だ。そして、肝心の手術の際に、病院側の誤解が、僕の骨盤そのものを広げるような補強方法を選択させてしまったのだ。ようするに割れかけた部分を無理矢理押さえつけるのではなく、少しの空間があっても良いように、ひびの隙間にも骨素材を流しこんだのだ。そして、その外側を人工骨が覆うので、僕の尻は今までより大きくなってしまった。
 母親だけに知らされて僕は知らなかったけど、骨盤の人工骨は規格品で、僕に入れられたのは女性用だったらしく、そのためか骨盤の確度がかわって、何となく足が内股気味になっている。もっとも、手術直後でから激しい歩き方が出来なかったから、その意味でも足は内股気味になるわけで、その内股で骨盤の形が固定されてしまうとは想像もしなかったのだけど。
 ともかくも年末前に無事に退院して、正月は家で楽しめた。そして3学期。ズボンが股間に食い込むのだ。尻がデカくなって、ベルトの位置がずれ上がったのが原因で、ベルトを緩めにすれば元の高さに戻るものの、その位置だと人工骨盤の最上部に当たって、それを締める圧力が骨盤に響くのでヤバい。といって、ズボンが股間に食い込む状態は、尻にゆとりがなくて、前屈みしただけでズボンが破れそうだ。
 結局、格好指定のジャージで登校。掃除とかはそれでやって、始業式だけ持って行ったズボンに着替えたけど、その騒動で、担任にもクラスメートにも、僕の尻サイズが大きくなった事が知れ渡った。結局2サイズ大きなズボンを買う事になったのだけど、ベルトを締める位置が肋骨の上になってしまったで違和感がある。本来なら僕の少し弱まった肋骨をベルトのようなきついもので締めるのは良くないのだろうけど、サラシのお陰で痛みはないので、気にしない。

6. 回復期:中学2年1−5月

 さて、3学期は再び体育禁止で、僕は体操服に着替える機会を失い、結果的に僕はガードルの太腿部を切らずに済むようになった。そして、ブリーフの代わりに、ブリーフ状に切ったガードルをその下に履くという二枚重ねになった。というのも、その方が尻の手術跡をしっかりと支えられるからだ。それは医者からのアドバスだ。普通の男性にはそのようなアドバイスをしないらしいが、事故時に既にガードルを履いていた僕は、普通にガードルを薦められてしまったという訳だ。ちなみに新しく買ったんはMサイズ。以前のSサイズでは尻を十分に押さえきれない為だけど、その分太腿部が全然締め付けられる、それはそれで履きやすい。
 そうして、2枚重ね始めるようになった気付いたのが2点。一つは太鼓腹を押さえる為にちょっと堅い円盤状のものを2枚のガードルの間に挟むと、効果的にお腹を押さえられること。それは仮想模擬戦でのお腹の防衛にも役に立つ。もう一つは、2枚重ねにすると、登下校ぐらいではタックが外れず、特に棒を前でなく下に隠したら、丸一日タックの状態を維持出来るって事だった。まだ蹴りの練習は始められないが、今のうちに太鼓腹隠しとタックをマスターするのも悪くない。ガードルがリハビリに使えるという医者のお墨付きを貰って、僕は女装っぽいタックに対してあまり拒否感を抱かなくなったわけだ。もちろん女装なんてする気はしない。ガードルはあくまで骨盤のサポーターだ。もっともお腹を押さえる為の堅い円盤は学校ではちょっと着用出来ないが。
 こうして股間を完全に隠すようになって数日後、雨上がりの水たまりが広がっていて、しかたなくズボンを裾がぬれないようにとベルトの位置を思い切り上げたで、下を見ながら水たまりを渡ったあとに気がついたのだ。股間に食い込んだズボンの前が、完全にフラットになっていることに。こんなのクラスメートに見られたら女装と思われてしまう。
 僕は女装じゃないと最近意識し始めたので、かえって女装に見えかねない部分が気になったのだ。だから、僕は股間に何かがあるように2枚重ねのガードルの合間に、固めのクッションを入れて、男の股間を作り出した。せっかくだからと、ちょっと大きめの男性器を偽装したのは僕の見栄だ。その結果、タックが今まで以上に固定された、同時に間違ってタック部に衝撃が加わった際の守りになったのは望外の副産物だ。もっとも、クッションは熱をためる素材で、睾丸の温度を更に上げてしまったけれど、そういう不快感も暫くすると消えてしまった。
 大きめの男性器を偽装すると、それをそれとなく見せびらかしたくなるものだ。だから、ズボンは常時一番高い位置でベルトを止める。そんな訳で、肋骨の下端ではなく、胃の真上ぐらいでベルトを締めるようになった。それが女の人の腰の括れでの位置である事を知ったのは、中学3年も夏服になった時で、その頃には、このベルトの位置以外は僕には考えられなくなっていた。たしかに掃除とかで上着を脱ぐ機会は1月からあったし、体育も3月には復帰したけど、掃除は男女別で異なる場所をローテーションしていた為に、腰の位置とか気にしない男子は気付かなかったのだ。いや、気付いていたかも知れないけど噂話とかにはしなかった。だから、夏服で女子に指摘されるまで分からなかったわけだ。
 体育の再開時は、僕はうっかりして太腿までのガードルで学校に行ってしまった。女装だという認識よりも、骨盤サポーターという認識が強かった為だけど、クラスメートの男子はガードルとは呼ばずに
「それって腰のサポーター?」
と質問形式の助け舟を出してくれた。どんなに僕が体育のみそっかすでも、けが人に優しいのは常識で、僕はそのまま、ガードルを常用するようになった。だから夏になってハーフパンツになってもガードルのままで、それがハーフパンツから見えていたものの、女子の見せパンと同じ扱いで、気にされることも無かった。
 そんな事をいているうちにも、骨盤は順調に回復し、骨の回復を促進する薬の効果もあって、かなり拡大した。人工骨の方は衝撃的な圧力には対抗するけど、成長のようなじわじわとして変化だと、それに合わせて位置が動く。そのため少しずつ人工骨の位置が少し高めとなって、大きいだけでなく深い尻になって行った。しかも太鼓腹対策の堅い円盤(丸形のまな板を使った)が骨盤を内側から広げていたのだから、医者の想定していたよりも大きな尻となってしまった。具体的には手術の段階でクラスの女子の一番尻の大きな子並みになっていたらしいのだけど、それが中学を卒業する頃には、高校3年生の美尻組の平均ぐらいになっていたらしい。でも、そんな超ゆっくりして変化に身近な人間が気がつく筈もない。しかもダブダブのズボンを一番高い位置でとめているから、尻の位置が少し上がったところでズボンに影響が出る訳もなく、手遅れになるまで僕も全く気付かなかった。

7. 骨を守る為に:中学3年

 そうこうしているうちに夏服の季節になった。通学路の怖い先輩がいなくなったので、サラシで筋肉もりもりを偽装する必要がなくなったものの、体育で体を動かす時に、サラシで締め付けておかないと肋骨が悲鳴をあげそうな気がして、サラシは夏服になっても続けた。それは肩パッドもそうで、肩の関節を衝撃から守るために、こちらも続けた。肩パッドは夏服初日は恥ずかしかったものの、肩を守るという理由が自然に受け入れられ、逆にこれを外すほうがおかしいという雰囲気になったので、そのままだ。ただ、あまりに太く肩を偽装するのも変なので、肩パッドそのものを細く短く変形させてしようしたから、結果的には肩を今まで以上に(それこそ万力で前後を圧縮するようなぐらいに)締め付ける事になってしまった。
 水泳の季節になった。昨年が見学だったので2年ぶりの水泳だ。困ったのが水泳着。締め付けが足りないのだ。骨盤に不安のある下半身はもとより、ずっとサラシで固定してきた上半身にも不安がある。でも水泳はしたい。というわけで、普通の水泳パンツ(脱げないように締め付けるボクサータイプ)だけでは不安で、体育の先生と校医に相談した。
「2枚重ねならどうにかなるとは思いますが、動きが制限されますよね」
という提案をすると、体育の先生からは、無理せずゆっくり泳げば大丈夫だ、とのお墨付きを貰い、更に肋骨対策として全身型はどうかという意見が校医から出た。全身型は値段が高く、しかも誰かに手伝ってもらわないと脱着出来ない。そこで出た妥協案が、女子用のセパレート水着だ。
「でも恥ずかしいよな?」
と体育の先生に言われた時、僕は、自分の履いているガードルの事を思い出して、女装の為でなく、骨を守る為の服がたまたま女性用の服だったことを、ここで恥ずがるのはおかしいという意地が沸いて
「そんなことありませんよ。必要なんだから。現に骨盤のためにガードルを履いているし」
と見栄を切っていまった。
 こうして僕は女子用水泳着を使う事になった。もっとも着替えの時に、女子用の水泳パンツのその下に男子用の水着を着ているのを見せているので、クラスメートも自然に受け入れてくれている。ただ、このころから、何となく、仲間同士で親しくするという距離感じゃなく、腫れ物にさわるような接し方をされ始めたように思う。
 女子用の水着はもう一つの隠れた懸念を解消してくれた。それは胸に集まった脂肪だ。肋骨をサラシで押さえつけ、ガードルで腹を押さえつけてはいるけど、じゃあ余った脂肪がなくなるかというとそうじゃない。一番締め付けの緩い場所と脂肪の集まりやすい場所に脂肪は集まる。そして、それは胸、特に乳首のまわりだ。裸で鏡を見ると、そこが他の場所に比べて盛り上がっているのが分かる。これが肋骨の太い普通の男子なら、大胸筋の一部の格好良さに繋がるのだけど、僕のように肋骨が女子より細く、脇下も女子並みしかないと、小学校5年生のおっぱいぐらいには見えるのだ。それを晒すのは恥ずかしく、今回みたいに別の理由で胸を隠す服を着れるのはホッとするのだ。着替えの時は、僕は壁を向いてやっていて、そんな僕に正面を向けなどという同級生はいないから問題ない。
 一学期が終わる頃、僕は女子用の水泳着にすっかり慣れていて、もはや女子用の水着以外を着るのが怖いほどになっていた。それは骨を守るという意味だけでなく、胸を隠すという意味でも。こうして、胸に対する恥じらいを知った僕は、胸の脂肪が完全に埋もれるように、他の部分のサラシをより分厚く巻くようになった。それが更に他の部分に脂肪を溜まりにくくして、その分胸に脂肪が集まるようになったけれど、そんな事は僕の知った事ではないのだ。
 それでいて、サラシに押し出された太鼓腹の部分は、それを無理矢理引っ込めようと、丸形のまな板で押さえ込んで、結果的に骨盤を内側から広げていたのだから、僕の行動は矛盾している。でもお腹って、なんだか引っ込めやすい弾力があって、ついついそうしてしまったのだ。
 女子用の水着に慣れた僕は、パンツ系、シャツ系であれば女性用の服を着る事にも免疫ができた。だから、夏休みに入る直前にTシャツやジーンズを買いに母親と出かけた時、男性用の服が横にダブダブで動きにくい事を知ったとき、試着室に母が持ってきた服(テナントだったので直ぐ近くに女性用もおいてあった)が、試着後女性用だと判明したあとも、気にならなかった。ただただ、自分一人で買いにはこれないよなあ、と思っただけだ。
 昨年は肋骨の療養と蹴りの練習の為に主に室内にいたけど、今年はもう少し外に出る機会が増えた。中学生とは好奇心の塊だからだ。そうなると、サラシは暑い。そして、昨年までのTシャツ類は丈が短く幅だけが広い。なので、早速買った女性用アウターを使う機会が増えた。同級生にばったり出会うこともあるけど、Tシャツとジーンズでは女物だと誰も思わないらしく、よしんばTシャツの前がゆったりしているのに気付いても、そっちの方が涼しいという事実にこれまた不審に思われなかった。だから、僕はこの時に僕のシルエットが中学3年女子よりも華奢な上半身と、その割に高校1年生なみの豊かな尻と女性的な括れ(しかも正しい位置)を持ったものであることにとうとう気付かずに夏を終えた。大人の女性のように性的魅力のあるシルエットではないから、そういう指摘を受けなかったのだ。
 夏が終わり、またしても学生服の季節になった。僕は肩の細さと狭さを改めて実感しつつも、ようやく上げられる等になった足で蹴りの練習を再開させた。そのとき気付いたのが、昨年より遥かに内股になっている事で、でも、そのお陰でタックが安定していることだ。内股は悪くない。考えてみればバレーボールでのレシーブなんか内股で構える。スポーツには悪くないはずなのだ。だから、僕は椅子に座っている時も意識して内股にしている。いや、骨盤が変形した関係で、自然に内股にはなっているのだけど、それをより自然に内股にしているのだ。内股で座れば、骨盤は更に広がって内股が自然な確度を作って行く。こうして中学卒業までに、僕の骨盤(正確には人工骨)は単に大きくなっただけでなく女性的な形になっていった。もちろん、僕がそんな事に気付く筈もなかった。

8. ボクはヒーロー:中学卒業

 僕は予想より早く成長期のピークを終えた。中学を卒業する際の身体検査では、クラスメートより胸囲が12cm、身長も11cm小さくなっていた。身長は女子の平均のままだけど、胸囲は女子より圧倒的に細く、肩幅や肋骨の下の方(腰の括れってやつ)も、女子の一番細い子と同じぐらいだ。足も内向きで股間はタックしている。成長期の食事の量が足りなかったせいか、あるいは股間をタックし続けたせいか(最後の1年は夜もタックしていた)、髭は無く明快な声変わりもない。それでもボーイソプラノではなく、ゆっくり声変わりをしたのだろう。その証拠にとっても小さいながらも喉に突起がある。見た目では分からないけど触れば確かに喉仏を感ずるのだ。
 そんな僕だけど、蹴りの練習をしている事は数人の同級生が知っている。僕の進むこうこうと別の高校に行く彼らが最後に僕にアドバイスしてくれた。
「まあ、背の低いことを気にすんな。最近じゃ、男の娘のように見えるけど、実は武芸の達人っていうヒーローが流行りなんだ。お前もそれを目指せよ」
 それは天啓だった。春休みにコスプレで武闘系の男の娘ってのを捜したら、あるはあるは。それもヒラヒラスカートとか女子制服とかそんな感じのコスプレで、僕はその格好で、下にスパッツを履いたまま、足技を披露した。
 でも僕は失念していたのだ。そのコスプレ会に、他の中学から同じ高校に進学する奴も来ている可能性を。そいつに名前と年齢を覚えられる可能性を。

 だから僕は高校では女装担当を務めている。始めはイベント(週末)ベースで、次第に日常的に。
 制服こそ男物だが、いつしかサラシの代わりにコルセットの類いや寄せブラを着るようになり、元々薄い体毛は完全に剃られ、髪も伸びっぱなしだ。
 なぜなら、それが面白くなってきているからだ。皆が僕を(コスプレでの)男の娘ヒーローと崇めるの様子に快感に覚えるからだ。もっともっと有名になる為には、女装が似合う今の体型を維持しなければならない。そして、その上で、おっぱいと尻をより魅惑的にできれば尚さらユニークだ。
 男はホルモンを使わずにどれだけ女性に近づけるのか? ホルモンを使わずにどれだけ他人を騙せるのか。そんな挑戦は何となく格好良い! どんなに皆が僕を
「将来性転換して女の子になる
違いない」
と信じていようとも。そして、僕の蹴りを、武術というより
「ラインダンスみたい」
と囃していようとも。

とりあえず終わり(高校編は類似の話が沢山ありそうなので、当面棚上げです)


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