Home/Index

先輩のアホ!

by 夢喰

これは以前英語サイトで見た(女装短編Stuck
を下敷きにしています。著作権にかからない程度には大きく改変していますが、原作者に感謝を。


高校の2次元同好会の2つ上の先輩は4人兄弟の2番目で、実家はかなりの金持ちだ。親は名目上は会社重役であるものの、事実上の跡取り惣領で、しかも一族から政治家すら出すほどの家だから、単なる会社重役という言葉では終わらない。そして、この手の実業家によくあるように、この先輩の親・祖父・叔父は悉く「男の家系」を重んじているし、娘は政略結婚の道具としてしか見ていない。だからこそ、男の子を4人も作って確実に後継者を残そうとしている。

ところが先輩ときたら、そんな家系にも関わらず、2次元同好会に入るぐらいのオタクであって、彼女も結婚もめんどくさいと考えている。これには僕も同意する。彼女という響きは良いし、好きな子はいっぱいいるけど、回りの彼女持ちが、彼女たちにものすごく時間を貢いでいるのをみると、現実の女子に幻滅して、とても次の一歩の踏み出せないのだ。取り立ててモテる要素のない僕ですらそう思うのだから、実家が金持ち=優良物件と見なされている先輩にしてみたら、近寄ってくる女は、わがままいっぱいか、下心いっぱいか、その両方で、女子を面倒と思う気持ちは更に大きいだろう。

とはいえ、そんな女たちの中から、実家の繁栄に貢献しそうなのを選んで結婚するぐらいの男でないと、跡取りの一人にはなれない。先輩の実家では「跡取り一人」という考え方には囚われておらず、毛利のように3人が分担して家業を発展させれば良いと考えている。だからこそ、先輩にもお鉢が回るし、実は先輩も、そういう意味での跡取りは目指している。一方で、家業が無理な男子には、実家から切り離して自由に生きさせるという方針もある。それもまた、家業を発展させる為のこつと言えよう。競争制度でなく、絶対評価だから、跡取りの一人と見なすべきかどうかは早めに決めるのが吉だ。その試金石の一つが彼女を作る事である。

当然ながらそれは先輩にも当てはまる。高校時代から彼女を家につれて来るように言われていて、よく愚痴をこぼしていた。そうして、コンパと称して複数同時に呼ぶという安全策を毎年取ってきていた。しかし、自由を求める性格から、高校も大学も、他の兄弟よりワンランク低いところを選んだことが祟って、大学に入っていよいよのっぴきならなくなり、大学2年の正月までに見つけきらなかったら、跡継ぎ候補から外すという最終通告を受けているらしい。

らしい、という噂が本当だと知ったのが、11月の大学祭の時だ。実は、進学希望先の一つ(滑り止め)が先輩の通う大学で、大学の説明を聞きに先輩を訪問した際に直接話を聞いた。クリスマスか、正月。それがタイムリミットだそうだ。
「でも、先輩なら、家業に縛られるより、自由に生きた方がよくありませんか」
と思ったままに尋ねると
「いやいや、ちゃんと家業をやる気だからこそ、今のうちに遊ぶんだ」
という、オタクらしからぬ答えが返ってきてちょっとびっくりしたほどだ。
「高校・大学のワンランクに違いって、なんだ? 寧ろ鶏口となるも牛後となる事なかれっていうだろうが。お陰で、兄弟たちと違って楽に成績を上げているものな。家業に必要なのって、そういう事だと思うんだ。お前だって背伸びして実力以上の大学に入っても何も良いこと無いぜ。」
とアドバイスまでくれたので、へえ、滑り止めの大学でも良いのかな、と思ってしまったのは、担任の先生には秘密だ。

ここまでは格好良かった先輩だけど
「ところで彼女は出来たんすか?」
という肝心の質問には
「まだ1ヶ月以上あるし、この学祭の打ち上げできっと見つかるさ」
と、相変わらず頼りない。口だけ言ってもねえ、先輩、それじゃあ駄目ですよう。

そんなやり取りがあってから、瞬く間に1ヶ月が過ぎて、センター試験まで1ヶ月を切った12月下旬、先輩からいきなり電話がかかってきた。
「ピンチだ、助けてくれ」
聞けば、やっぱり彼女が見つからず、僕の知り合いに「彼女のふり」をお願い出来ないか、ということだ。大学内やバイト先だと、「彼女のふり」では絶対に終わらないトラブルの予感がするので、あきらめたそうだ。そうなると、あとぐされの心配が少なくて、しかもある程度の学力レベルと共通話題を確保出来る高校後輩と思ったものの、具体的には縦の関係のある同好会がらみしか思いつかなかったらしい。そして、その中で、いちばん最近先輩と接触をもったのが僕で、自然に頼られてしまった。大学受験生の年の瀬に頼むなんて、やっぱり先輩は自由人で、跡継ぎ候補から外れるべきだとは思うけど、そこは1ヶ月前に相談した手前、無下に突き放す訳にもいかない。結局、クラスメートの女子に声と掛けてみると請け合って「彼女のふり」アルバイトの条件や報酬を詳しく聞き出した。

「受験生だから厳しいですよ」
と脅したのが効いたのか、なんと、夕食6時間(5時-11時、移動時間込み)拘束で5万円+衣装化粧代(5万円程度)という破格だ。え、それなら、それこそ援交の連中を引っ掛ける方が良くないか? と思ったけど、そういうグレーな世界は不味いだろう。それに、僕としては、この機会に、以前から好意を抱いている女子に声をかけようと思っているのだ。後ぐされのない人助けで、金儲けで、しかも僕の私利はゼロ。好感度を上げるチャンスだ。よしんば、間違って彼女と先輩がくっついても、僕は「仲人」という名誉を得て、きっとお返しが来る。そんな皮算用をして先輩との電話を終えた。

しかし、現実はそんなに甘くない。センター試験まで1ヶ月なのだ。結局クリスマスに間に合わず、年末補習で声をかけても
「馬鹿じゃないの? この時期に何を考えているのよ」
という返事ばかりで、女子からの僕の評価は地に落ちた。トップの高校からは少し落ちるとはいっても、僕の学校は普通科で、普通に進学を目指す連中ばかりなのだ。

補習が終わって年の瀬となり、僕は先輩に謝りの電話を掛けた。考えてみれば、こんな無理難題を頼む方が悪いし、僕だって「無理だとは思うけど」と念を押してから引き受けたけど、それでも期待に添えないと申し訳なく思ってしまうのはやっぱり日本人だと思う。

そんな申し訳ない気持ちの時に
「じゃあ、君が女装して来てくれない?」
といきなり言われたら、なんて返事ができるだろう。大抵の人は絶句して言葉を出すこともできないだろう
「ほんとに、お願いだから」
「ばれたら諦めるし」
「バイト代も10万円にするし」
「大学に来たらいくらでもおごってあげるし」
絶句している僕に、ぼつぼつと、思いつくことを言ってくる。でも、何よりも僕に響いた言葉は
「だって、2次元同好会でしょ? OB会で英雄になれるよ」
というものだった。そして
「ほんと、ばれたら諦めるって」
というだめ押しに、僕もまた、悪徳洗脳商法で高級品を買わされる被害者のように
「わかりましたよう」
と答えてしまったのだ。

電話を切ったあと、後悔はしたものの、キャンセルは心情的に不可能だ。心を落ち着けよう。大丈夫だ。一番の気がかりは身バレだが、こっちの身元調査の心配は無いらしい。婚約とは異なり「彼女を作る能力があることの証明」であり、テストの対象が僕の人物ではなく先輩のエスコート能力だからだ。そもそも、あまりに早い段階で身元調査をして、もしかしたら有能かもしてない候補者に機嫌を損なわれたら本末転倒だ。なので、向こうは鼻から僕が女子高生だと先入観を持つ筈らしい。しかも、実業家一家の前なので、恐縮してあまり話さないだろうことも了解しているらしい。要するに大きなミスさえしなければ良いとの事だ。

日程もどうにかなりそうだ。僕の家族は明日から1月3日まで田舎に帰っていて、受験生の僕だけがこっちに残る。だから準備が出来る。準備と言ってもネットで調べたりだが、不意に家族は部屋に入ってくる不安がない。家を空ける事に関しても、受験生だから部屋の電気を付けっぱなしにするのが自然で、受験生だから電話を全部留守電にして構わないから、自宅にずっといたというアリバイができる。冬だから夜帰るところを近所に見られる心配も無いだろう。携帯番号に掛かる電話は、家族以外は無視できるし、家族からの電話は、出かける前にこちらから掛けておけば掛からないはずだ。そして、1月2日に決行すれば疲れて女装のまま家に帰っても、家族が帰るまで丸1日ある。


年を明けて1月2日、午後3時、僕は先輩の2次元関係の同士の更に知り合いという男の所に来ていた。先輩も一緒だ。本職は医療関係で、趣味でコスプレのサポートをしているらしい。コスプレ会で着付師と呼ばれている強者で、彼が素材(僕の事だ)を確認してから今日の女装作戦を決行すべきかどうか判断するらしい。

着付師は、僕をじろじろとみて
「うーん、ちょっと肩が面倒だけど、手首も指も細いから、これならいける、問題ない」
と一人ごちた後、
「まあ、とにかく、時間がないから手分けして剃るぞ」
と言って簡単なシャワーの後に、バスタオル姿で作業台に座らされた。女装素材と認められたお陰で10万円の報酬と先輩の人助けが出来るのは嬉しいけど、報酬のことを除けば悲しくなるものがある。ともあれ、脱毛クリームを全体に付けた後、足は先輩、背中は着付師、顔や脇は自分で剃って行く。ある程度は昨日のうちに剃っているので比較的早く終わる。ちなみに陰部も完全に剃るそうだ。尻を丸く見せ、同時に男性器を隠す為の特殊パンツ(偽尻ガードル)がずれ落ちないようにする為らしい。

剃り終わってシャワーで流した後、バスタオルを巻いて外に出ると、今度は作業用の安楽椅子に座らされた。安楽椅子で足を暖かくしているせいか、眠い。ぼんやりとしているうちに、最後の仕上げと称して、ハンド式機械で全身をマーサージして行く。視界の先に黒いのが見えるのは毛の残りだろう。顔も同じように処理される。もみあげと眉毛が減っている感触がするが、目をつぶった状態の安楽椅子が気持ちよいので、どうでも良くなってくる。

毛の処理が終わると、再度シャワーをした後に今度は、肌を白く見せる為のクリームだ。女性の白さと男性の白さは少し違うらしく、あとから装着する偽乳などの色と矛盾させない為に必要らしい。それらの作業が終わると、ようやく、体型を変える為の補正具を着用する。まずは首(喉仏)まで完全に覆う肌色の7分袖のタートルシャツ風コルセットだ。ただし、素材は人工皮膚みたいな冷たいながらもリアルな肌触りで、乳首部直径5cm程度だけが穴があいている。柔軟性はあるようなので一気に着ると、思ったよりかなりきつい。脱ぐのに一苦労しそうだ。

「感触はどう? 空気とか入っていない?」
着付師の言葉に従がって、全体をチェックする。スポーツウエアのように肌に吸い付いた感じが全体に広がり、皺も無く滑らかに覆っていると思える。しかも締め付け感が馬鹿にならず、その点がまさにコルセットだ。
「大丈夫みたいです」

シャツの横から目立たない色の布(?)がひらひらしているのが気になる。と、それを着付師が持つや
「はい、息を吐いて」
と言って、布をシャツに更に巻き付けた。マジックバンドと同じ? と疑問に思う余裕もなく、ぎゅうぎゅうに締めてきて、うわ、息が出来ない! 

息苦しさに閉口しているところに、同じような素材の、胸近くから膝まであるパンツ(偽尻ガードル)が出された。肛門部に必要な穴がいていて、あと陰部は女性のそれと同じ感じにみえる。ちょいと待て。10秒以上固まって、やっと次の言葉を絞り出せた
「そこまで本格的な奴は要らんぞ」
というかお断りだ。
「なに言ってんだ、女装グッズが陰部を真似るのは標準だろうが。そうでない方が高いんだぞ」
と着付師がたしなめる。いや、そんな意味じゃなくて、もっと簡単な女装とかってあるはずだよね。パンストにタオルを入れるとか、普通のガードルとか。こんなところに金を掛けるなら、もっとアルバイト代を弾んで欲しいって、あ、10万円も貰うんだった。ならいいか。文句を言っても、どうせ、この変態グッズから逃れられるとは思わないし。

偽尻ガードルの中には管みたいなのがあって、
「あ、そこからおしっこを出すので、入れてね」
と言われるままに装着する。肌に吸い付く感じはコルセットと一緒ながらも、きついのは上下の両端だけで、臀部はゆるく、素材に柔軟性があるせいか、違和感が少ない。玉もすんなりと収まっていてタックではないらしい。これでごまかせるなら楽だけど、勃起したらどうしよう、と思ったら、本当に勃起し始めた。不味いと思ったけど、股間を見ると平坦なままで、代わりに勃起部の根元が折れた感じで痛みが走るが、そこまで酷い痛みではない。
「あ、柔軟剤が中に入っているから大丈夫だよ」
なに、その柔軟剤ってのは? そう思っていたら、ガードルの最上部にあたるウエスト部から肋骨にかけてきつく締められた。さっきの布と同じ感触だ。行き場のない内蔵とが圧迫されるのを感ずる。更にその反動で、臀部の肌が横と後ろに引っ張られるのを感じる。どうやら、単なるふにゃふにゃの布(シリコン? 人工皮膚?)ではなく、ワイヤーみたいに剛性のある素材らしい。

そんな疑問の答えを求めて下をみると、魅惑的な腰が目に入った。腰というか尻というか、そこは横にも後ろにも広がって、しかも柔らかそうな見た目だ。しかも豊かな尻の位置というか、足の付け根が少し下がって、きつく締められた膝と相まって、膝から腰まで奇麗に広がる完全に女の太腿を作っている。その分、足が短くなるが、日本人の女の子の太腿ってのは短いのが普通で、却って自然に見える。これならスカートどころかスパッツでも男とは分かるまい。ちょっと歩きにくくなりそうだけど、それは歩幅を女の子のように小さくするのに役立ちそうだ。遠目に肌と区別のつかない色であるところも見事で、パンストさえ履けば、皮膚とガードルの継ぎ目も分からなくなる筈だ。なるほど、ここまで見事な偽尻ガードルなら、女性器まで付けてしまうのも自然だと納得する。納得はするが、それを今回自分が装着するとは想像出来なかったし、今でもいやだ。2次元研究会ですら「キモい」「変態」と罵られるレベルの女装グッズだからだ。同好会の連中には単に偽尻ガードルとだけ言っておこう。

上半身を目を移すと、喉仏は奇麗に押し込まれ、肋骨が少しだけ細くなって、なにかゆったりした服を着れば、そのまま女装になりそうな気がする。そのくらいには女装にも詳しくなった。正月に色々調べたのだ。それは良い息抜きになって、勉強がはかどったのは不思議だが。そういえば、さっきの巻き付けで胸の開口部がひろがって直径が7cmぐらいになっている。そして、そこから余った肉がせり出している。おっぱいにほど遠いけど、プラジャーをすれば実体感を演じる事ができるだろう。なるほど、考えたものだ。でも、これってそのまま写真に撮られると恥ずかしいレベルのコルセットで、こっちも、2次元研究会にすら報告できない。

そんな事を考える僕の余裕を見たのか、着付師は下半身をタオルで隠し、コルセットのさっきの補強布(?)を外して
「はい、もっと息を吐いて」
と、上半身を更に締めてきた。しかもさっきと違って下端部まできつく締めて、ガードルの上から圧迫を重ね掛けして、みごとな括れを作っている。これならガードルがずれ落ちる事はないだろうが、脱衣は面倒そうだ。補強布を外すこと自体は、さっきの着付師の手つきから簡単そうだがけど、開閉部が横にあるので、意外と手こずるかもしれない。まあ、昔みたいに、背中の編み上げでないから問題ないだろう。ちなみに胸の開口部は更に広がって8cmぐらいで、皮下脂肪が更にせりあがっている。

きつく締められた為に呼吸が大変なので、あまりものを考える余裕がない。呼吸に集中していると、頭にすっぽり何かがかぶさった。もちろんウイッグだ。ずれるのが怖い奴だな。
「毛の根元に静電仕掛けで裏側がくっつくようになっているんだ」
化学物質で静電気を髪の毛に発生させているらしい。外し方は教えてもらって、実際試したものの、
「これ、外すのは簡単だけど、再びくっつけるのにはコツがいるんだよ」
と、最後まで外さないように念を押された。確かに2度目の装着は手間取っている。静電気って厄介なんだな。

着付師が先輩に
「胸はどのくらいが良い?」
と尋ねている。
「貧乳で良いなら、このままでもいけるが、まあ、あったほうがいいね」
着付師に言われて、上半身を鏡で見る。さっきの2度目の締め付けで、確かに胸部の穴から盛り上がった皮下脂肪と肋骨の形やサイズとのバランスが良くなっている。肋骨の幅自体はあまり変わらないものの、少し薄くなったみたいで、それが効いているようだ。例えば、大胸筋がほとんど消え、鎖骨が浮き上がり、それらが胸の存在感を引き立たせている。その分、肩も万力で挟まれた感触がして、実際、見た目にも肩の厚みも幅も狭くなって、まさに女の細いなで肩となっている。確かに、このままで超貧乳の女装はいけそうだ。なんか、凄いな、と思っていると、そんな疑問の答えるように
「肋骨をしぼると、肩が下がるから細く見えるんだよ」
と着付師が説明してくれた。なるほど、さすが変態グッズだ。コスプレの業の深さを改めて感じた。

「うーん、背もあるしBカップぐらいかな」
2次元の申し子たる先輩は貧乳ヒロイン派だが、僕の身長は168cm、女子の平均を大幅に越えるので、貧乳というのは、よほどスポーツをしていない限り不自然だそうだ。そこでBという数字らしい。このことからだけでも、今夜のイベントに先輩が真剣であることが分かる。まあ、そのくらいでないと、僕も割が合わない。脱毛されて、シャツ型の変態コルセットをきつく着けられて、挙げ句の果ては女性器を模した偽尻変態ガードルだ。黒歴史そのものだ。

着付師の持ってきた偽乳は想像以上にリアルだった。昔から女装グッズの中でも一番需要が高かった故に、性能が上がっているという説明を聞いて納得した。貧乳であれ巨乳であれ男の夢だ。欧州アフリカでは尻派が主流だそうだが、日本では胸派が主流だから、本物と見まごうほどに見た目も性能もあがるのは当然だろう。外見だけでなく、揺れ具合も、感触も。着付師によると、生体類似繊維を多用して、偽乳の乳首に与える刺激を実際の乳首まである程度伝達するようになっているそうだ。だから、さっきのシャツコルセットは乳首部が5cmほど開いているらしい。

肌に電気信号用のクリームA、シャツコルセットに接着剤Bをつけて、偽乳を胸の上にくっつける。まず右、そして左。ここまできたら、胸の観測を手で確かめなければ男じゃない。
「おい、おまえ楽しそうだな」
という先輩の声に、ちょっと顔が火照りつつも
「先輩、2次元同好会として、ここで胸を揉まなかったら、逆に犯罪ですよ」
と反論する。あまりにもハイテクなので、当初の予想に反して女装がちょっぴり面白くなったのは事実だけど、僕はあくまで被害者面をすべきで、面白さを認める必要はない。胸以外でそんな様子を少しでも見せたら、バイト代がケチられる可能性があるからだ。なんたって、これだけの女装グッズだ。これに服をいれれば、それだけで10万円近くするのではあるまいか。バイト代と合わせて20万円。いくら将来が掛かっているとはいえ、学生が気楽に出せる金額ではない。

偽乳の感触を確かめたからには、次は偽尻ガードルの女性器の感触も確認したくなってくるが、まあ、それはシャワーかトイレまで我慢だな。と、そこまで妄想して、さすがにエロが過ぎたと反省した。感づかれたらヤバい。話題かえなくっちゃ。
「なんだか、接着剤らしいのを使ってましたが、これってどうやって外すんですか?」
リムーバーってきっとあるよね。シンナーかな? 最悪ハサミでコルセットごとという手もあるけど、もったいなさそうだし。
「今夜シャワーを浴びれば大丈夫。念のためにリムーバーも渡しておくけど、こっちは時間がかかるよ。これを継ぎ目から垂らせば少しずつはがれるから。その時に短気を起こしてコルセットごとハサミで切れるのは出来ればやめてね。もったいないから」
うん、大丈夫みたいだ。

説明と同時に胸の上にもバスタオルをかけられる。リアルに近い胸だから人目に晒しちゃ駄目らしい。女装といえども、きちんと「恥ずかしい」と思わないといけないそうだ。今の僕の姿を、本当のボクの生まれた時の姿って思うぐらいじゃないと女装演技は失敗する。説教されるまでもなく、確かにそうだ。10万円の報酬と、先輩の未来がかかっているのだから、このくらいの自己暗示は必要経費だろう。そして、そう思った瞬間、胸を晒す事が、先輩に対してすら恥ずかしいと感ずるようになった。だから、バスタオルできちんと胸と腰を隠す。そして、隠せば隠すほど、肌を晒す事が恥ずかしくなってくる。畜生、これはつらい。ちょっと甘く考えていた。


「下着は自分で選ぶんだね。ちなみにアウターはこれ」
と言われて手渡されたのは、水色と白の斑の膝下スカートと、白と青のまだらの長袖チュニックと、その下に着る水色のフリル付きキャミソール(むかしスリップと言っていた長めの奴)。ハンドバグッグは普通に茶色。なんだよ、これじゃベージュか水色の下着以外にチョイスがないだろ、バスタオルで胸と腰を隠しながら着替え室にはいると、そこには異なるフリルとデザインの下着セットがならんでいた。実家への紹介というイベントを考えると、全くシンプルなのはさすがに不味そうなので、すこしフリルのあるやつを選ぶ。

しかし、サイズがどれも想像より小さい。
ブラジャーのサイズはちゃんと予習している。昨日測った僕のアンダーバストは80cm、ウエスト74cm、チェストは88cm、普通に細い18歳男子だ。なのに、置いてあるブラジャーはアンダー70か75。あ、コルセットで絞ったせいだ。そう思って、横のメジャーで測ると、なんとアンダーは元々のウエスト並みの73cmで、バスト86cm、チェストは84cm。ちなみにウエストは68cm。息苦しいのも当たり前だ。無理の無い75Bでをチョイスして着る。男の肩は回らないから、前後ろでホックを留めて、後ろに回し、偽乳をカップに入れると、乳首に緩い感触が走った。げ、本当に偽乳首と乳首が少しだけ連動してやがる。今夜は帰って乳首と遊ぼう。外すのはそのあとだ。

サイズの合うブラジャーが決ったところで、それにマッチするショーツを選ぶ。ヒップは94cm(10cm水増し!)あるけど、ウエスト68cmを考えてMだ。ウエストは4cmしか縮んでいないけど、細い部分が上に広がり、尻が縦サイズも幅サイズも奥行きも広がったので数字以上にくびれている。とはいえ、あとで調べたら標準サイズそのものだった。サイズ測定ついでに、陰部を少しだけ触ったが、柔らかさや湿気があまりにリアルでめまいがした。これを夜楽しむなんて言語道断、変な世界に目覚めそうなので絶対に止めておこう。

あとは普通に着る。パンストは普通にベージュ。それぞれ新しく着るたびに少し興奮するが、仕事と割り切っているので事前に心配したほどのパニックにはなっていない。いや、さっきから勃起の感触がずっと続いているけど、それはそれだ。何度も勃起しているとはいえ、無理矢理後ろに曲げているせいか、テッシュ一枚で済む。というか、仕方が無いので、実は生理ナプキンをショーツのクロッチにあてている。念のためにデザインがややおとなしいショーツとナプキンの予備をハンドバッグに入れる。なるほど、女の人にハンドバッグが必要な訳だ。

ちなみにトイレだが、何度もシャワーを浴び、最後のシャワーの直前にトイレに行ったせいか、尿意はない。そして、服を着る直前に
「これ、おしっこを止める薬だから」
と錠剤を渡されている。なんでも長距離航空便で身障者などが使う薬で、たとい膀胱を圧縮されていても、6時間ぐらいは全然大丈夫だそうだ。

着替え室を出ると、すでに5時に近い。1時間後にはここを出ないといけないが、残るは化粧だけだ。再び作業椅子に戻って着付師に委ねる。着付師は、いちいち説明してくるが、僕に女装趣味はないから、気持ち良くうとうとする。そうして出来上がった僕は、顔も体型も女の子だった。なんと、喉の部分も皮膚らしくなっていて、その色合いが顔に続いている。丁寧にみても「コルセット」と皮膚との境界が分からない。

仕上げは靴だ。幸い洋食なので、靴を脱ぐ必要がない。しかも今は冬。という訳で、サイズ24.5の低めの革靴、要するに女子高生が登下校に使う奴を使うことにした。女装とヒールの両方を注意するなんて初心者には無理だから、普通の靴で済ませる。そもそも、先輩との身長差が8cmしかないわけで、ヒールなんか履いたら高さのバランスが悪くなる。男をたてる女は、背の高さでも立てるべきなのだ。

肘を閉じ、膝を閉じる。そういう仕草の指導を最後に受けたが、その際に着付師が
「まあ、そのコルセットとガードルは肩関節と股関節の向きに制限を掛けているから、ちょっと練習すれば自然に振る舞えるようになるよ」
と打ち明けてくれたとき、女装グッズの進化にすっかり呆れた。そういったグッズの中には変音スプレーなるものまであった。なんでも「コルセット」の喉仏を抑えている部分を内側からさらに圧縮して、低音が出るのを抑えるそうだ。コルセットで肺が抑えられることも重なって、か弱い、メゾソプラノの声しか出せない。


タクシーで予約された貸し切りレストランに向かう。立食形式のスターターから始まって、席についてのディナーとなる。親だけでなく、叔父叔母も参加するというものだ。他の季節の「彼女紹介」なら家族だけのこじんまりしたものだが、今日は親戚の新年会もかねているので、貸し切りらしい。
え、そんなこと聞いてないぞ、
と先輩のポンコツぶりに突っ込みをいれるが、まあ、オタクの鏡だから仕方ない。直前になってハードルが上がったものの、逆にお陰で準備での不安が少なくて済んだと思えば、これはこれで良いのかも知れない。

実際、ぼろを出さずに夕食は流れている。立食歓談で、ちょっとつまづきかけて、キャミソールが背中越しに見えるアクシデントがあったものの、そこで現れた体型が女性の丸みを帯びた腰尻ラインだったので、逆に女装の自然さをアピールする事になった。なるほど、こういうアクシデントを考えて、あれだけ徹底的な体型補正をしたのだなと納得した。あと、肘や膝が自然と女の子っぽくなってくれているのも、あのマニアックな装備に感謝だ。

でも、はしたなかったのは事実。女の子らしく、動きは小さく。女の子らしく、動作はゆっくりと。下着を見せる事のないように。胸の開いたチュニックからブラジャーが見えないように。ここはディナー、ランチと違って見せブラはNGだ。僕は女、違う、私は女。私は少女、私は女子高生。そう暗示をかける。それが女装演技の第一歩だ。時給1万円強の仕事だ。

食事とデザートが終わると、食後酒がやってくる。これを境に人々が自由に席を替わるのは、忘年会と一緒だ。先輩の世代の半分は、ラウンジで立ったまま酒を手に話をしている。ここまで上手くいったので私はほっとする。意識は僕でなく私。

弛みは先輩にもあったのだろう。横に立って同年代の従兄弟と話をしていた先輩が、急にバランスを崩して、アルコールが私の肩にかかった。白青地にオレンジの染みがひろがり、同時に下着が少しだけ透けてくる。
「あっ」
ととっさに出た声は、幸いにして小さく、女の子っぽい「きゃ」で無い事はとがめれなかった。でも、そういうことを後から反省しているうちに、回りが
「あら大変」
「うちの馬鹿息子が粗相をしおって」
「嫌いにならないでくだしまし」
と次々に声がかかり、女性たちが手ぬぐい等で濡れたところを拭こうとするのに対して反応するのが遅れてしまった。気がつけば拭う手は偽乳にも届いている。やばい、と気付き、慌てて
「あ、大丈夫ですから」
と自分で拭い始めた。

あの偽乳に気付いていないか気になって、汗が出始める。こんな時は、と長い長い30秒を考えた末に、私はお手洗いに向かった。貸し切りなので、女子トイレで問題ない。小さなレストランだから個室1個だけだ。困った時のトイレ。女性がなぜトイレを大切にするのか分かるように気がした。とりあえず、ぬれて透けたところを出来るだけ乾かし、身だしなみを整えて、さっきので偽乳がバレていない事を信じ直してトイレを出ると、参加者の一人が、買ったばかりのブラウスとキャミソールを手渡してくれた。初売りの買い物の帰りらしい。
「いや、そこまでして頂く訳にはいきません、洗えば落ちますし」
「まあ、うちの従弟のそそうなんだから、取っときなさいよ」
という押し問答の末、先輩の
「もらっとけ、もらっとけ」
という言葉(ちなみに先輩は、この言葉遣いに対して従姉連中から非難されていた)もあり、着替えることになった。レストランが貸し切りなこともあって、更衣室で着替える。いつ誰が部屋に飛び込んで来るのか分からないという不安で、落ち着かなかったが、よく考えたら、こういう場の女性たちが、更衣室に飛び込むようなアニメ的状況が起こる筈はない。

折角だから服を軽く水洗いする。元々の予定では、下着とキャミはともかくチュニックとスカートは着付師に返す予定だったが、そういう訳にもいかないだろう。明日先輩と相談だな。って、先輩なら、何も考えずにそのまま持っておけといいそうで怖い。やぶ蛇だよな。なので、クリーニングに出して着付師に持って行こう。確か着付師は3日4日は旅行で5日に戻るみたいから、ちょうど良い。

そんなアクシデントもあったものの、なんとか食事とデザートを無事終えて、私は先輩にタクシーで送ってもらった。あれ、今、なんか変なこと言ったかな。あ、ずっと私って言い続けて、私は女の子って自己暗示していたから、イベントが終わっても、ついつい私って思ってしまったんだ。でも、皆を騙せた成功で気分が良いんで、このままもう少しだけ演技を続けよう。

タクシーの後ろ座席で、先輩が私の手に封筒を滑り込ませた。恐らく報酬。運転手がバックミラーを見ていない事を確認して素早く中身を確認する。その直後、先輩が耳うちしてきた
「次の機会もよろしく」
なに言ってんだ、この馬鹿野郎。

家の前で車を降り、素早く家に入る。玄関は電気がついていないし、冬で何処の家も窓を閉めているので、音も聞こえまい。帰着した私は、やっとリラックスした気分になった。とはいえ高揚した気分で、未だに女の子モードを楽しんでいる。歯磨きで、鏡で自分の顔と上半身を見て、もったいないと思う気分がますます強まったからだ。体型だけでなく顔もだ。睫毛等はもとより、唇が少し突き出て、その分小さくなっているし、目もぱっちり開いて、顔の目立つ輪郭も丸っぽい。僕の顔なのに、僕の顔だと分かるのに、女の子の顔になっている訳で、着付師の腕のすごさに改めて感心した。これを直ぐに戻すのはもったいない。

さっき、先輩の事を馬鹿野郎って思ったけど、これって良いバイトだよな。受験が終わったら、報酬次第では、もう一回ぐらい付き合っても良いかもしれない。関係が2ヶ月以上続けば、親御さんも先輩の事を本格的に認める筈だからだ。それで先輩は「次の機会」って言ったのだろう。ということは、その時に為の練習として、もう少しだけ女の子の演技を続けてもよいよね。そう、自分自身に女装の言い訳をする。だから、寝るのも、この体と、ショーツとブラとキャミで。でも、その前に、胸を揉んで、あそこもちょっとだけ触って。当然、シャワーは明日に延期。

結局、興奮しすぎて、寝たのは3時。興奮を鎮める為に受験勉強を1時間ほどしたら、やっと尿意が来たので、それでトイレに行ったら、普段も座ってしているというのに、やっぱり興奮してしまって、更に1時間受験勉強をする羽目になってしまった。ともかく、寝坊で9時に目が覚めた。

家族が戻るのは夕方7時だ。夕食は田舎から持って帰ったお節と、私の正月用のお節。だから、夕食の準備が不要ということで、夕食前ぎりぎりの7時で戻ってくる。取り外しとかハプニングとか考えても午後4時まで、つまりあと7時間は女の子でいられる。とりあえず、ショーツが汗をかいているのでハンドバッグの予備に変える。ブラジャーは予備なしだ。

女の子の朝は洗面から。化粧は昨日のままで崩れていない。次が朝食。女の子モードで、朝昼兼用の食事をかわいらしく盛りつけよう。皿洗いは、まあいいや。最低限で。親も期待していない筈だし。そのあとは勉強勉強。もっとも、一軒家の常で、外から見えてしまう区画が結構あって、食堂に降りる時はジャージを着て帽子襟巻きをしないと不味い。

それで気付いたのだが、ジャージが合わない。尻が大きすぎて履くのに苦労する割に、ウエストがだぶだぶでズボンの上の方が垂れ下がるし、上は、ぶかぶかだ。おっぱいがあるといっても、元々のチェスト88cmが、コルセットと偽乳でチェスト84cm、バスト86cmになったのだから当然だろう。だが、それ以上に不思議なのが、ブラジャーがぶかぶかな気がするのだ。おかしいと思ってメジャーで測ると、アンダー71cm、バスト85cm、チェスト83cmとなっていた。ちなみにウエストは68cm、ヒップ94cmで、ヒップを除いて昨日より1cm-2cm更に縮んでいる。呼吸の苦しさになかなか慣れないと思ったらそういうことなのか。だてにコルセットとかガードルとか名付けられている訳ではなさそうだ。これなら70Bか70Cのブラジャーにすれば良かったと後悔するが、そんなのは次の機会でいいだろう。

昼過ぎに先輩から電話がかかってきた。まあ、当然だ。
「もしもし」
と答えると
『**君をお願いします』
と妙な反応だ。
「私ですが」
あ、私って言ってしまった。家族が帰る前に戻さなくっちゃ
『あれ? 風邪でも引いた?』
馬鹿な私、じゃなくボク。声が戻っていない? コルセットの喉を抑えているからあり得る。ここはごまかさなくっちゃ。
「そのようです」
『ごめん、昨日のせいだね。じゃ、受験頑張って』
先輩焦っている。ヘタレで可愛い。ってそれは女子高生の発想だ。ボクは男に戻らなくっちゃ。そういえば家族が電話する事もあるよな。『遅れる』とかいう内容で。でも留守電で十分か。


勉強に集中して気付けば5時。あまりに女装グッズと女の子の下着に慣れてしまって、忘れていたけど、男に戻らなくっちゃ。まずはウイッグ。昨日外したところを触るけど、あれ、皮膚との境界が分からない。もしかして、昨日の最後の化粧で分からなくした? あり得る話だ。お湯で外れるんだっけ。いや、それは確か偽乳の筈。なら、先に偽乳か。たしか、リムーバーかお湯だったよな。

まずはブラジャーを外す。肩の柔軟さが良くなったのか、ブラジャーが楽に外せる。幸先が良い。次にハンドバッグからリムーバーを出したものの、偽乳の境界がコルセットに癒着しきってわからない。昨日の夜寝る前は確かに継ぎ目の感触があったのに、それが消えているのだ。とりあえず、目測でおっぱいがふくれ始まっているところにリムーバーを垂らすものの、上手くいなかい。爪でこするとかゆみのような軽い痛みだけがあって、継ぎ目の感触は無い。最新のセロテープみたいに完全な継ぎ目なのだ。

焦った僕(そう、焦ったお陰でやっと僕モードだ)は、コルセットごと偽乳を外すべく、脇の補強布部を外そうとするけど、こっちも継ぎ目が分からない。補強部で圧縮されたままじゃ、コルセットをシャツのように脱ぐのも到底無理な気がするので、上半身は後回しにして偽尻ガードルに意識を移す。しかし昨日、コルセットを巻き直した時にガードルの上からコルセットをきっちり留めたので、コルセットを外さない限り、ガードルも脱げない。しかも、コルセットとガードルの継ぎ目も分からなくなってしまっている。昨晩は確かに残っていた継ぎ目が消えてしまっているのだ。要するに一晩で、偽乳偽尻付きのスーツを首の上から膝肘までかぶってしまっている状態になってしまったらしい。

心を落ちつけろ。まずウイッグだ。昨日の場所の引っ掻くて探り当てよう。そうして爪を立てたら、皮膚に鈍いながらも痛みが伝わってきた。そういえば合成生体繊維を皮膚につなげるって言ってたな。それって乳首だけでなく髪もなのか? そうなのか? 現に髪に違和感が無い。ウイッグの下がから蒸れる筈なのに、それがないし、帽子を通して髪の毛が普通に感じる。嫌な予感をもって髪の毛を引っ張ってみると、なんとなく自毛が引っ張られている感じがする。

よし、深呼吸だ。髪の毛は最悪自分で切ればよい。時間はある。問題はコルセットだ。もう一度、脇の継ぎ目と偽乳の継ぎ目を探す。鏡と触覚の両方を総動員だ。見つからない。双方の見繕った場所にリムーバーをかけるが、やっぱり変化がない。今度はコルセットとガードルの継ぎ目を探す。これも見つからないし、リムーバーも効果がない。

どうやら、本当に肘から膝まで覆うオーバーオールの状態になっているみたいだ。同じ材質だから癒着したと考えるのが自然で、だからこそ、コルセットの補強部も分からなくなっているのではあるまいか。となると、シャワーを浴びても駄目かもしれない、という嫌な予感がする。顔と掌に汗を感じる。その場合は、ハサミで切り開くしか脱ぐ手段がない。幸い、肘と膝の境界だけは、触覚の感触のわずかな違いでわかる。目には全く見えないし、ちょっと触っただけでも分からないから、たとい肘や生膝を出す格好でも女装がばれる事はないだろうが、ハサミを入れる分には面倒だ。まあ血まみれで癒着した絆創膏をはがすよりはマシだろうが。

でも、ハサミは最終手段だ。まずはお湯だ。偽乳を外すのにシャワーを浴びろといわれた以上、今の状態でも案外簡単に外れるかもしれない。そう期待して脱衣場に入る。そこで裸の自分を見て、そのスタイルの良さに驚いた。85-66-94とはそういうレベルだ。もったいないと一瞬思ったけど、今はそんな状態ではない。シャワーを10分ほど浴びて、偽乳やウイッグが緩むか調べる。顔もごしごし洗って睫毛を引っ張る。

シャワーをいくらしても、何も外れる様子が無い。リムーバーか? あるいはシンナーか? あるいはお湯が足りないのか? 顔のほうも、化粧(といっても進学校としてはおかしくない程度の化粧だったけど)こそ落ちたものの、睫毛が長いままだし、目は開いたままだし、唇はサクランボみたいで、肌も美人の白さのままだ。

風呂にお湯をためている間にリムバーを試すが、それも効果がない。洗面所で見つけたシンナーも全く効果がない。それは顔もそうだ。そうこうするうちにお湯がたまったので、風呂に入る。掛かり湯で、股間まできちんと洗う。毛の全く無い子供の股間だが、それでも女性器は開いている。おしっこで股間を拭いた時に、感触すらあった。鬼頭の感触とは違っていたが、それはガードルで保護している為だろう。そして、この開口部にガードルを脱ぐための突破口があるような気がするが、確認するのが怖い。というのも、この無駄にリアルなグッズだと、よりヤバいで、指を突っ込むと取り返しのつなかい快楽に目覚めてしまうのではないかという不安が残るのだ。だから、それは最終手段だ。まずは入浴だ。

入浴は何も解決しなかった。それどころか、ガードルやコルセットのような「異物」という感覚が消えて、なんとなく裸の感触なのだ。それでいてコルセットの締め付け感だけは残っている。
『逆効果』
という恐ろしい考えが頭をよぎる。慌てて風呂の中で、膝と肘の境界を探す。さっきは確かに「頑張ればめくれそうだ」という感触があったのに、今や「これを剥がすにはハサミどころかナイフでも難しいんじゃないの」というぐらいに皮膚に癒着しきっている。そして、見た目には、近くからみてすら、まるで完全に溶け混じったかのように、皮膚と区別がつかない。

急いで風呂から上がって、部屋にもどる。既に6時半。あと30分か1時間で家族が帰る。乾いた体で、改めて継ぎ目を探すが、膝と肘にわずかな微かな感触を感じるだけで、ほかは全く分からない。とりあえず時間切れ対策として、女物の服を全部ビニールに包んで引き出しの一番奥に入れる。それからハサミ片手に三たび境界を探すが、とてもハサミが入りそうにない。

最後の頼みの綱は着付師だ。住所から電話番号を割り出して、電話するものの、留守電で繋がらない。仕方ないから先輩に電話する。
「もしもし**ですが」
『風邪は大丈夫かい?』
「まだです。それはそうと昨日の着付師に連絡取れませんか」
先輩は何も疑う事無く、携帯の番号を教えてくれた。よかった。始めからこうしておけば良かったんだ。

着付師に電話すると、留守電だったものの、折り返してくれそうなので待機する。既に時計は7時ちょっと前。いつ家族が戻るか分からない。だから、待っている間に、男物の服を着る。一番小さなTシャツで胸を潰して、その上からTシャツとジャージの重ね着で、一見では女体と分からないようにしている。髪はまだ切っていない。というのも、この体と声では髪があった方が自然だし、いつでも切れるからだ。家族には友達が現担ぎでウイッグを薦めてきたとでも言えば良いだろう。運が良ければ外してくれるかも知れないし。ごまかせないのは声だけだが、これは風邪気味と言い訳すれば、マフラーで乗り切れるだろう。

そこまで準備したと所で、着付師から電話があった。症状を説明すると、
「え、24時間着っ放し?」
と呆れられた。
「だって疲れていたからそのまま寝てしまったんですよ、継ぎ目は昨日の段階では分かっていたし、外すのに時間がかかりそうだったから」
嘘も方便だ。
「体質によるけど、ウイッグは12時間以上着けてると外れにくくなる人もいるよ。うちに来たほうが良いね」
「コルセットもガードルも同じ材質だから、体温の状態だとお互いに癒着するんだよ。しかも汗を吸って収縮もするんだ。だから体温で12時間を過ぎるとはがすのが難しくなってきて、24時間もたったんじゃ、完全に一体化だね。素人だとハサミで切らないとむりだよ」
「偽乳はお湯だけで良かったんだ! 汗を吸った状態で先にリムーバーを使ったら、化学反応でくっつきやすくなって、そこにお湯が加わるとコルセットと偽乳が完全に同化ちゃうこともあるよ」
「風呂で膝と肘が分からなくなった? もしかして、手にリムーバーが残っている状態で触らなかった?」
あ、あり得る。でも、それならちゃんと説明をしろって。
「何度も説明したのに君は寝ているから、依頼者のほうに説明しておいたけど、彼から説明はなかったのかい?」
先輩のアホ!

ともかく、着付師のところで外してもらうまではこのままらしい。早くて2日後。そして、その間にコルセットもガードルも汗のせいで段々伸びにくくなって、下手すると脱げなくなるらしい。憂鬱だ。と思った時
「ただいま」
という声がした。2日近くごまかす事が出来るかどうか?


家族には速攻ばれた。体型はともかく顔が完全に「美人」だったからだ。しかもウイッグ。声はメゾフソプラノ。そうなれば、体つきも吟味されるのは当然で、母親が僕の部屋の来るなり
「ちょっとジャージを脱ぎなさい」
と言われた。女の子になった訳ではなく、あくまで女装だ言い張ったが、この完璧な女装を信じてもらえる筈も無く、いつまでも「そっくりさんの女子高生」による替え玉だと思われた。先輩から貰った服や下着も母親に提出して説明しても無理。それでも記憶は完全に僕なので、結局2日後まで猶予となり、その間は弟の目に毒ということで部屋に軟禁となった。それでも、心配して替えショーツとスポーツブラジャーを差し入れてくれたのはやっぱり母親というものなのだろう。

2日後、無事に全部外してもらったが、だからといって体型が完全に戻ったわけではなかった。丸3日間の女装グッズ装着で、上半身が細くなり、余った肉が少しだけ胸と尻に集まって、肘や膝の動かし方もちょっと女っぽさを残してしまってる。要するに、そのまま女装出来てしまう体つきなのだ。少しずつ戻るらしいけど、全治1週間と言われた。あと顔や皮膚が白くつややかになった分は、不健康な生活と日焼けをしないと戻らないと言われた。まあ、これは仕方ない。それより問題なのが、グッズを外す時に、体毛が大量に持って行かれたことだ。そう、脱毛なのだ。冬だから良いけど、これが夏だったらと思うとぞっとする。まあ、そういう人向けのグッズらしいから仕方ないが。

家では、やっと僕だと認めてくれた母親が、女物の服や下着を僕に見せつけて
「これどうするの? 女装なんてしたら女の子にモテなくなるわよ。でも、もったいないわよね」
と両方の意見を出してきて僕に選択を迫る。何と言っても、服も下着も多いのだ。着付師のところで着た服(長袖チュニック・キャミソール・膝下スカート)は
「服代は既に依頼者から貰っている」
と突き返されたし、夕食での先輩の粗相のあおりで貰ってしまったブラウスとキャミソールもある。下着だって、ショーツ4枚(着付師2枚、母2枚)とブラジャー2枚(着付師1枚、母1枚)、パンスト2枚(着付師1枚、母1枚)ある。それら大量の服を前に、僕はたじろいでしまった。下着を除いていずれも1度しか着ていないのだ。処分するのはもったいない。

3日前までの僕なら、それでも無条件で
「金輪際女装はしない」
と言っただろう。でも、今回の「演技」のスリルと高揚と勃起を経験したあとだと、将来に女装する目を残していたい気はするのだ。特に高額報酬ならなおさらだ。とはいえ、母親の手前、女装したいと言える筈も無い。だから、いろいろと考える振りをして、勿体ないことを何度も強調したあげく
「劇団のアルバイトと思えば良いんじゃない? とりあえずは物置にでも置いといて」
という結論をだした。10万円はでかいのだ。きっと先輩は僕に頼む。彼女を作れる筈がないのだから。

もっとも、今は受験で忙しい。学校に行っても誰も僕の体型や顔の若干の変化なんか気にしない。声が少し高く柔らかくなったので、風邪ではないかと心配されている程度だ。もしかしたら変な視線を向ける女子がいるかも知れないが、僕はそれに付き合うほど暇ではない。


========== サイズ参照 ==========
日本の婦人服(標準体型:裸での値) 9号  83-64-91 11号 86-67-93 13号 89-73-95 米国の婦人服(標準体型:裸での値) 4  85-62-90 6  88-65-93 8  91-68-96 なので、本番の86-68-94は、日本の11号に相当し、翌朝の85-66-94、より尻の大きい米国基準サイズ6に相当する。


Home/Index

inserted by FC2 system