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仮想男子

by 夢喰

<プロローグ>

 ゲームは画像から映像へ、2次元から3次元弱へと進化する。そこに必要なのは必ずしもマトリックス的なVRではない。すでに実用化されている基礎技術で十分だからだ。その核となるのが偏光式のテレビと特殊眼鏡の組み合わせで動画を3次元的に浮き上がらせる技術で、心臓が止まるほどにリアリティがあるし、ゲームに応用できる価格となっている。
 一方トモグラフィー技術によって多くの角度の写真から3次元立体像を再構成させる技術は20世紀からある。それも小型化が進んでゲームに応用されるようになった。たとえばプレーヤーが特殊眼鏡を通して映像内の鏡を見ると、自分自身の姿すらストーリー上の服を着て3次元的に映し出されるようになったである。格好良いキャラでなく等身大の自分自身。それがヒーロー・ヒロインとなって活躍し異性にモテれば、実感としてゲームをリアルに楽しめる。もちろん政治家の選挙ポスター程度には画像が修正されて、本人だと分かる範囲で男は格好良く、女は美しく可愛く映し出されるのがデフォルトだ。
 音声だって、採録した音を元に全てのセリフを機会が合成してくれる。こうして、カラオケならぬカラシネマで主人公だけがプレーヤー本人に入れ替わるのだ。しかも録音した自分の声でなく、発した本人が感じる響きへと変換される。鼻耳管などを通じて本人の感ずる音声は他人が聞くのと違うから、それを修正するのだ。完璧な再現は難しくとも、自分の声に近いと感ぜられればそれでよい。
 技術の恩恵は服装にも及ぶ。パソコン・ゲーム機・スクリーンに付属するカメラが、現実に着ている服をCPU内に取り込み、それと類似の感触を持つ服を選んで、シネマ向きの服として装着させるのだ。つまりTシャツだと、ゲーム内でもTシャツベースの服で映像にあらわれ、開襟シャツだと、これまたゲーム内では開襟シャツ的な服として映像にあらわれる。
 もちろん場面の強制力で、例えば現実がTシャツのみでも、学校内のシーンだと、その上に制服を着用した格好で登場するが、普段着に関しては着た感触=ゲーム内の服だ。たとえば、場面毎にTシャツの上に開襟シャツを着たり脱いだりするという手間をかけると、その分、ゲーム内もよりお洒落になって、好感度上昇に役立つと言う仕組みだ。ちなみに使用しているゴーグル型眼鏡は、スクリーン以外の情報を見せない。だから自分自身を見ても、どんな柄の服を着ているか分からない。

 ここまでのリアル演出となれば、映像もそれにあわせて、アニメ紙芝居的な構成からロケ主体の動画となるのも自然だろう。ロケの方がアニメより制作費が安いので、完全動画方式のゲームでも採算がとれる。金の無いティーンには視覚と聴覚を誤摩化すだけで十分に現実的なのだ。ヘッドセット云々というネット小説定番のオーバーテクノロジー仮想キッドなんぞ不要だろう。なぜバーチャルボーイを早々に開発した任天堂がWIIの直後にこれを発展させなかったのかは今となっては謎である。
 もっとも問題がない訳ではない。画像がリアル過ぎるため、心臓に悪い場面が増えて来る。なんせ野球のボールとかトラックとかが突っ込んで来る映像が3次元的にリアルにあらわれるのだ。だから、冒険・勇者ものなど主人公が危機に見舞われるタイプのゲームに、この3次元技術は使えない。プレーヤーが心臓マヒでも起こしたら、裁判で負けて倒産の危機となりうるからだ。
 その一方で、恋愛ゲームはまさに3次元動画がうってつけで、その為にギャルゲー・乙女ゲー双方とも大ヒットとなった。特にギャルゲーは、それまで男の子ユーザーが冒険・クエストものに押されっ放しだった立場を引っくり返し、多くのクリエーターが参加して、あらゆる種類の分岐が取り揃えられるようになった。


<1. お化け屋敷の怪>

 僕も流行に乗ってギャルゲーをしている。無事3人とキスの気分(さすがに唇の接触感までは視覚だけでは再現できない)を味わって、今は4人目攻略中だ。デートということで、ヒロインはワンピース風の短い上に下はキュロットだ。
 始めの3人はどの順で攻略しても良いが、4人目は3人を攻略したあとでないとルートが開かず、それを終えて、ようやくボーナス兼ラスボスの5?7人目が攻略できるようになる。最後の7人目は攻略が極めて難しいが、他は比較的簡単だそうで、ただただ、お化け屋敷イベントにだけ気をつければ良いらしい。お化け屋敷はある意味定番なので始めの4人の攻略コース全てに入っていて、4人目だけはちょっとしたトリックがあるらしい。もっとも、そのトリックがどんなものなのかはwikiにも出ていない。

 早速中に入ると冒頭はお岩さんだ。グロの映像、しかも、次第に顔が崩れて行きつつ自分に向かって少しずつ歩いて来る3次元的な映像が出て来る。ゾンビと違って
「あなたにもこの苦しみを」
と苦しそうな声でヒロインに向かって囁きかけている。ゾンビよりも怖いかも知れない。
 対するヒロインの反応は、攻略済みの3人のうち1人目(定番ワンピース)だと素直に震え、2人目(スカートとブラウス)は「嫌!」と叫び、3人目(キャミにホットパンツ)は怖さを我慢する様子を見せる。肝心の選択は、お岩さん映像を凝視してから初めて選択肢がかすかに浮き上がる仕組みで、要するに映像の気持悪い部分を凝視しないと答えられない。そして、イベント開始から5秒以内に

「気遣う視線だけでそのまま次にすすむ」
「彼女が落ち着くまで黙って待つ」
「大丈夫だよと声をかける」 → バッドエンド(「口ばっかり」)
「手をつなぐ」 → バッドエンド(「火事場泥棒」)
「肩を抱く」 → バッドエンド(「いやらしい」)

の5択(順番は乱数を使ってプレイごとにかわる)から答えを選ばないとイベント失敗で放り出されるから、結果的にプレイヤーはお岩さんの恐怖をかなり堪能する事になるのだ。もっとも、視聴覚だけの、実際の接触のないゲームだから、手をつないだり肩を抱いたりなどの現実感は出せないし、お化けの3次元映像の迫力も、あまりリアルにし過ぎると心臓に悪いとのことで、おとなしめの演出になっている。
 ともかく、ここで、それまでの好感度に合わせて前2択をして、かつ次に出て来る舌の長いお化け(左にいるヒロインを食べようとする)でお化けの動きを探知した際に

「左手で防ぐ」
「ヒロインを右に引っ張って抱く」
「左に突き放す」
「背中向きに回り込んで守る」
「舌を右手でつかむ」

から正しい答えを選んべば前1人目のヒロインのお化け屋敷イベントはクリアとなる。クリア条件はこれだけではなく、好感度と答えの組み合わせによっては、幽霊が地下にうごめいている中を吊り橋を渡るというイベントと、一つ目小僧のイベントまで体験出来る。つまり多少の失敗は猶予できるという、これまた現実的な設計だ。ヒロインが変わればお岩さん以降のお化けも変化して、ドラキュラやのっぺらぼう、大量のゴキブリがうごめく台所で皿を数えるお菊さん、いかにも道教の師らしき者が正面に現れて棒らしきものをさっと一振りするや百足や毛虫が空から降って来るというものなど様々だが、冒頭は全てお岩さんだ。

 僕と4人目のヒロインがお岩さんの前に立つと、ヒロインがとんでもない反応をした。
「ああ、可哀相」
と同情の目でお岩さんを眺めたのだ。おい、ギャルゲーだろ、と思いつつも、この4人目のキャラなら有り得るかもしれないと思った。典型的理系女子の怖いもの知らずという設定なのだ。もちろん眼鏡。クール過ぎる。5択は

「え、なにが?と自然に理由を聞く」
「ボク怖ーいとおどけてみせる」
「だから君はモテないんだとクールに突き放す」
「彼女を黙って見つめる」
「お岩さんを黙って見つめる」

 さすがに3つ目はないだろうと思うが、どうやらそれが隠された裏正解だったらしい。他は好感度を下げる。表向きの正解というのもあって、それが僕が選んだ1つ目だ。
 僕の質問に
「じゃあ、私があんな姿になっても、○×君は私と付き合ってくれる?」
と、4人目のヒロインはこのように追い打ちをかけ、その間もお岩さんは顔を崩しながら近づいて来る。
「もちろんだよ」
と僕の声が合成されて出て来る。
「じゃあ私がどんな姿になっても?」
 ここでヒロインの表情は、あたかもトラウマを刺激したかのように暗いものに変わっていく。暗い部屋の微妙な照明も合わさって、まるで夜叉だ。顔も恐いが、なによりも失敗したかもしれないという不安が僕の頭をよぎる。
 これに対する答えは選択ではなく、シナリオで
「う、うん」
と裏返った合成音だ。声が裏返るのが声帯の振動モードが変わるからで、そのくらいの合成は出来るらしい。だから僕は、あたかも僕自身がそのように発声した気がした。それに対しヒロインは
「意気地なし」
と笑ってこの場がおわり、結果的に好感度が1%あがって次のお化けに向かった。表向きは確かに正解と言えよう。

 次の修羅場は道術師による百足類の雨だ。しかも落ちて来た百足・毛虫類が動く。現実のお化け屋敷でもそのくらいは可能だが、こと映像となるとリアルにヒロインの体にまとわりつくのが見える。いや、自分の体にも降って来て、ゲームと分かっていても、思わず頭や肩を手で振り払ってしまう。と、その瞬間に5択が出る。

「気をつけて!と声を掛ける」 → バッドエンド(「何気取ってるのよ」)
「単なる紙だよ、と道術の知識をひけらかす」 → バッドエンド(「中二病なおらないの」)
「ヒロインの所に向かって虫類を払う」 → バッドエンド(セクハラ、粗雑)
「道術師に向かって攻撃をかける」 → バッドエンド(暴力的)
「かわいいよね、と褒める」 → 正解

 きちんとヒロインの表情を見る余裕があれば、彼女の表情に恐怖も緊張もない事がわかるはずで、まさかの褒める路線が虫好きの理系女の琴線に触れるのだ。ここまで辿り着くのに4度も失敗しなければならなかった。
 そして、やっと正解を出して好感度が上がっても
「かわいい、なんて、女の子みたい言い方ね」
といわれてしまう。そして
「え?」
「ほら、頭に黒い毛がいっぱいついているわよ」
とシナリオが続き、虫を雨が止んだ時には、彼女の髪に黒くて長い毛が大量にくっついた様子が出ている。そうして、少し低い視点でヒロインの髪の毛を眺めて
「うわ、大変だ」
と裏返った声で自分が話し、ヒロインが手鏡で僕の映しながら
「○×君もよ」
と言って、この場面が終わる。最後に映るのは手鏡の僕の姿で、黒くて長い毛があたかもカツラのように頭について、まるでショートカットの女の子のような髪型になっている。この瞬間に好感度90%超という数字が出るから正解には違いないらしい。

 最後の場面は鏡の間だ。鏡にうつる僕の髪型は、さっきの黒毛の為に相変わらず女の子のようなカットで、逆にヒロインのほうはボサボサ頭の長髪男のような髪型になっている。
 鏡の間といえば凸面、凹面などは定番だが、このお化け屋敷は更に手が込んでいて鏡に映った姿が変形して行く。鏡の間の各所からモニターした3次元映像を、鏡と見せかけた3次元スクリーンに再現させ、その際に再現像を少しずつ変形するという技術で、今これは現実のお化け屋敷程度のイベントにも導入されている。
 問題は彼女のシルエットが、次第に格好良い秀才に変形し、僕の姿が、これまた今まで以上に細くなって行くことだ。服などと違って、体型は現実世界でも姿見でないと自分の目で確認出来ない。実際の変化は僅かなのに、鏡にうつるシルエットは2人とも中性的に、しかもヒロインはやや男っぽく、そして僕はやや女っぽくなってしまっている。女っぽいといってもモデルスタイルでなく、健康的に太った女の子だ。妙に現実的でじわりと汗をかく。
 そこでヒロインの
「これ、面白いわね」
という声と共に5択が出る。ここは女の子でなく男の子用のホラールームらしい。

「ああ、そうだね」
「君、宝塚で男役ができるよ」
「女の子ってこういうの好きだよね」
「凄い技術だなあ」
「僕もけっこういけるんだ」

 僕はここでつまづいた。どの選択肢でも裏声の合成音で発されて、そのまま鏡が僕にうつる僕の衣装が彼女の衣装と入れ替わったのだ。しかも、キュロット姿のそれを見たヒロインが
「○×君って、女装の方はすてきだね」
と言って、バッグからワンピースを取り出し、そのまま暗転してお化け屋敷を出ているのだ。出た時の僕はキュロットの上にワンピースを着ている。落ち着く暇もなく、ヒロインは
「せっかくだからブラジャーも付けて欲しいなあ」
といいつつ、キスを男っぽく迫ってくる。ここに至れば誰でもおかしいと気付くだろう。実際、好感度は99%で止まって攻略は完成せず、5人目以降へのルートが開かない。つまり表向きは好感度マックスでキスまで進むのに、正しい攻略ではないらしい。
 ちなみに現実の僕は、スクリーンの前でTシャツにトランクスという格好であり、着ている感触からは現実世界の僕自身すら、もしも
「君は女装している」
と言われて否定出来ない触覚、視覚しかない。
 でも、ここで諦めないのがゲーマーだ。5日かけて5択を全て試し、その際に現実感を薄めようと上をTしゃつやランニングや開襟シャツに替えてみたが、見事に現実に着ている服の触覚に合わせた女物の服、たとえばキャミソールやブラウスが配置された。はやり、スクリーンについているカメラを通してゲームCPUが服の種類を判定するらしい。

 ともあれ、こうして僕はようやく、一番始めのお岩さん選択で間違っている事に気付いたが、それでも中々上手くいかない。というのも裏正解に入っても
「表攻略を終えてから、もう一度このルートに入って下さい」
という表示で終わるのだ。
 ここで止まったら、普通は掲示板に質問をあげだろう。しかし、それは躊躇われた。というのも、ゲイム内女装をする度に、僕のアカウントに、リアリティのある女装写真が送付され、
「4人目の攻略情報のうち女装に関する部分を掲示板等に漏らした場合、これを世間に公表します」
という文書が書かれていたからだ。
 プライバシー侵害だ、と思ったが、ゲーム規約の所に、
『ゲームを当して弊社が得た個人情報は、加工の上で弊社がゲーム掲示板で自由に無償で使えるとする』
という一文があり、それに合意していたのだ。優秀な弁護士に頼めばもしかしたら僕が勝つかもしれないが、そんな金と時間をかけるぐらいなら自力でクリアした方がましだ。
 恐らく他の連中も同じ考えだろう。この時になって、僕は何故wiki等に攻略情報がないのか合点がいった。4人目は女装を恐れないぐらいでないと攻略出来ない。そういう事だ。

 そうして攻略を続けるうちに、ついにヒントに気がついた。そう
「せっかくだからブラジャーも付けて欲しいなあ」
というヒロインのセリフだ。おれはこっそりオカンのブラジャーを借りて、それがカメラに見えるようにしてプレーした。するとどうだろう、攻略が成功し、5人目へのルートが開いたのだ。ちなみに、ブラジャー姿の僕の写真もその後メールで送られた。僕はもはやゲームから逃げられない。

 だから、7人目を攻略するころには、僕は自分専用のウイッグやスポーツブラ、キャミソール、スカートなどを持っていた。どれも課金アイテムなのだが、まさか自宅に現物までも送付するとは思わなかったのだ。買ってしまったものはしょうがない。ゲーマーとして使わなければならないのだ。だから僕は、クリアー後の2周目を、現実世界でわざわざ女装してプレーしている。街で買って女物の服まで活用して。これを見られたら、性同一性障害って思われるだろうなあ、と思いながら。


<2. ハーレムエンドの裏側>

  第1週

木曜日:
 連休中にゲームをクリアしたのはダチの中では俺だけだ。ふふふ、俺だけがハーレム王だ。ダチは皆、羨ましそうに俺を見ている。
金曜日:
 なんと女の子グループと一緒に週末遊びに行く話が決まった。行き先はちょっと離れた女子の家。家の前に大河と河川敷があって、ボートもバレーボールもありという、まあ健康的な集団交際だ。男は他にダチ4人。
土曜日:
 女子5人のうちの3人が、しきりと俺に話しかけて来る。これってプチハーレム? ダチ4人は残り2人に食らいついているけど、あの2人はそこまで俺の好みじゃないんだよな。
日曜日:
 連チャンで川岸をかえて遊ぶ。3人の女子と、あと、あぶれたダチ2人。でもこの3人は俺のものだぜ。競争心からダチ2人を見ると、何となく覇気が足りない。モテるるわけないよな。


  第2週

月曜日:
 週末以来、クラスメートをライバル視点でみると、何だか、俺のダチって他の連中より顔が良いけど、何となくひょろっとしているよな。いや、それって細マッチョ? 女の子にはこういうのがモテるって聞いたから、危機感を抱いて、魅力アピールを考える。ライバルと同じ路線は駄目ということで、密かに自主トレを始めた。運動部の連中には及ばないけど、ダチには勝てそうな気がしたから。
火曜日:
 女子の3人との会話が増える。クラス編成から1ヶ月、そんな時期だよな。そんな会話に他にも1人、これも平均ちょっと上の女の子達が会話に加わった。
水曜日:
 女4人は姦しい。ダチ2人はなぜかそれに食らいついている。警戒しなくっちゃとは思うけど、ここは男らしく無理しない。答えで滑っちゃ台無しだからな。
木曜日:
 今日も女子と楽しく話をしていたら、ダチ2人が無理やり俺を引っ張り出した。始めは俺を可哀相だと思ってくれたのだろうと感謝したけど、いやそれだけじゃない。女4人の会話に白旗を揚げて逃げ出そうとしたけど、俺だけ残すと女4人の誰も俺に向くと焦ったのだろうと見当をつける。まあ、仕方ない、つきやってやろうぜ。それが漢だ。
金曜日:
 もしかして、俺が女子4人を独占していることより、女子が俺を独占しているのをダチ2人は嫉妬しているのかな。そりゃ、分かるぜ。だから週末も遊びに誘ってやった。もちろん女子4人は俺について来る。4人とも俺的には高レベルだから、1人ずつならお前らにやるぜ。
土曜日:
 集合場所に遅れて行くと、6人のシルエットが見えるけど、あれ、女子のうちの2人はダチと同じ背の高さ? 女共はヒールでも履いているのかな。
日曜日:
 予定を入れずに散歩していると、昨日の組のうちの女子2人とダチ1人が一緒にいるところに出会った。ダチはゲームに誘い、女子はおしゃべりに誘ってきた。なんだ、この取り合いは? もちろんリアル女を選ぶ。


  第3週

月曜日:
 女子とダチとの間の俺の取り合いが激しくなって、なんと物理的に腕を両方から引っ張られた。あれ、ダチってこんなに手が小さくて力が弱かったっけ。改めてみると長袖に隠れている腕も細い気がする。
火曜日:
 体育の柔軟でダチ2人と組むが、何となく違和感がある。こんなに軽かったっけ? 俺の筋肉がついたのかな?
水曜日:
 昨日の違和感から、ダチ2人をやや遠くから改めて見る。椅子に座った状態を後ろから見ているだけだから、はっきりはしないが、他の男子より一段低い。あれ、それって足が長いってこと? 不味いじゃんか。
木曜日:
 中間試験。
金曜日:
 中間試験が終わって、早速遊びに行くと、もれなく6人がついて来る。数日来の疑問から背の高さに目が行く。へえ、ダチって、2人とも、ヒールを履いていない女子4人と似たり寄ったりの高さなんだ。っていうか、女子2人の方が高いじゃん。でも聞いてみれば、春の身体測定では俺と5センチも違わないぞ。
土曜日:
 お前達、女の前だからと云って、上品ぶって「僕」って言うなよ。まあ、顔立ちも、細さもお前達に負けている俺が女子4人を独占している状態に焦るのはわかるがな。
日曜日:
 女子4人はいずれも機会があれば他3人を出し抜こうとしてくる。うん、ハーレムだ。問題はダチ2人。女4人の誰かにアタックするわけでもなく、俺とばかり話をしたがる。そりゃ確かに女子がお前達に話しかけると、俺への会話を止められたみたいで嫌な顔をするけどよ、そんなに、いじけるなって。


  第4週

月曜日:
 ダチが最近プレーしているゲームって、乙女ゲーらしい。あんなの、どこが良いんだ。
火曜日:
 もう一人のダチも別の乙女ゲーをやっているらしい。聞けば、攻略対象のファッションを真似れば良いのではないかって? まあ、確かにお前らみたいに顔の良い連中にはそれが良いかもしれないけどな、それには背が足りんぞ。
水曜日:
 ダチ2人が女子と乙女ゲームの話題が盛り上がっているけど、おまえらゲームを楽しみ過ぎじゃないか? でも、その割にぎすぎすした雰囲気なんだよな。
木曜日:
 体育の柔軟でダチ2人と組むが、改めて違和感を感ずる。いや、軽いだけじゃなく、なんだか鶏肉みたいに柔かいんだ。えっと、これってむくみ? でも、こんな軽い奴が糖尿のはずはないし。
金曜日:
 不意に呼び止められて、声が女子かと思ったらダチだった。お前、そんな声、前から出してたっけ? と疑問に思ったら、今まで通りのダチの声で話を続けてきたけど、こうして聞いてみると。ダチの声って、喉仏を震わせている感じが全然しないんだな。確かにこんな声で「俺」って言われても違和感を感ずるだろう。って、あれ、ついこの間まで、こいつら「俺」って言ってたけど、どうして変に感じなかったんだろう?
土曜日:
 Tシャツ・ジーンズのダチを後ろからみて、一瞬、女子の誰かかと見間違えた。おまえ、髪の毛をそろそろ切らないと伸びてるぞ? でも、うなじかかる程度で見間違えるのも変だな。それに、髪の毛ってこんなに早く伸びるものだっけ?
日曜日:
 女子の初夏の格好は眩しい。弁当とクッキーを作って来てくれたのも素晴らしい。何? 昨日、その2人に負けたから対抗したって? 何に負けたんだよ。


  第5週

月曜日:
 女子は夏服だ。ブラジャーの紐が透けて、やっぱりいいねえ。と座っている姿を後ろから観賞する。あれ、ノーブラの女の子がいる、と思ったらダチだった。でも、変だな、あいつらこんなに細くて頭が小さくて低かったっけ? 俺はこんな女っぽい連中とダチだったっけ?
火曜日:
 体育の柔軟でダチ2人と組むが、背も肩も全然合わないことに気がつく。手足は細いし、肩は細いし、軽いし、尻がクッションみたいだし。なんだか、子供、それも女の子と柔軟をしているような気持になる。1ヶ月前はこんな感じじゃなかったぞ。
水曜日:
 「キャッ」っていう可愛い声がしたと思ったら、ダチが女子から尻を触られていた。おいおい、逆だろ。まあ、たしかに、あの尻のクッションは良かったな。明日の体育が楽しみだ。
木曜日:
 このところ、女子4人とダチ2人はよく会話をしているけど、なんだか、アタックと言うより張り合っている感じなんだよね。でも、アタックを諦めるのも分かる気はするな。だって、ダチの方が背は低くて、上半身はもっと細くて薄い。うなじだって女子より奇麗だし、髪も滑らかだ。って、何だかおかしい。
金曜日:
 下着にタンクトップなんて着るんじゃない。後ろからみたら女の子にしか見えないぞ。かろうじてブラジャーを着ていないことから男って分かるけど。
土曜日:
 こうも毎週一緒だとハーレムだよな。先週からは弁当も作ってくれるし。それはいいけど、問題はダチだ。なんでシャツのボタンの向きが違うんだ? まあ、体の細さに合わせたってのが分かるが、それはやりすぎだろう。それに下だって、ちょっと体のラインに合い過ぎて、一瞬レギンスかと思ってしまったぞ。しかし、こうして見ると、お前らの足って尻から膝にかけて、ほんと、ダイコンみたいにすっと細くなっているよな。女物が似合う訳だ、って、それ、おかしいだろ。
日曜日:
 そのTシャツだけど、それ、肩甲骨が完全に見える女物でじゃん。お前らみたいに顔立ちの良い奴が着ると女装にしか見えないぞ。それに2人とも、そのズボンはやっぱり女物だぞ。だって尻がふっくらして、なにより股間が、って、おまえら、どうして前がフラットに、ぴっちり肌にくっついているんだよ。隠れ女装なのか? そうなのか?


  第6週

月曜日:
 週末のショックの後だと、ダチの着ているタンクトップが、実は男物でなく女物であることが分かってしまった。っていうか、肩の部分の細さとか生地の薄さとかはキャミソールって言うべきかも。うん、仕方ないんだよね、お前らみたいに細い連中には女物しか合わないんだろうよ。
火曜日:
 今日の体育、お前ら、教室にいなかったけど、どこで着替えたんだ? まあ、女物のタンクトップを着ているんじゃ、恥ずかしくて皆の前では着替えられないだろうけどさ。
水曜日:
 このところ、女子4人が何だか結束している気がする。
木曜日:
 体育で気付いたが、その靴下はなんだ。そんな可愛らしいを履かれると、女の子と一緒に柔軟体操している気になるじゃないか。それにしても……色っぽいよな。
金曜日:
 ダチの顔をみて、あれ、睫毛がこんなに長かったのか、目がこんなに大きかったのか、口がこんなに小さかったのか? と不思議に思った。顔立ちだけなら女子よりも女子らしいんじゃないの? あと、ダチの髪の毛ってこんなに長かったっけ? 変だな、前からそうだったっけ?
土曜日:
 女子は普通の奇麗な格好で見飽きたけど、ダチ2人の格好は目を引きつける、ってなんだよそれ。暑いから短パンは分かるけど、それってキュロットにしか見えないぞ。遠目でスカートかと思ったほどだ。あと、もう1人のお前、後ろにチャックがあるジーンズって、明らかに女物だろうが。恥ずかしくないのか? いや、でも、下手に男物を着るよりそっちが合っているだよな。そのふっくらした女尻に目がいっちゃんだよな。男としては。
日曜日:
 遠目で一番可愛いと思ったのが何とダチだった。おかしいだろ。おいおい、お前ら、なんで女子と一緒に平気で女性下着コーナーにいけるんだ? それをどうして誰も気にとめないんだ。っていうか、それが当たり前って気がする俺も俺だけど。


  第7週

月曜日:
 ちょっとまで、お前ら、夏服の下に透けているのは明らかに紐。スポーツブラとキャミソールの組み合わせらしい。それなのにクラスメートは騒がない。変だ。なにか変だ。2人とも「わたし」って言っているし。もしかして2人とも性同一性障害?
火曜日:
 あ、おれは気がついた。これってギャルゲーの世界だった。漢を鍛えると1日3ミリ背が伸びて、顔も精悍になり、更にヒロインへの好感度が上がると、ライバルの男の娘が現われて、それに対抗意識をもった女子が女子力を上げて行くんだった。そして、さらにハーレムルートに入ると、男の娘の体型が、女の子よりも魅力的になって、ハーレムの一員になるという。ヒエー、ハーレム王クリアーした俺は、ゲームの世界に入ってしまったらしい。


----------- 裏面 ------------


  第1週

木曜日:
 あーあ。とうとう1人しか攻略できなかった。それも男の娘。こりゃ嫌がらせだ、くそゲーだ。でも、ダチ達と話してたら、なんと1人だけクリアしやがった奴がいる。しかもハーレムエンドまで達成だと! 羨ましい。
金曜日:
 奴ったら、なんと女子グループと一緒に週末遊びに行く話までまとめやがった。さすが、くそゲーをクリアする奴だ。それともゲームで培った技なのか? それにしても、ボートもバレーボールもありという健康的な集団交際で始めるとは、なるほどな。確かに「お友達から」だ。焦ってはいけない。だから男も全部で5人。
土曜日:
 一番人気の女子の回りに皆で集まって、ワイワイしていたら、いつの間にか奴がいなくなっている。ライバルが減ったと思ったら、暫くして3番人気の女子が捜しに出た。このまま2人で消えてくれたら最強の敵がいなくなると思っていたのに、気付いた時は女2人を男4人で取り合っている構図だ。しかも、俺にはどうにも脈がない。失敗したなあ。ああ、だからゲームもクリアできないのか。
日曜日:
 連チャンで川岸をかえて遊ぶ。昨日の失敗に懲りて、まだ可能性のある3人の女子と遊ぶが、出遅れたのが悪かったのか、女子の俺を見る目はあまり友好的ではない。ちょっと萎えて、いつもより少し大人しく過ごす。まだまだこれからだ。


  第2週

月曜日:
 俺はあいつより顔もスタイルも良いという自信があったのだが、女子3人の視線の先にあいつがいる現実に、自信がちょっと揺らいでいる。見習ったほうが良いのかもしれない。でもどこで負けているんだ? 体格の男らしさの差なのかな。でも、先々週の体育ではそんなに体格の差は感じなかった。もしかすると筋肉とかで負けてるのかな。
火曜日:
 週末以来、女子3人があいつに良く話しかける。しかも今日は更にひとり、平均以上の女子が加わった。俺とあいつは友達だから自然に加われる。おこぼれでも良い。女子と一緒に空間にいる今が楽しい。
水曜日:
 女4人の会話。4人ともあいつを狙っているのか、あいつの前では友達である俺にも友好的に話しかけて来る。そうだろうそうだろう。そして俺もきちんと会話に合わせ続けたら、チャンスはあるだろう。なんたって4人もいるのだ。その為には、女の子の興味のある話を勉強しなくっちゃ。だからちょっと恥ずかしかったけど、彼女達が話題にしている雑誌を買った。なに、メモを見ながら妹に頼まれたっていう風にして直接店員に頼むと「感心感心」という目で見られるんだよね。
木曜日:
 頑張った成果が出ない。女子に話を合わせようとすればするほど、女子はあいつに話を振る。作戦変更。俺があいつと仲良いところを見せつける必要がある。だから、もう一人の男子と一緒に、あいつを女子から引っ張り出すことにした。あいつは女子に未練を残さずにすっと出てくれた。良い奴だ。
金曜日:
 女子4人がますますあいつにアピールしている。女子の間でも競争が始まっているのかな。でも、それは困る。ここはもう一人の男子と同盟であいつを週末に誘う。おそらく女子も着てくるだろう。ところがあいつは女子にも誘われていて、既にOKしていた。落胆していたら、あいつは俺たちを誘ってくれた。やっぱり良い奴だ。
土曜日:
 集合場所には俺達が一番乗りだ。ここに着たのは1年半ぶりかな。あの頃と何も変わってないことに安心する。これならミスはするまい。目線もあの時と同じだし、って、あれ?
日曜日:
 予定を入れずにぶらついていると、昨日の女子のうちの2人と出会った。昨日、あいつと仲良くしているアピールがよかったのか、そのまま歩きながら雑談をする。女子の読む雑誌を勉強した甲斐があって話題も弾む「へえ、ファッションとか詳しいんだ、そういえば、確かに痩せてて、色んな服が似合いそう」と言われてちょっと舞い上がった。そうこうするうちにあいつに出会う。不味いと直感的に思ってゲームに誘うが女子に取られた。うわあ、僕って女子に魅力で負けるのか。あれ、俺、いま、独り言で僕って云わなかった?


  第3週

月曜日:
 このままだと、あいつのハーレムが確定してしまって、こっちにチャンスが薄くなる。そう焦って、先週の「彼、引き抜き作戦」を再発動させるが、その前に気付いた女子に阻まれた。彼の左右の腕を引っ張り合う形になったが、女は手加減せずに引っ張るから負けてしまう。それにしても彼の腕って僕より太いんだな。改めて自分の腕を見ると、骨は細いし筋肉も浮き上がってない。女子より細いかも。っていうか、女子が太過ぎだろ。そのかわり、滑らかさでは勝っているけど。ってなんで、僕は変な所で対抗意識をもっているんだ?
火曜日:
 体育の柔軟で彼と組むが、何となく違和感がある。こんなに重かったっけ。こんなに硬かったっけ。
水曜日:
 前に座る男子が視界を奪って黒板が見え難い。なんで今まで気付かなかったのだろう。あ、でも、これって僕の座高が低いってことだよね。
木曜日:
 中間試験。
金曜日:
 中間試験が終わって、早速遊びに行く。彼と取り巻き女子4人と僕たち2人。それにしても彼の背は高い。ちょっと見上げる感じだ。あれ、女子も2人、ちょっと高いけど、皆、まだ成長期なの? でも、直ぐに僕は追い抜くからね。夜は、女子一般と仲良くする為に、試験前に買った乙女ゲームを試す。
土曜日:
 女子の話題の方が、俺の話題より彼の興味を引くみたいで、何だか負けている気分だ。ちょっと嫉妬する。そこで、夜は「彼、引き抜き作戦」の勉強として乙女ゲームを試す。意外に面白い。
日曜日:
 皆で集まると、女子4人はいずれも機会があれば他3人を出し抜こうとしてくる。うん、ハーレムだ。なんだかボクたちなんか目じゃないって感じ。ふん、ここは彼をこっちで確保しないと彼が可哀相だ。


  第4週

月曜日:
 昨晩も乙女ゲームをやって、2人目をクリアした。前にやったギャルゲーと違ってクリアできるからいいな。女子力を鍛えると好感度が上がるってのは良いよな。おかげでお洒落とか、ナチュラルメイクとか覚えたし。って、自分でする訳じゃないものを、なんで僕は練習しているんだ?
火曜日:
 ふふふ、もう一人の男子も乙女ゲーで2人クリアしたのか。これで化粧の話とかお洒落の話とかできる仲間ができた。って、違う違う、僕はそんな趣味じゃない。
水曜日:
 ゲームの話を女子の前で威張ってみせると、なんだか嫉妬された。うん、引かれているんじゃない。嫉妬だ。もう女子力では負けないからね。あれ、ボクってなんで女子力で闘っているの? 男として恥ずかしい!
木曜日:
 体育の柔軟で彼と組むが、改めて違和感を感ずる。重くて、支えるのがやっとな上に、硬くて筋肉感はあるんだ。「おまえむくんでないか」と言われて改めて自分の筋肉を触ると、彼とちがってぷにぷにしている。子供の頃を思い出すなあ。って、変じゃないの?
金曜日:
 重い声を出すのが辛くなって、試しに胸式呼吸をすると何だかとっても楽。なんで今まで無理やり重い声を出そうとしていたのだろう? あれ、無理やり? そんな記憶はないけど。
土曜日:
 彼の視線を背中に感じる。友達を奪われるなんて嫌だから、ちょっと快感。でも、直ぐに会話で彼をがさつな大女に取られる。こんな女、ちょっと、ちょっと彼女にはできないよな。なんでボクはこんな女子を彼女にしようなどと思ったんだろうか? 
日曜日:
 女子の初夏の格好は眩しい。しかも昼食とクッキーを作って来て、女子力アピール前回だ。ボクたちにもおこぼれがあったけど、え、なに、昨日、ボクに負けたから作って来たって? 駄目だよ、その程度の女子力で私には勝てないから。あ、ボク、いま、無意識に変なこと考えなかった? そんなことであいつは僕からは奪えないよ、ってなんで乙女ゲームの悪役みたいなことを考えているんだ、ボクは。


  第5週

月曜日:
 女子は夏服だ。ブラジャーの紐が透けて、やっぱりいいねえ。でも、ボクの仲間の男のコのほうがほっそりして小顔だよ。負けてるよ。きっとボクだって勝っているから。あれれ、それでいいのか?
火曜日:
 体育の柔軟で彼と組む。彼の体格ってお父さんを思い出す。男子ってこんなにどっしりしているのか。ってボクは男子の筈だよね?
水曜日:
 尻を触られて、思わず「キャッ」って声を上げてしまった。これじゃまるで女の子じゃないの。「何するの?」って抗議したら「ふうん、こんなライバルがいたとはうっかりしてたわ」って声が隣から聞こえて来た。ちょっとまってよ、それってボクが色っぽいってこと? 思わず優越感を感じちゃったけど、あとで思い出して男として恥ずかしくなった。
木曜日:
 女子4人の言葉にはなんとなく刺がある。そりゃ、確かにボクの方が君たちより背は低いし、肩幅も胸もウエストも薄いし、色は白いし、性格も大人しい。でも、ボクは仲良くなりたいだけのに。彼女にしようなんて一時でも思っていたボクは確かに間違っていたけど、そんなにつらく当たらなくていいじゃないの。だから、帰りに気分転換で服を買った。あれ、ボクって服の買い物を楽しむ男だったっけ? ワゴンでTシャツとタンプトップを見つけたらレジ前でそれだけ安売りでなかったので、慌てて安売りワゴンを見つけて同じ柄のを値札だけ見て買う。同じワゴンにシャツもあったので、なんとなく夏を感じさせる柄だったから買った。お金はあとからお母さんに請求。だって使う服だし、服がどれも洗濯伸びをしてしまったのか、どれもぶかぶかで新しく買わなきゃならないものだったから。
金曜日:
 昨日買ったTシャツは、よくよく見ると首の広い女物だった。だからか、お母さんが怪訝そうな顔で「こういうのが着たかったの?」と言って来たのは。けど、まあ、いい。だってピッタリだし着心地良いし、鏡でみても違和感ないし。ただ、恥ずかしいから外出では着れないよな。だからタンプトップを着て行く。やっぱり買いたての下着って着てみたいじゃないの。んん、もしかして、これって女子力? うわ、恥ずかしい。 
土曜日:
 新しいズボンが入っている。最近、ジーンズの裾の太さや長さが気になっていたのでお母さんに言ってたら、買って来てくれたみたい。そんなのボクが一緒でなくて大丈夫なのかな、と思いつつ値札をみると8割引き。お母さん、相変わらずだ。でも、履いてみると悪くない。前のスボンとは対照的に、膝がちょっときつくて尻がちょっと緩いけど、体型にはピッタリだ。ただ、股間がきついのが難点かな。裾を引かないように思い切ってズボンを上まであげたら、玉が根元に食い込んでしまった。異物感があるけど、ファスナーを引き上げると、股間が消えている。ちょっと面白いかも。って、いやいや、これは駄目だろ。上の方は早速、買ったばかりのシャツ。あれ、これってボタンの位置が違っているよね。でもシャツはシャツだし、サイズは合っているし。考えるのが面倒になったので、そのまま出掛けた。
日曜日:
 タンクトップは洗濯なのでTシャツを着る。どうせアウターは女物だし、このくらい構わないよね。って、今、女物と認識した途端にものすごく恥ずかしくなった。ボクって、実はとっても恥ずかしいことをしてきたの? 思えば先週から変だった? でもだ、ここで服をもう一回着替えたら、女物と気付いて女装していたことを認めることになる。ここは気付かなかったふりを続けるべきだ。男の威厳の為にも。


  第6週

月曜日:
 後ろからの視線を感じるけど、変だな、金曜と同じ格好なのに。でもそれは夜になって分かったんだ。今日着ていたタンクトップが実は女物だったって。タグを丁寧に見ていたら、見えない所に「レディースS」って書いてあったんだ。
火曜日:
 Tシャツもタンクトップも女物だと気付くと、クラスメートの男子に見られるのが恥ずかしくなる。だから、もう一人の男子を誘ってトイレで着替えた。
水曜日:
 女子4人は何だか近寄りがたい雰囲気だ。それは困る。女子から疎外されると私のいる場所がなくなってしまう。って、なんで私、女子の友達関係でなやまなきゃならないの? 私は男なのに。
木曜日:
 なにげなく新しい靴下を履いて学校に行く。あれ、私ってこんな靴下をどうして履いているんだ? それにしても髪の毛の伸びが早い。私服に着替えて床屋に向かったら、なんだか女装っぽい格好をしていることに気付いて、それが恥ずかしくなって、この格好で行ける場所としてサロンで切ったら、なんだか、髪をほとんど切らずに整えてくれた。髪がふわふわして心地いい。あ、でもこの髪型って、女の子に見えてしまう? まあ、いいか、私はクラスの女子よりも小さくて細いし、女子力あるし。って、ちがう、ボクは男だ。こんな恥ずかしい格好をしてどうやって、穴に入りたい。
金曜日:
 最近、食事で一口に沢山食べられなくなった。黒板を見る時に睫毛が邪魔だ。睫毛のせいか、今日は「おまえ、鏡みてみろよ」と言われた。トイレで確認するけど、別に変じゃない。ちゃんと乙女ゲームのアドバイスに従って、きちんと洗顔しているから。少しは乙女ゲームに出て来る美男子に近づけたかな。これを始めたとき、お母さんが「あなたにそんな趣味があったの」と言われたな。「うん、実はいままで隠していたんだけどこれが本当のボクだよ」って応えたけど。
土曜日:
 箪笥の衣替えが続いている。新しく入ったのはジーンズ。とりあえず試しに履くが、あれ、これって前後ろどうなっているの? チャックを前にしても履けないし、ポケットの位置とかおかしいから、チャックを後ろにして履くと、うわあ、履きやすい。そっか、尻の大きなな人用に後ろチャックなのか。って、女物じゃん。でも、ボクの意思と逆らうように、チェックを上げてしまった。妙な強制力が働いている違和感がある。しかし、お陰で、股間は完全にフラットだ。チャックすらないから、間違って異物が戻ったり膨れたりすることもない。なるほど、パンツ系で女装するなら、たしかに股間は重要だよな、って違う違う。私に女装趣味はない。私は男だ。男の子だ。男のコだ。
日曜日:
 ふらふらと、朝、昨日箪笥で目に入っていた女物のブラウスとキュロットを着てしまう。嫌なのに、恥ずかしいのに。昨日だって「おかあさんったら私が女の格好をしたがっている誤解しているのかしら」と憤慨しながらも、着てしまった。強制力みたいなのを感じる。いや、でも理性的には、こっちの格好が似合っていると思っているのも自身もおかしい。だからかも知れないど、鏡をみて「見て、お母さん、私って可愛い?」って口走ってしまった。いけない、これじゃ、家族から完全に性同一性障害って思われてしまうじゃないの。でも、自分の言動は、自分の思っていることや恥ずかしさと裏腹に、女の子を演じている。だから女子4人に、友達として見捨てられないようにまとわりつく。4人組は逃げるように女性下着コーナーに入ったけど、今の私は女の子にみられるはずだからと、恥ずかしいにもかかわらず、やっぱり強制力みたいな成り行きで入ってしまった。だれも咎めなかったけど、女子4人にブラジャーを意地悪気味に薦められて手に取ったとき、あ、これでもう私は性同一性障害として認知されてしまった。男物は制服しか着れないんだ、と分かってしまった。


  第7週

月曜日:
 今日は初ブラジャー。恥ずかしいけど、私が性犯罪者扱いされない為には、ずっと性同一性障害を演じ続けなければならない。
火曜日:
 私は今気がついたの。これはギャルゲーの世界の男の娘そのものだって。男の子キャラに嫉妬させることに成功するごとに、その男の子の体型が次第に男の娘体型になっていくってことを。一日3ミリずつ背や胸囲やウエストが縮むだけで、5週間で10センチも女性体型に近づくのだから、今の私はクラスで一番スタイルが良い子だ。つまり私が常時女装になったのは、ゲームの強制力のせい。だから女なんかになりたくないのに、女装なんていやなのに私の女装はエスカレートする。確か来週には、アウターから透ける下着が男物と分かるのが怖いという理由で下着も100%女物になって、2週間後には女子水着デビューして、やがて女子制服になるはず。ログアウトは出来ないのか? デスゲームよりも怖い。


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